51.かつうの祝い 2
「そういえば!」
そう言って明香ちゃんがカバンから雑誌を取り出した。『アミケガールジャパン』だ。イタリアのハイティーン向けファッション雑誌の日本版である。
「さやちゃんは、アミケなの?」
道理で大人っぽいと思った。私と詩歌ちゃんは、きゅう♡てぃぃぃん派なので、どちらかというと可愛い路線なのだ。
「ふふふ、これ見て!」
明香ちゃんが広げたページには、ドーンと大きく八坂晏司である。
しかし、私はその奥に小さく映っている人影に目を奪われた。これは、あの、憧れてやまない……。
「エレナさま……!」
思わず感極まる。
「え? そっち?」
明香ちゃんが噴き出した。
「エレナさまは」
「ちょ、ちょっとまって? ストップ! お願いそれ以上言わないで?」
すごい勢いで明香ちゃんの言葉を遮ったら、みんなが不思議そうに私を見た。
だって、だって、だって!
「あのね、お願い。エレナさまのことは私に話さないで欲しいの」
「あの、どうしてですか?」
紫ちゃんが尋ねる。
「私、エレナさまが大好きで憧れていて。そのね、私すごく嫉妬深いの。多分、みんなエレナさまのこと詳しくご存知でしょう? 昔からお会いしたりしてるわよね? だから、みんなからエレナさまのプライベートを聞いたら、きっと嫉妬するわ」
そうなのだ。私は根が深い同担拒否派。絶対に嫉妬する。嫌な気持ちで、友達を見る。
特に詩歌ちゃんは、エレナさまと仲が良さそうだ。だから、話題にするのを避けてきた。聞けば色々なことを教えてくれるだろう。会わせてくれるかもしれないとも思う。だけど、私より仲の良い二人の姿を見てしまったら、私は感謝よりもきっと嫉妬をする。見せつけられた、と感じてしまう。
「きっと、嫌なこと、言ってしまいそう……」
恥ずかしいけれど。
こんな自分は嫌だけれど。
氷川くん同担拒否の時にしたように、同じ轍を踏みたくはない。
恥ずかしくて俯けば、紫ちゃんが頭を撫でてくれた。
「わかります」
「わかる?」
思わず顔を上げる。
「私もわかるわ」
詩歌ちゃんがほっぺを膨らまして言う。
「したくなくても、しちゃうのよね」
明香ちゃんが笑った。
「完璧なお嬢様でも、そんなことあるの?」
思わず尋ねる。
家柄も血筋も良くて、小さな頃から躾られた立ち振舞いと、恵まれた人脈に囲まれたお嬢様たち。世が世ならお姫様だった彼女たち。
そんな人が、なにかに嫉妬するなんて考えられなかった。脅かされることなんかないんだと、誰よりも自信があるのだと思っていた。
「私達をなんだと思ってるのよ。普通の人間よ」
明香ちゃんが呆れたように笑う。
「完璧なんて……程遠い、です」
紫ちゃんも笑った。
詩歌ちゃんも頷く。
「私の方こそ、八坂くんに絡まれても動じないから、流石桜庭のお嬢様は違うわって思ってたのよ」
明香ちゃんが笑った。
「なにそれ、そんなことないわよ」
私も思わず笑った。
「ひな祭りのパーティーで、姫奈ちゃん、私に嫌な顔をしなかったでしょう?」
詩歌ちゃんが言った。
「? え、ええ」
「私、大きなパーティーはあの時が初めてだったの。それなのに大失敗してしまって。しかも氷川くん主催の席、相手の方は知らない方、もう、どうしようって、絶対に大事になってしまうって思ったのよ」
「嘘、すごい堂々としてたのに?」
「だって、そう振る舞うようにしつけられているから……あれでも頑張って。それに、縁故のない方は『怖い』って聞かされていたし……失敗は許されないと思ってたの。それなのに、姫奈ちゃん全然責めないでいてくれたから、すごく助かったのよ」
詩歌ちゃんに打ち明けられて動揺した。私は何もしていないし、正確には神様の罰を恐れて何もできなかっただけなのだ。
それを恩に感じられても困ってしまう。
「八坂くんが来てもスッとどこかに行っちゃうしね。なんて高潔な人なんだろうって話題になったわよね」
明香ちゃんが笑う。
「高潔って……ビックリしてテンパってただけよ? 着物なんて初めてだったし。エレナさまにフォローして頂いてどうにかなっただけで。……それから憧れているんだけど……。え? あの時、さやちゃんもいたの?」
「紫さんもいたでしょう? 見ていた?」
明香ちゃんが笑って、紫ちゃんに問う。
「え、ええ……。私……どうなるんだろうって……怖くって……見ていただけですけれど……。橘の君……って……」
「ええ!? ちょ、ちょっと、それ恥ずかしいわ!」
そうか、もうあれから見られていたのだ。前世で良家の女子たちに避けられていた理由が、今わかった。前世で嘘泣きを盛大にして氷川くんの気を引こうとした、私の強引なやり口に引いたのだ。
当時は、『芙蓉の女子は皆敵!』だったから、平気であんなことをしたけれど、それが後々自分の首を絞めることになったらしい。
軽率、短慮、横暴、強引。計算のつもりだった行為が、大きな誤算になっていた。恥ずかしすぎる。
「高潔な橘の君が、今ではバナナ姫だけどね」
明香ちゃんが笑う。
「もう! 最近じゃ、ゴリラですからね! 女子としてどうなの?」
抗議をすれば、皆くすくすと笑った。
「そうだ、エレナさまね、プライベートの話じゃないから、いいかしら?」
明香ちゃんが伺うように私を見た。
「え、ええ」
少しドキドキする。
「アミケに毎月載ってるわよ」
「え! 本当!? ありがとう!」
やった! これでエレナさまを摂取できる!
「でも、私が見て欲しかったのは、エレナさまじゃなくて八坂くんよ」
明香ちゃんが広げたページには、八坂くんが色っぽい上目遣いで、強請るようにこちらを見ている。
え、こっわ。これ中二? まじ、こっわ。
「格好いいでしょう? アミケ初登場でこれだけの大きさなんて異例なのよ。お仕事が忙しいのはその辺かもしれないわね」
「すごいわねぇ」
詩歌ちゃんがのんびり答えれば、紫ちゃんも頷いた。
「さやちゃんは八坂くんが好きなの?」
綱じゃないのかな?
問えば、明香ちゃんは瞬きした。
「私は観賞用として愛でている感じかしら? 目の保養になるわよね」
「ああ、確かにわかります」
「ええ。格好いいです」
詩歌ちゃんも紫ちゃんも賛同する。
「私も、口を開かなきゃ、とってもカッコイイと思います」
そう答えれば、皆が笑った。
「最近、非公式のファンクラブが校内にできているみたいよ」
情報通の明香ちゃんが教えてくれる。
詩歌ちゃんは困ったようにため息をついた。
「休み時間にクラスにも来ています。体育や移動教室の時は少し困るわ。出入り口が混みあうし、八坂くんもなかなか移動できないし。一部の人と小競り合いもあるし……」
私と紫ちゃんは顔を見合わせた。
「大変なことになってるのね」
「少し八坂くんが気の毒なくらい」
詩歌ちゃんは心配そうな顔で、お茶碗を両手で包み込んだ。
なかなか有名人の悩みは深そうだ。







