91.中等部二年 ひな祭り 2
「姫奈子お姉さん。ご挨拶に来ました」
声の方へ顔を向ければ、ご機嫌な修吾くんと不機嫌な彰仁、そしてその後ろに新一年生らしい女の子たちがいた。
私は席を立つ。
「あら、修吾くん! わざわざありがとう」
相変わらずの可愛らしい様子に勝手に頬が綻んでしまう。
「こちらは沼田紫さん、私の親友よ」
紫ちゃんを紹介する。
「こちらは島津修吾くん。それとこっちが、彰仁。何度か家で見かけたことはあるかしら?」
「ええ。何か困ったことがあったら声をかけてね」
紫ちゃんは嫋やかに微笑んで見せた。流石、葵先輩の妹と思わせる優雅な微笑み。まるで良家のお嬢様みたいだ。いや、そうだった。
コンプレックスに押し潰されない本来の紫ちゃんはこうなのだ。
修吾くんと彰仁の後ろにいた女の子たちが、ほう、とため息をつく。
「で、こいつらが、姉貴を見たいってうるさくて」
彰仁がブスッ面して言ってくる。私は上級生の余裕をもって、ニッコリと笑った。
「彰仁の姉の姫奈子です。よろしくね」
キャー! と女の子達が顔を赤らめる。今度の一年生達も元気らしい。良いことだ。
「姫奈ちゃん、女の子たぶらかさない」
八坂くんがやって来るから、女の子達は顔が真っ赤になった。
彰仁も驚いて目を見張る。
「八坂くんではあるまいし」
呆れてフンと鼻を鳴らせば、八坂くんは得意の王子様スマイルで微笑む。女の子達は目をハートに輝かせた。
「あ、あの、八坂先輩、あ、握手をいいですか? ファンなんです!」
「いいよ。いつも応援ありがとう」
八坂くんがサービス精神旺盛に答えていく。これが学院内での混乱の元になるのだが、八坂くんには断れないだろう。
全員に握手を終えた瞬間、八坂くんとバチリと目があった。少し困ったように笑う。
うん、釘を指しておこう。
「でも、こういう行為は学院内では控えてね。八坂くんも普通の生徒なの。素の八坂くんを見られるのは芙蓉生だけの特権なのだから、その場を守るのもファンの努めと思ってね?」
私は、パフォーミングパートナー仕込みの微笑みを湛えて、女の子達を見回した。
ため息と共に頷かれて、私も頷き返した。
「姫奈ちゃんのそういうところ、僕好きだな」
八坂くんがニッコリ笑うから、小さな歓声が上がる。
私は軽く睨んだ。
一昨年のひな祭りでも同じこと言ったよね? あの時は動揺したけれど、もうそういうわけにはいかないんだからね!
「そういうのは別に要りませんから」
「だよね」
なぜ、楽しげに笑う?
「姫奈子お姉さんと八坂先輩は仲が良いのですか?」
修吾くんが不思議そうに聞く。
「仲良いよ」
八坂くんがモデルの笑顔で即答した。
私は瞬時に否定する。
「普通です」
「あー、傷つく。それ、傷つくんだよね」
「嘘ばっかり、止めてください」
「嘘じゃないよ、悲しいよ」
本当に悲しそうに、濡れそぼった捨て犬のような目で見られて、ウッと怯んだ。
「……ごめんなさい」
思わず謝ってしまう。
「お詫びにケーキ選んでくれる?」
ウルウルした瞳で見つめられては、断れるわけない。
「わかりました」
「じゃ、行こう!」
満面の笑みで手を引かれて、やっぱり演技だったと気がついた。だからといって、振りほどくのも面倒だ。
「姫奈子お姉さん!」
修吾くんが声をあげる。振り向けば、彰仁が驚いたように修吾くんを見た。
「また、会いに行きます!」
「ぜひ! いつでも遊びに来てね!」
答えれば、八坂くんに強引に腕を引かれた。
「ちょっと、八坂くん?」
同時に答えたら、ついてきた紫ちゃんが小さく笑った。
「紫!」
声がした方へ顔を向ければ、葵先輩だ。後ろには淡島先輩。何気に、淡島先輩のタイと葵先輩のリボンがリンクしている。
ラブラブかよ!
二人は三月末には中等部を卒業してしまう。高等部は敷地が違うので、気軽には会えなくなってしまうのだ。そう考えると少し寂しいと思った。
「葵先輩!」
私は八坂くんの手を払って、葵先輩の元へ駆け寄る。葵先輩は呆れたように笑った。
「もう新一年生に囲まれていたわね?」
「弟のお友達です」
「そうなの」
八坂くんは不機嫌な顔に戻っている。
「で、あの修吾って奴は何なの?」
八坂くんよ、吐き捨てるように言うな。美形の怒り顔怖いんだからな!
「島津修吾くん。SBテレビ社長のご子息です。弟と仲が良くて、家にも遊びに来るんですよ」
「ああ、お兄さんの光毅さんとも仲が良いんだっけ?」
淡島先輩が眼鏡を光らせて、口元だけで微笑んだ。
うん、これ、情報収集するつもりだな? だんだんわかって来たんだから!
「はい。弟大好き同盟なんです!」
淡島先輩に答えれば、何とも微妙な顔をした。
「それっていったいなんなの?」
「お互い弟の情報交換してるんです。修吾くんが家に遊びに来た時の写真を送ったり、逆に彰仁の写真を送ってもらったり」
「……ブラコンなのね?」
葵先輩が苦笑する。
「でも、下の子って可愛いですよね?」
「そうね。可愛いわ」
葵先輩が当たり前のように答えたら、隣で話を聞いていた紫ちゃんが赤面した。
「良かったな、紫」
淡島先輩が言えば、嬉しそうに頷いた。
「なによ。知らなかったの?」
葵先輩が照れたように拗ねる。
「ううん……知ってた……」
真っ赤な顔で紫ちゃんが答え、それを見て葵先輩が満足したように頷いた。
あーあー、いいな。私もお姉さまが欲しい。弟じゃこうはいかない。羨ましい。
「羨ましそうだね?」
淡島先輩がニヤニヤして言う。
「羨ましいです。弟も可愛いけれど、お姉さまが欲しかったわ」
「あら、お姉さまと呼んでもよろしくってよ」
葵先輩が言えば、紫ちゃんがちょっとだけ眉をしかめた。
「いえ。ゆかちゃんに怒られそうです」
「ひ、ひなちゃん……!」
紫ちゃんが赤面した顔をもっと赤面させる。
ああ、くそ、可愛いな? やっぱり下の子って可愛いな? お姉さまも欲しいけど妹もいいかもしれない。
でもあんまりイヂメるといけないよね? 葵先輩の顔までほんのり赤みをさしていて、淡島先輩がいいもの見たって感じでニヤついてるもん。
「あ、先輩方もデザートまだですか? 今から八坂くんのデザートをプロデュースするんです。良かったら一緒にいかがですか?」
「じゃあ、そうしようか。葵」
私はデザートコーナーへ向かった。視界の端に綱と桝さんが見えた。チクリと何かが刺さった気がして、慌ててデザートへ意識を向ける。
デザートを選ばなくっちゃ。
ひな祭りらしいパステルカラーのデザートたち。春色のお菓子たちが眩しくて、私はため息をついた。







