50.かつうの祝い 1
六月に入って何だかムシムシしてきた。
二年生には林間学校もなく暇なので、ちょっとした気晴らしに小さな集まりを企画してみた。
白山家のお祭りなのだろうか? 風習なのだろうか? 良くわからないが、『かつうの祝い』と呼ばれる行事に、芙蓉の女子を呼んでみようと思ったのだ。
『かつうの祝い』は、もともとおじい様がやっていた行事だ。
謂れや由来は知らないが、白山家では六月十六日に十六個のお餅を作ってお稲荷様にお供えして、そのおさがりを家族でいただくのだ。
おじい様が亡くなってからは、私が勝手にお餅を和菓子に代えて引き継いでいる。小さかった私はお餅を作ることができなくて、買ってもらったのがきっかけだ。初めはお餅を買っていたのだが、今では和菓子に代わっている。
馴染みの和菓子屋さんで和菓子を購入し、いつものお稲荷さんと一緒にお供えした。
私の部屋に小さな席を設けて、詩歌ちゃん、明香ちゃん、紫ちゃんを招待した。紫ちゃんは遠慮したけれど、強引に誘ったのだ。
明香ちゃんが紫ちゃんと話をしてみたいと言っていたので、強行させていただきました。
紫ちゃんのお姉さまである葵先輩は、明香ちゃんにとっては信仰の対象で、その妹の紫ちゃんにも緊張してしまうらしいのだ。仲良くなりたいと思っていても、きっかけがつかめなかったのだと言う。
完璧に見える明香ちゃんにも可愛いところがあるじゃないか!
綱と彰仁には申し訳ないが席を外してもらった。だって、女子会だもん!
私服姿のご令嬢たちが集まって、いざ女子会だ。制服以外では、フォーマル姿で会うことが多いから新鮮だった。
詩歌ちゃんも今日は花柄のワンピースだ。黒々とした豊かなボブスタイルに、アジサイを思わせる虹色のカチューシャが映えている。
明香ちゃんは、キリリとした涼やかなパンツスタイルで大人っぽい。いつもより大きめのポンパドールがリーゼント風でカッコイイ。
紫ちゃんはフレアのロングスカートだった。柔らかな紫色がとてもよく似合っている。最近は学校でも少しずつ華やかに装うようになった。恋は女の子を可愛らしくするのだろう。
私はマカロンプリントのひざ丈フレアスカートにした。カラフルでお気に入りなのだ。
テーブルの上には、お稲荷様から下げてきた和菓子とお稲荷さんが人数分と、お煎茶。つまみやすいアラレも用意してある。
六月らしいアジサイや蛍をあしらったもの、「あめあがり」と呼ばれるお菓子に、「でんでん」はカタツムリのことである。
どれも美味しそうだ。
「綺麗ねぇ……」
詩歌ちゃんが和菓子を眺めてうっとりとする。
「嘉定喰いの行事を今でもしているところがあったのね! 白山家ならではなのかしら?」
明香ちゃんが微笑んだ。
「え? 嘉定喰いって言うの? うちのお稲荷様のお祭りかと思っていたわ」
私は不思議に思って聞き返す。
「昔からある行事みたいよ。普通は六月十六日にお餅を供えるんじゃないかしら? そのお餅を食べると厄払いになると本で読んだことがあるわ。私の家では習慣がないけれど」
「ああ! おじい様がしていた頃はお餅だったのよ。私がするようになってからは、お餅じゃつまらないから和菓子にしたの! でも、それならお餅に戻さないとダメかしら?」
「そうなのね。大丈夫よきっと。そもそもは、仲のいい人の家に集まって、好きなものを食べて遊ぶのが嘉祥の行事みたいだから」
明香ちゃんがくわしく説明してくれる。
「も、もしかして、月見土器……」
紫ちゃんがオズオズと会話に加わる。明香ちゃんが興味津々で、紫ちゃんを見た。
「え? なあに?」
私は先を促した。
「あの、六月十六日に十六の娘が振袖を切って詰袖にして、嘉定菓子を盛った器に穴をあけて月見をする……その土器を月見土器って……」
「そんな風習もあったのね。知らなかった」
明香ちゃんが感嘆する。
「でも、それって、素敵!! 振袖を切って大人になるのね!」
詩歌ちゃんが声を上げる。
「ねぇ、十六になったらみんなで袖止めしてお月見もしましょう?」
屈託のない笑顔で詩歌ちゃんが提案して、皆でそれに答える。それは素敵な未来の約束だ。十六になっても友達でいよう、いられるって信じられる。
そのことが何よりもうれしかった。
紫ちゃんもすっかり馴染んで、詩歌ちゃんと明香ちゃんは空気を良くするのが上手だなと思った。
「そう言えば、うーちゃんは、大黒さんに意地悪とかされてない?」
「意地悪らしい意地悪はされたことないわ。ちょっと睨まれたりはすることもあるけれど。でも、最近は、八坂くんがあまり教室に顔を出さないから、そんなことないし、心配いらないわ」
「? 八坂くんの出席と関係ある?」
思わず尋ねれば、明香ちゃんが呆れたように笑った。
「だって、大黒さんは八坂くん狙いでしょ? 特別仲が良い女子に嫌がらせしてるじゃない」
「そうなの?」
「姫奈ちゃんとか」
「はぁ? 仲良くない! です!」
全力で否定すれば、紫ちゃんが不憫なものをみるような目で私をみる。
「仲良く見える……んです」
小さな声で突っ込んだ。
詩歌ちゃんも、明香ちゃんもウンウンと頷く。
「特に姫奈ちゃんは外部生でしょう? そもそも、八坂くん狙いだと思われるし、小さいころから知っているわけでもないのに、普通に話しているのが気に障るのよ」
明香ちゃんが分析する。
「ええー……私、誤解で意地悪されてたの……?」
マジかー! 八坂くんのせいじゃないか!!
確かに、前世の大黒典佳は八坂晏司のファンだった。今も変わらず八坂晏司が好きなのか。
前世の私は氷川くん一筋で、八坂くんに見向きもしなかったから、きっと仲良くやれていたのだと思う。
今回当りがキツイのは、私が八坂くんと仲が良いと勘違いされているからということらしい。
「だったら、八坂くんと距離を取れば、誤解はとけるってこと?」
「どうでしょう……」
紫ちゃんが思案したように答える。
「だって、」
「感情と理性は別物です」
紫ちゃんが珍しくキッパリと答えた。何か心当たりがあるのだろう。
「そうね、それに八坂くんを突き放せる?」
明香ちゃんが笑った。詩歌ちゃんも困ったように笑う。
「私もそれはできないのよね。だから、大黒さんに睨まれてしまうけど」
「確かに、できる気がしないわ……」
私はため息をついた。
「私は大黒さんに睨まれることはあっても、今のところ実害がないから気にはしてないけれど、どちらかと言うと八坂くんの方が心配」
詩歌ちゃんが困ったように笑った。
「八坂くん?」
「ええ、最近教室に顔を出さないのよ。授業についていけるのかしら」
「でも、八坂くんは特別でしょう? まだ六月だし、中等部で留年はないでしょ?」
「それはそうだけど、勉強がわからなくなるのは困るでしょう?」
そう返されて納得する。
「お仕事忙しいのかしらね?」
尋ねてみる。一年の時の八坂くんは、学院と仕事の両立に頑張っていた。それができなくなるほど忙しいのは、ちょっと大変だなぁと思う。だって私たちは、まだ中二なのだ。仕事なんてしていないのが普通だ。
好きなことだからこそ続けられるのだろうとは思うけれど、少し気の毒な気がした。







