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41.バレンタインデー 2


 下校時間にもなればラストチャンスとばかりに、目をランランと光らせた女子たちが教室に集まってくる。


 わぁ、こわい……、なんて他人事のように思っていれば、綱が呼び出されているではないか!


 綱が困ったように私を見たから、行っておいでと手を振った。多分下校の心配をしているのだろう。


 せっかくのバレンタインだ。なにも貰えないのは不憫だし、それくらい大人しく待っていられる。


 熱気のすごい教室に一人取り残されるのは少し惨めだったので、教室のベランダへ避難した。二月のベランダは寒い。コートを着てくれば良かったかな、なんて思いつつ、取りに戻るのも癪なのでそのまま外を眺めていた。


 教室のベランダから校庭を見れば、あちこちで楽しそうな風景が広がっている。さすがに見えるところでは、友達同士だったり先輩後輩だったりで、見ているこっちも心が温まってくる。

 そういう意味で、八坂くんのファンでも教室に来るような子は、あっけらかんとしていて気持ちがいいのだ。


 好きな人に好きって言えるって、すごいことだよね。


 改めて思う。好きな人に嫌いと言われてしまったら、もう好きだと言うことはできないのだ。

 ふと、氷川くんの影が頭の隅によぎった。


 好きだった人に、それも、たった一人この人と決めた人に、人生で初めて欲しいと思った人に、『無理だ』といわれた痛みが胸によみがえる。


 嫌い、ではない。無理だよ? 無理。

 好き嫌いは嗜好の分野だが、無理って言われたらもう無理じゃないか。氷川くんだって言ってた。我慢してすることすらできないほど、ってことだ。

 そんなの生理的に受け付けないだとか、アレルギーだって言われてるのも一緒だ。

 少なくとも、結婚を誓った相手にそこまで拒絶されるとかさぁ……。しかもあっちから『婚約者に』って言ったくせにさぁ……。


 もうあんな怖い思いをしたくない。


 はぁぁぁ、と大きくため息をついて、凍えた指先を温めた。


「姫奈ちゃん、寒くないの?」


 八坂くんが教室からベランダに出て来た。そっとコートを肩に掛けてくれる。


「寒かったです。ありがとうございます」

「取りに来ればよかったのに」

「幸せ空気にあてられて、ボッチはいにくいんですよ! あの教室!」


 そう答えれば、確かにね、と八坂くんは笑った。


「もう終わったんですか?」

「うーん、一通りはね。後は呼び出しがあるから、ちょっと休憩してから行こうかなって」


 八坂くんは疲れたように笑った。今日は一日営業モードで、プロとは言えど笑顔も強張ってしまうだろう。

 待っている女の子のことを思えば早く行った方がいいのではないかとも思うけれど、そう言い出しにくいくらいには、疲れた顔をしていた。


「おつかれさまです」

「生駒待ち?」

「ええ。バレンタインですから」


 二月の空が重い。雪でも降るのだろうか。


「ふーん……」


 八坂くんが静かだとなんだか不気味だ。


「どうしました?」

「ううん?」


 にっこりと笑われた。何だろう。


「疲れてます?」

「まぁ、ちょっとね、あの荷物もって帰ると思うと少し気が重い」

「たしかに……そうね」

「あげようか? 甘いもの好きでしょ」


 提案されて、ブンブンと手を振った。


「そんなわけにはいきません! みんな一生懸命選んだと思いますよ。食べきれないとは思いますけど、せめていったん受け取って、中を見てあげてください」


 あの人ゴミの中、たくさん歩いて、沢山あるお菓子の中から、八坂くんに喜んでもらうためだけに一生懸命選んだはずなのだ。

 私が友達にしたように、きっとそれ以上に、頭を心を使ったに違いない。

 それを簡単に貰って良い訳などなかった。


「姫奈ちゃんでも食べ物断ることあるんだね」


 乾いた声で八坂くんが笑う。


「何でもかんでも欲しがるように見えてます?」

「そんなことないよね、パンだって食べなかったし」

「パン?」

「体育祭の」

「ああ!」


 あの八坂くんファンが群がっていたバナーヌスペシャルだ。


「私よりもっと欲しい人がいたら譲ることくらいできますよ?」

「優しいんだ?」

「別に優しくないです。食べたい人に食べてもらった方が食べ物だって幸せでしょう?」

「食べ物の幸せ考えてるの?」


 八坂くんが噴き出した。


 そんなにおかしい? この人笑い上戸じゃないの?


 ガラガラと乱暴に窓が開いて、綱が顔を出した。走って来たのか息が切れている。


「姫奈! 終わりました! 帰りましょう!」

「そんなに急がなくたって平気なのに……」

「いいえ、帰りましょう」

「まぁ、用が済んだなら帰るわよ。では八坂くんごきげんよう。お疲れみたいだから、ゆっくり休んでくださいね」

「うん、姫奈ちゃんバイバイ!」


 八坂くんは、なぜだか営業用の笑顔で手を振った。営業笑顔が取れないほど、張り付けていたのだろうか? 相当お疲れなのかもしれなかった。


 綱は思ったよりたくさんのチョコレートをもらっていた。私が席を外している間に貰っていたらしい。帰りの下駄箱にもチョコレートが入っていた。


「ちょっと、私よりたくさんもらってるじゃない! うらやましいわ!」

「……困ります」


 綱は無表情で答えた。


「なにが困るのよ」

「甘いものばかり貰っても……」

「贅沢者! こういうのは中身じゃないのよ! 気持ちでしょ? 良い子がいるかもしれないじゃない」

「いないかもしれない」

「またそう言うことをいって! さっきの子はどうだったのよ!」

「知らない子です」

「今から知るのよ! 少なくとも芙蓉の子なんだから家柄なりなんなりは絶対いいんだから!」

「姫奈だって芙蓉じゃぁありませんか」


 遠回しに、私みたいな子に当たったら嫌だと言いたいらしい。


 理想高いんじゃないの!? 私だってそこそこお金持ちの女の子で、そこそこまぁ、今のところは勉強だってしてるし、普通に普通じゃんか! 普通の女の子の何が悪い。 


「綱の理想は高い、そういうことなのね」

「そんなことないですよ」


 そんなこと十分にあるわ!!


「まぁいいわ。あ、でもそうだ! 私に遠慮しないでね? 一緒に帰りたい子とか現れたら、当然そっちを優先してね?」

「……ないですよ」

「今は無いかもしれないけど、わからないじゃない」

「ないですよ」


 綱はこういう時、なんだか頑なになる。

 それが、良くわからない。なんとなく私のお守りみたいになってしまっているけれど、綱は使用人じゃないし、責任を感じることはない。たとえ使用人だとしても恋愛は自由だ。綱のパパだって結婚して綱が生まれた。

 ただ、なにを言っても無駄そうなので、私はそれ以上何も言わなかった。


 通り抜ける風が冷たい。車までだからとマフラーをしてこなかったのがいけない。耳が痛い。


 ビュウと強い風が吹いて、一瞬綱が何か言ったように思えた。


「なにか言った?」

「いいえ?」


 聞き間違いだったのか、綱は何でもない顔でそう答えた。






晏司君目線のSSです。

https://twitter.com/AIUE_Iota/status/1095950325930840064

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