42.バレンタインデー 3
私は自分の部屋で考え込んでいる。机の上に置かれた四つの袋。可愛くラッピングしたそれ。
お父様と生駒、綱と彰仁の四人分。
バレンタイン用にシェフから教わって作った手作りクッキーである。中学生でも作れる簡単なアイスボックスクッキーで、別にハートの形とかでもない、不格好なものだ。
うーん……。やっぱり渡すのどうしよう。
帰ってきてからずっとそんなことを考えている。さっきの夕食もそんなわけで上の空だった。
家に帰って来てみれば、彰仁もたくさんのチョコレートを持ってきていた。綱はさっき、甘いものばかり貰っても困ると言っていたし、二人とも迷惑かもしれない。
せっかく作ったものを渡しに行って、嫌な顔をされるのは心が折れる。だったら初めから渡さない方がいい。どうせ大したものでもないし。
お父様と生駒だけに渡そうかな。
お父様と生駒だったら嫌な顔をしないはずだ。
お父様は書斎に置いておけばいいとして、生駒はどうしよう……。
生駒の部屋に置いておけばいいのだろうが、それでは綱に見られてしまう。見られてしまって困るかと言えば、別に困らないんだろうけど、生駒にあげて綱にあげないとなると、ちょっと悪意を感じないだろうか。
私ならイヤだ。綱のお土産、彰仁が貰って私が貰えないとか絶対ゴネると思う。
お父様だけにしようか……。
せっかく作ったクッキー。今日のためにラッピングの本を買って、それなりに包んでみた。簡単なものだけど、ほとんどが無駄になると思うと少し悲しい。
かといって、手作りのお菓子なんて他にあげる当てもない。
自分で食べる? デブ街道に突き進む? 運動すればいいか。
悩んでも仕方がない。今回はお父様だけにしよう! そう決心した時に、ドアがノックされた。
「お嬢様? 入ってもいいですか?」
「ふひぃぃ?」
思いもよらない綱の声でビックリした。慌てて机の上の物を隠そうとして、隠す所が見当たらない。慌てて後ろ手に持って背中で隠す。
「入りますよ?」
「あ、だめ、ちょっと、まって」
「何をしているんです」
「何もしてない!」
「だったら入ります」
綱が強引に入って来た。
「ちょっと私のプライバシーは?」
「私に毎朝寝癖を直させてるくせに?」
言い返されてグッと言葉に詰まる。
そうだけど! そうなんだけど!
「別に服を着てれば問題ないでしょう?」
「そういう問題じゃないわ! デリカシーってものがないの!?」
「……デリカシー? お嬢様が? デリケートだとでも?」
ああ言えばこう言う! 口で勝てる気はしない。
「もういいわよ! なんなのよ! さっさと用を済ませて出て行きなさいよ!!」
「いえ、今日なんだか夕食が進んでいなかったようなので、体調不良では?」
「そんなことないから! 大丈夫! 元気だから!」
「お菓子……食べてます?」
「食べてないってば! もう、早く! シッシ!!」
「なにか隠し事がありますね?」
綱がジロリと私を見た。
「……そ、そんなことないもん!」
私はダラダラと汗をかきながらそっぽを向く。
「八坂晏司、ですか?」
突然の低い声でビックリする。こんな声、知らない。知らない男の人の声。
前世でもこんな声してただろうか。今ではすっかり思い出せない。でも、知らない。こんな声、知らない。
咄嗟に言葉が出ず、思わず後ずさる。
「またなにか言われたとか?」
畳みかけるように問う綱の顔が、不機嫌に歪んでいる。その顔は馴染みがある顔で、声は違っても綱には間違いないと少しホッとする。
おい、八坂くん。君、綱にイジメっ子だと思われてるみたいだぞ?
私は一瞬感じた驚きをごまかすように、ワタワタと答えを返した。
「今日はさすがにそんな元気なかったみたいよ? それにいつもの悪口は別に本気じゃないと思うけど」
本気じゃないと信じたい! 一応性格ブス回避で頑張ってるつもりなのに、すでに性格ブス認定されてるのだとしたらキツい。
「じゃあ、なんですか? その背中に隠しているものは?」
「へ?」
綱が強引に背中に回る。
「ちょっと!」
「……なんですか? これは」
見つかってしまったので仕方がない。正直に答えるよりなさそうだ。
「お父様と生駒と……本当は綱と彰仁にバレンタインのクッキーを焼いたのよ」
ムッツリと不機嫌に答える。
「何で隠すんですか」
非難するような綱の声。
「だって、彰仁も綱もいっぱいチョコレート貰ってたし、甘いものばっかりで困るって言ってたし、……あげても迷惑かなって思って。でも、生駒にあげるのにどうやって渡そうかなって考えてて、綱にあげないのに生駒にだけあげるのとか意地悪だと思われてもヤダなって思ってたのよ!」
やけっぱちになって答えれば、綱がプっと噴き出した。
なんだよもう!
「だってそれ、お屋敷のキッチンでこの間作っていたやつでしょう? みんな知ってますよ。今更隠せると思ったんですか?」
綱に笑われて、呆然とする。
「みんな知ってた?」
「ええ。誰にあげるのかと旦那様も心配していたご様子で」
「ええ~! そうなの?」
「彰仁さまも喜ばれると思いますよ」
「そうかしら? 甘いものばっかりで迷惑じゃない?」
「こういうのは中身じゃないんです。気持ちですから」
それ、どっかで聞いたことあるやつ。
でも気持ちがすっきりした。思い悩むだけ馬鹿みたいだった。
「じゃあ、綱、これあげる。生駒にも渡しておいてくれる?」
「わかりました。ありがとうございます。父も喜ぶと思います」
ニッコリと綱が笑うから、私も元気になって来た。
「じゃあ、彰仁にも渡してくる!」
彰仁に渡しに行けば、ムっとした顔で、でも、サンキュ、なんて生意気に答えた。まぁ弟なんてこんなものかもしれない。いらねーよ!って突き返されなかっただけで良しとしよう。
お父様の書斎に置いておいたら、会社までもっていって自慢して食べたらしい。
……お父様、勘弁してください。
ホワイトデーの後日談。
https://twitter.com/AIUE_Iota/status/1105655102839283713







