93.芙蓉学院中等部三年
芙蓉学院中等部三年生の春である。
彰仁は昨日入学式を済ませた。前世や今世の私の入学式では出席しなかったお父様も、今回は出席していた。いい傾向だと思う。
私は、最終学年のゴールドラインの制服に身を包み……、またもや綱に髪を整えられている。
二年の時にも、もう自分でしなければと心に決めたはずだったのに、ズルズルとされるがままになってしまった。
昨日の夜、今年からは自分ですると宣言したはずなのに、どうしてこうなっているのだろう。
無力感に襲われながら、綺麗に整えられた自分を鏡で確認する。綱が手鏡を合わせ鏡にしてくれて、後姿までバッチリだ。焦げパンみたいな茶色のくせ毛は、綺麗に編み込みでハーフアップにされている。髪に結ばれた黄色いリボンは、綱がホワイトデーにくれたものだ。甘いものばかり貰って食べては太るでしょう、とのお優しいご配慮による。
子供扱いされ髪を結われるのは、心情的に不本意だけれど、見た目的には大満足だ。
「……ありがとう。綱」
複雑な気持ちで礼を言えば、綱は無言で鏡越しに微笑む。
綱は、こっくりとしたカスタード色のベストを着用している。昨日から正式に生徒会執行部なのだ。特権として、ベストは好きなものが着用できることになっている。
「姫奈子もいい加減自分でそれくらいしろよ」
部屋の入り口では、彰仁が私たちの様子を呆れながら眺めている。彰仁はブロンズラインの制服に、蓮の蕾が胸に挿してある。
「簡単に言いますけど、普通編み込みなんか自分ではできませんから!」
頑張ってもせいぜいただのハーフアップくらいしかできない。料理やメイクは好きでも、髪の毛はからきし駄目なのだ。
「いつまでも綱が尻拭いしてくれると思うなよ」
「わかってるわよ!!」
私たち姉弟のやり取りを見て、綱は小さく笑った。
「準備できたなら、綱……先輩、一緒に行こう」
彰仁が照れたように笑って、私まで照れてしまった。
昨日は、生徒会執行部として綱も入学式に出席していた。その様子がとても誇らしかったようで、昨日は両親も彰仁も綱の執行部ぶりを、手放しで褒めていたのだ。
彰仁も綱が先輩として感じられたに違いない。
私たちは三人で車に乗り込んだ。
小さかった頃は、後部座席で三人だったけれど今ではそんなわけにはいかない。助手席に綱が座り、私と彰仁が後部座席に座る。なんだか少し大人になった気がした。
校門をくぐれば、桜吹雪に出迎えられる。葉桜に近くなった学院の桜が、まるで祝福するように惜しげもなく花びらを風に放つ。
人だかりができていて、大きな歓声が響いていた。
あの大きな人だかりはたぶん、八坂くんと氷川くんだろう。
うん。かかわりたくない。
私は綱の袖を引いた。
「早く校舎へ行きましょ」
彰仁は怪訝な顔をして私を見た。私は綱の陰に隠れるようにして、校舎へと足早に向かう。
ピロティに到着し、クラス分けを確認した。去年は前世とは違ったのだ。今年も違っているかもしれない。
Oクラスに、綱と自分の名前を発見し安心する。今年も一緒になれたらしい。
「お、おはようございます」
綱の隣に桝さんが近寄ってくる。私はそれを見てペコリと頭を下げた。もう以前のように追いつめてまで、仲良くなろうとは思わない。普通でいいと割り切ることにしたのだ。
「こ、今年も一緒ですね。よろしくお願いします」
桝さんが、綱をジッと見て小さな声で囁いた。
綱は優しい微笑を湛えて、よろしくなんて答えている。私はなんだかつまはじきにされた気分で、聞こえないふりをして、クラス分けを凝視した。
桝さんのほかには、三峯くんと一条くんも同じクラスのようだ。クラス委員長はもちろん一条くん。副委員長は意外にも。
「ひぃなぁちゃん!!」
大きな声が響いて、ギョッとする。やっぱり厄災の八坂晏司である。その隣には思った通り氷川くんもいる。
私は大きくため息をついた。
さすがにここで無視して逃げるわけにもいかない。
チラチラと女の子たちが振り返る。ほんと勘弁してほしい。
「おはようございます」
とりあえず二人に軽くお辞儀をし、その場を最短で去ろうとすれば八坂くんが綱の肩を組んだ。捕まった。
きゃぁ、と小さな歓声が上がる。綱はとても迷惑そうに八坂くんを払う。
「姫奈ちゃんはクラスどこ? 僕はどこだった?」
人懐っこい顔で聞いてくる。
「八坂くんはOクラスでしたよ。私のクラスの副委員です」
「やった!」
天真爛漫に喜ばれて、ちょっと可笑しい。仕事が忙しいのに副委員なんてできるのだろうか。まぁ、芙蓉会の決めることに私は口出しできないが。
「俺はYか。離れてしまって残念だ」
氷川くんが本当に残念そうで、それもすこし可笑しかった。思わずこちらもつられて笑う。
「で、生駒もベストが黄色なんだ」
八坂くんが、ニヤニヤと冷やかしてきた。綱は無言で眉をしかめた。
氷川くんは気まずそうに顔をそらす。見れば、氷川くんのベストはタータンチェックに芥子色のラインが入っていた。
「メンズでは黄色が流行ってるんですか?」
思わず八坂くんに尋ねる。
「うーん? そんなこと、ないはずなんだけどね?」
含みのある言い方である。私は確認するように、チラリと綱と氷川くんを見てみたが、二人に目をそらされた。
態度悪くない? 別に流行りくらい答えてくれても良くない?
