14 辛いんですよ、僕
最近、悩みが出来た。
もうすぐ6歳の誕生日を迎える僕だが、この頃毎晩筋肉痛にうなされている。
「侯爵家に生まれたものとして、やっぱりある程度は戦いの心得がないとね」
という父さんの意向によって、一カ月くらい前から騎士団の訓練(3年前にまだ早いと言われていたやつだ)に参加させられているのだが、まあこれが辛い。
朝、日がのぼると同時に屋敷の裏手に集合。
川で顔を洗ってから、朝のウォーミングアップとして、山頂まで行って帰ってくる山間マラソンをこなした後、修練場へ移動。
午前中は剣などを用いた型の練習や日によっては模擬戦を行い、昼食を食べたら騎士団の宿舎に移動して戦術や魔法の研究。
午後三時ごろからは再び屋外に出て魔法を交えた模擬戦。時々母さんが乱入してくる。
五時ごろ解散となってヘトヘトになって屋敷へ戻る。
約半日のトレーニングメニューを毎日繰り返すわけだが、はっきり言ってやばい。
前世では、中学から合気道をやっており、体力作りのマラソンや地味な型の練習にも慣れていたが、あれは中学生の体があったから出来ていたのだ。
魔力のおかげで身体能力が上がっている僕の体だが、なにぶん5歳児の肉体である。こんな身長で剣なんか扱っても意味あるのかと思ったが、残念ながらグレンが身をもって証明してしまっている。
兄さん達も通った道なんだ、と身を奮い立たせて頑張ってきたが、最近になって一緒に訓練するミリド兄さんに聞いてみたところ、
「はあ? 5歳でこんなきついトレーニング出来るわけないだろ。魔力馬鹿のお前と一緒にすんな」
となぜか怒られてしまった。解せぬ。
ちなみに僕が剣を振っている間、クヌギはクルミ姉さんと一緒に母さんに魔法を教えてもらっている。
お昼は弁当を持ってきて僕と一緒に食べ、クルミ姉さんが作法の練習で忙しい午後からは騎士団の薬研で薬草をいじり、時々僕や母さんの模擬戦を見にきている。
クヌギも僕と7歳しか違わないはずだが、相変わらず外見と実年齢が合っていない。小学校高学年の年齢のはずだが、もうすぐ高校に入れるんじゃないか、くらいの見た目である。
これも悩みのうちの一つだ。
僕はまだ性的興奮を覚える事は無いが、クヌギ自身が自分の成長を気にしているようで、どうしても意識が向いてしまう。
模擬戦に参加している母さんを見て、成長途中の控えめな胸に手を当てるのはやめていただきたい。
大丈夫、まだまだ大きくなるよ。だから、並んで見てる僕やミリド兄さんの気持ちもちょっと考えてくれないかな。
ちなみにミリド兄さんはそういう時、顔を赤く染めながら遠くを眺めてくれている。紳士だね。
他にも……そうそう、クルミ姉さんにも苦労させられてるんだよ。
一番上のコルン兄さんは、あまり話す時間もないまま王都へ行っちゃったけど、ミリド兄さんとクルミ姉さんとは結構仲がいい。
馬鹿みたいに成長する僕が、1歳時点で父クシルを「父さん」呼びしたせいで、5歳にして父親を「親父」呼ばわりにし、全体的に話し言葉が乱暴なミリド兄さんだが、基本優しい子供である。僕にも兄貴としてちゃんと接してくれる。
一方でクルミ姉さんだが、まあ一言で言えばブラコンだ。特に僕が対象の。
「ねえねえランちゃん。ドライヤーかけて」
訓練でヘトヘトになっている僕を呼んでいったい何の用なのかと思えば、大抵こんな感じの小間使いだ。
僕の水魔法を使ったドライヤーは、水を直接空気中へ逃がすため、熱風を用いるものよりも髪が痛まなくて便利なんだそうだ。
とはいえ別に家庭内のいじめにあってる訳ではなく、今度の春から王都へ行くクルミ姉さんが、少しでも僕と触れ合う時間を確保したくてやっているのだ。
「ふぅ〜、やっぱりランちゃんのドライヤーは気持ちいいわ〜。一家に一台欲しい便利さだよね〜。すんすん」
姉さん、僕を抱き寄せて髪をいじるのはまだ良いんですが、髪の匂いを嗅ぐのはやめていただきたい。
生活魔法をかけているとはいえ、まだお風呂入ってないんだよ。ちょっと変態チックな絵面になっちゃってるよ。
ああ、果たしてこのブラコンは王都に行く事で治るのだろうか。姉の将来が心配である。
