92.中等部二年 ホワイトデー
ひな祭りが終わって、ホワイトデー。今年も綱は淡々とお返しを返していた。桝さんについてはわからない。芙蓉会で会った時にでも渡したのだろうか。なんとなく聞けなくて、そのままになってしまった。
私もバレンタインのお返しをして歩いた。
白山茶房では日持ちするお持ち帰り用のお菓子がなかったので、これを機会に開発し、その試供品をお返しにすることにしたのだ。とりあえず無難な雛アラレにしてみた。
炒った豆と揚げたお餅に、色とフレーバーをつけてアラレにする。カリカリとした豆には砂糖、ふんわりさっくり仕上がった風船アラレにはチョコレートをかけて、違う食感が楽しめるようにした。色は黄色。フレーバーはバナナである。
白山姫奈子と言ったらバナナが定着してしまったので、もう開き直ることにしたのだ。
黄色いアラレを化粧クリームのような四角い透明の瓶に詰めた。丸い黒い蓋には白いラベルで『白山茶房』の名前を貼ってみた。少し渋すぎたかもしれない。
「姫奈子さん」
昇降口から玄関に向かおうとすれば、氷川くんに声をかけられた。綱が胡乱な顔で氷川くんを見た。
「これを」
ぶっきらぼうに差し出された小さな紙袋は、氷川財閥系列ホテル内にある高級フレンチのものだった。
「あの?」
三月と言えどもまだ肌寒い空気に、氷川くんの鼻先が紅く光っている。
「二階堂から聞いた。今日は男子からプレゼントをしても良いのだと」
「ああ! ホワイトデーですか?」
「そうだ」
「ありがとうございます!」
私は嬉々として受け取った。
ここのフレンチはお持たせも美味しくて有名なのだ! 一体中身は何だろう? 焼き菓子だろうか? 開けるのが楽しみだ。
「では、私からも。これどうぞ。友チョコならぬ友アラレです」
お礼にと、余分に持ってきた白山茶房のアラレをお返しする。それを見て綱が小さく笑い、氷川くんは少し微妙な顔をした。
「私が開発したんです。あの、甘いもの苦手でしたか? でも、アラレなのでそんなに甘くないと思うんですけど」
「あ、いや、大丈夫だ」
「そうですか? あ、つり合いが取れませんね」
「大丈夫だ。開けても良いか?」
「ええ」
氷川くんは、袋から瓶を取り出すと蓋を開けてアラレをつまんだ。
私は口に合うかドキドキとする。
「うん、旨いな」
「本当ですか?」
「ああ、姫奈子さんが開発したのだろう?」
「試作の第一弾は、バナナにしてみたんです。あと、ピンクは苺味の予定なんですが、緑はメロンにするか抹茶にするか悩んでいて……」
「バナナにあわせるならメロンだろうな。だが、和風味も面白そうだ」
「和風……、そうですね! 抹茶はきな粉と黒蜜のアラレと一緒にしてみようと思います!」
「ああ、それは良いかもしれない」
氷川くんのお墨付きをもらって、俄然やる気が出て来た。商品化する際には色とフレーバーを増やしてみよう。
「アドバイスありがとうございます。では、ごきげんよう」
ぺこりと頭を下げれば、氷川くんはやっぱり少し困ったような顔をした。
「? なにか?」
「い、いや、何でもない」
「そうですか?」
「呼び止めてすまなかった。では、また明日」
「はい。また明日」
氷川くんが珍しく小さく手を振ったから、私もそれに応えて手を振り返す。綱が見咎めるように私に視線を送ったけれど、無視する方が失礼だろう。
「なによ」
「ごきげんですね」
綱が厭味ったらしく言ってくる。ごきげんになるのは当たり前だろう。
「だって、氷川くんに褒められたのよ。嬉しいじゃない」
「……そうですか」
「そうですよーだ」
綱なんか、私のことちっとも褒めてくれないくせに。
内心思いながらも口にしたりはしなけれど。
「中身は何ですか?」
「なにかしら。楽しみね。あのフレンチの焼き菓子は美味しいって有名だもの。たくさんあったら綱にも分けてあげるわね」
「是非」
珍しく綱が素直に欲しがるから笑ってしまった。やっぱり食べてみたいよね。
「そういえば綱は何をあげたの?」
「お返しですか?」
「ええ」
「ブランシュのギモーヴにしました。姫奈も好きでしょう?」
ブランシュは、白山系列のケーキ屋さんの一つだ。確かに私も大好きで、人に薦めるのに間違いのない品だけれど……。
私は小さくため息をついた。
「どうかしましたか?」
「……綱が残念な子だって気が付いただけよ」
「心外ですね」
「だって、私の好きな物を配ってどうするの」
「姫奈も欲しかったですか?」
「そういう意味じゃないわよ! せっかくモテるんだから、在学中にちゃんと彼女をゲットしなさいよね?」
「心配はご無用です」
シレっと答えるから頭にくる。
「モテるからって図に乗ってると痛い目見るわよ?」
「図に乗ってなんかいませんよ」
案外真面目な顔で返されて、ドキリとした。
「……もしかして、本命いたり、する?」
思わず聞いたら、困ったように綱は笑った。
なんでだろう。チクリと胸が痛む。聞かなければ良かった。やっぱりあの子、桝さん、なんだろうか。
「ごめんなさい。変なこと聞いたわ」
私は話を切り上げて、そそくさと車へと向かった。
校門近くに咲き乱れる梅の花の香りが、なぜだか瞳の奥を刺す。
「ひな!」
綱に呼ばれて立ち止まる。
「本命には残る物をあげたいんです」
綱の言葉。だったら、今年は本命にあげていないという意味だ。
「へえ、そうなの」
なんだか白々しく出た声。
とりあえず、なぜだか安心する。桝さんじゃないと安心する。
自然に口元が緩んで、そのことが恥ずかしく、指先を温めるふりをして両手を口元に寄せる。
「まだ寒いですね」
綱が言って、全然寒くなんかなかったけど、私は大人しく頷いた。