「姫奈ちゃんのリボンも黄色だね。よく似合ってる」
晏司君スマイルつきのお世辞に、周りの女の子が奇声を上げる。
「私のは流行りとか関係ないですよ」
「私が贈ったものです」
綱がちょっと自慢げに言うのはなんでだ?
「へえ? 僕もリボンあげる」
「いえいえいえいえ……理由もなくいただけません」
慌てて手を振って後ずさる。勘弁してほしい。
「姫奈ちゃん!」
詩歌ちゃんと明香ちゃんがやってきて、あっという間にベストが勢ぞろいしてしまった。
ブロンズカラーを中心に、黄色いリボンは何者なのだと問う声が、コソコソと聞こえてくる。
カラフルなベストの中に、指定ベストの三年生は私一人だ。むろん、花も持ってない。だからこそ浮いている。きたりらしい、なんて声もチラホラ聞こえ始めた。
それよりなにより、遠巻きにこちらを見てくる視線が痛い。早くここから逃げ出したい。
キョロキョロと視線を泳がせれば、困惑顔の彰仁と目が合った。
うん、わかるよ、ゴメン。気まずいよね。
「あ、彰仁! 教室わかる? お姉さまが案内してあげるわ!」
白々しく言えば、彰仁が苦々しい顔で私を睨んだ。
「昨日行ったからわかって……」
「心配だから案内してあげるわ」
被せるように言い切って、彰仁の背中を押した。彰仁をダシにしてここを逃げ出す作戦だ。
「姫奈!」
綱が声を上げた。
「行ってくるわね」
私は振り返らずに彰仁を押して教室に向かった。
三階は一年生の階だ。その踊り場で彰仁が立ち止まった。
「ここまででいい」
「ここまで来たならクラスまで送るわよ」
「いい。姫奈子と一緒だと面倒なことになりそうだから」
突き放されるように言われてシュンとする。
やっぱり、今回も姉であることは隠されてしまうのだろうか。さっきの騒ぎで、恥ずかしい姉認定されてしまったに違いない。
そうそうたるメンバーの中で、ただ一人花も持たない外部生だ。
見劣りしても仕方がない。
あの、ヒソヒソ話も彰仁の耳に入ったのだろう。あんなのを聞かされたら距離を置きたくなっても仕方がない。
「そ、そう……。か、帰りはどうするの?」
「校門でいいだろ?」
彰仁はそっけなく答える。
「一緒に帰ってもいいの?」
思わず問い返せば、彰仁は驚いた顔をした。
「当たり前だろ? 帰り時間が一緒なら普通一緒に帰るだろ。運転手に迷惑がかかる」
それが前世では普通ではなかった。たまに帰りが一緒の時間になっても、彰仁はあからさまに私と一緒に帰るのを避けていた。
私がみっともない姉だったから。
「そうね、良かった」
ホッとして、笑えば彰仁は小さく溜息をついた。
「変なヤツ。なんで一緒に帰らないと思ったんだよ」
「だって、私、彰仁の姉なのに花もないでしょ? 姉弟だと知れたら嫌かと思って」
「バカ姫奈子」
彰仁はそう言うと、私の額にデコピンをした。
「校門で待ってるからな! ちゃんと来いよ!」
彰仁はそう言って私を指さすと、自分のクラスへと走っていった。
ヒリヒリするオデコを擦りながら、でもちょっとだけ嬉しかった。