♢♦︎♢♦︎
そんな事をメメ様に話していたら、ジト目で見られてしまった。
「……最初のはともかく、後ろ二つはただの自慢じゃないですか。良かったですね、周りに美少女が二人もいて」
「いやいや、訓練で毎日疲れてる身としては、本当に勘弁して欲しいんですよ。精神的にくるものがありまして」
「日本では、それもご褒美なんでしょう? この前、覚醒した他の子が教えてくれましたよ。真性のMは精神的なダメージでも興奮できるそうです」
「いやいや、僕はMじゃないですし、ロリコンでもないんです。この世界ではいたってノーマルですよ」
誰だ、メメ様に変な知識を吹き込んだのは。なぜそんな話が、覚醒直後の話題に出てくる。
「ふぅ、ここは人間の悩みを神が聞いて慰めるための空間なんですよ。熱心な教会信者ならともかく、貴族が月一で通うようなところじゃありません」
「いいじゃないですか。長い間ここに来ないと急に寂しくなる時があるんですよ。メメ様成分が不足してるっていうか……」
「うーわ……あなたさっきノーマル宣言してませんでした?」
うむ、メメ様に引かれてしまった。自分でもどうかと思う発言だった。
そう、現在僕の体は教会の長椅子に座っており、精神だけが神様のところに呼ばれている状態だ。
最初こそ堅苦しい丁寧口調で話していた僕達だが、今ではすっかり仲良く話す間柄になっている。
月一で通ってることもあり、すでに祈りスキルは3まで上がってしまった。
ちなみに称号型である祈りスキルだが、他の人にとって、呼ばれてすぐ自分が会っている神様の姿を見る事は難しいらしい。
精神が体から離れるのは僕と同じだが、最初は声だけが聞こえ、レベルが上がるにつれ段々と神様の認識がはっきりしたり、会える神様の数が増えたりするらしい。称号型なので、個人差はあるが。
最初から面と向かって話せる僕の場合、レベルが上がるごとにメメ様と話す時間が長くなっているようだ。
最初は10分程度しか話せなかった(それでもレベル1の祈りスキルにしては異常な長さらしい)僕だが、今ではその倍ぐらいはここで話すことができている。
そんなこんなで話に夢中になっていた僕だが、体が引っ張られるような感覚に襲われた。相談タイム終了のお知らせである。
「そろそろ時間ですね。それじゃ、また来月に」
「はいはい、別に無理してこなくても良いんですよ。話を聞きたいとは言いましたが、あくまで向こうの生活のついでで結構です」
「そんな寂しい事言わないでくださいよ。大丈夫です、この日の為に騎士団の訓練もサボらずに頑張ったんですから」
「全く、もう……」
♢♦︎♢♦︎
長椅子の上で目を覚ますと、隣から声がかけられる。
「お目覚めですか、ラン様」
「ああ、今日の分は終わったよ……イノアはどうしたの?」
「ラン様がお土産に持ってきたリトルボアの調理用に、ハーブを買ってくるとの事です」
「そっか……余計なお金使わせちゃったな」
祈っている間は精神の抜けた体は無防備になってしまうため、「お祈りの時間」は誰かが一緒の時にしか出来ない。
僕とクヌギが祈っている時はイノア、僕達がここに最初に来た時に会った子だ、が見張ってくれている。祈りが長い僕を残して先に起きたクヌギと喋っているのが常だ。
孤児院の中で最年長の彼女は、今年から働いて良いとされる12歳になって以来正教会の修道女として働いている。
二人は同い年のはずなのだが、イノアの体は年相応のもの。そのなんちゃって敬語口調も相まって、二人が会話する様は仲のいい姉妹のそれである。
「待っているのもなんだし、奥に顔出して宿に向かおうか? あんまり長居するのもあれだし」
「いえ、孤児院のみんなだけではあの量を食べることも難しいから、夕飯は是非一緒に食べたいと言っていました」
「そうなの? それなら遠慮なく待たせてもらおうかな」
そう話していた時、ちょうど誰かが教会に入って来た音がした。
振り向き、入口の方を見るとそこにいたのは袋を抱えたイノア、そして彼女の後ろに纏わりつく3人組の男たちだった。




