39.お正月
冬休みは短い。クリスマスのドタバタが終われば、すぐに年末が来てお正月だ。
お正月の朝は早い。朝からお父様が若水を汲み神棚に備える。いつもは私がしているお稲荷様へのお供えも、三が日の間はお父様がすることになっている。
朝から家族みんなで氏神様にお参りに行き、お父様は互礼会へ行く。昼近くになれば、白山家の一族が挨拶にやってきて、一日二日の間は家族そろって親族関連のナンヤカンヤで忙しい。
三日目は両親と生駒だけで、仕事関係の挨拶回りに行く。綱家族は年末三十日から、生駒の実家へ帰省し正月三日の日に白山家に戻ってくるのだ。
今日は三日。ぐったりと疲れ切った私は、彰仁を誘って綱の住む離れに向かった。久々の綱だ。一応、雪見もちアイスをもって行く。バレエ教室で噂になっていたので、買っておいてもらったのだ。それに綱のところには、炬燵がある! ビバ! 炬燵でアイス!!
部屋に入って見れば綱がマスクをしていた。どうしたのだろう?
「あら、綱、風邪?」
「大丈夫か?」
彰仁も心配して問う。
綱は小さく頭を振る。
「いえ、違います……」
掠れて聞きにくい声に訝しむ。絶対風邪じゃないか。
「だって声変よ? 病院に行った? 熱はある?」
手を伸ばしておでこに触れてみる。バっとあからさまに避けられた。
「……なにそれ、不満なの?」
あまりの反応にムカっとする。
「ちがっ……、お嬢、さ、ま、手が冷……たい」
綱が顔を真っ赤にして否定した。
「ごめんなさい。アイス持ってたから冷えてたのね」
そんなに冷たかったのか。気が付かなかった。申し訳ない。
「でも、顔が赤いわよ? やっぱり熱があるんじゃない?」
「熱は……ありません。……元、気です。風邪ではな……いと思い……ますが、喉のた……めに……マスクを……着けて……いま」
ケホン、と綱が咳払いをする。話しづらそうだ。
「いいわよ、無理して話さなくて。でも具合が悪いなら帰るわ」
そう言えば綱はブンブンと否定した。
「そう? アイスもってきたから一緒に食べる?」
綱はコクリと頷いた。
私と彰仁はスルリと炬燵に潜り込む。テレビの正面の位置は綱の定位置だ。私たちは綱の両端に腰かける。炬燵の上にはミカン。テレビでは見もしないのに駅伝が流れている。リモコンも、ポットも急須もそばにあり、もう堕落せよと言わんばかりだ。
「はぁぁぁ、極楽……」
生駒が脱いでいった半纏に手を通し、至福の炬燵タイムである。ジンワリと生駒の匂いがする半纏は、おじい様の温もりを思い出させて安心する。
綱が呆れたように笑った。
「姫奈子、アイス!」
彰仁が強請る。
「好きなの選んで」
私は炬燵の上にアイスを広げた。持ってきた雪見もちアイスは、お餅にアイスクリームがくるまれた商品だ。一つの容器に二つのアイスが入っている。
全て雪見もちアイスだが、味の種類が全部違う。絶対的定番のバニラと、期間限定の抹茶黒蜜にキャラメルナッツ。
「俺これ」
彰仁は即断で定番のバニラを選ぶ。
ふっふっふ、お姉さまは君がそれを選ぶと思っていたよ。
「綱はどれ?」
綱は伺うように私を見た。
「わたしはどっちでもいいわ。っていうか、一個交換して!」
そう言えば綱は頷いて近くの抹茶を取った。私はキャラメルナッツを開ける。
付属のピックで刺して早速綱と交換する。
「姫奈子は変な味食べるよなぁ……」
彰仁が呆れたように呟く。
「だって食べてみたいじゃない」
「定番が美味いに決まってんだろ? 人気で美味かったら定番化するからな」
彰仁の正論にムっとする。
「食べてみないとわからないですー!!」
「食べなくたって定番が一番うまいのはわかってる」
「皆の一番好きなものが、私の一番とは限らないじゃない」
「それは一理ある」
彰仁が珍しく納得した。
「だったら自分で確かめてみないとね」
などと大口をたたいてみるが、前世では『皆が欲しがる財閥の御曹司氷川くん』が欲しかったので人のことは言えない。
「まぁ、皆が欲しいものは一応欲しいし、流行りのものも好きだけど」
「……正直で……何よりです」
綱が口をはさむが、なんというか。
「今日は綱の突っ込みもいまいち切れが悪いわね?」
喉に引っかかる声のせいなのか、なんなのか変な感じだ。
綱は私の言葉を無視して、マスクを顎の下に伸ばし、無言でアイスを頬張った。
私もつられてアイスを頬張る。温かい部屋で、しかも炬燵で食べるアイスは最高である。
「しあわせー」
キャラメルナッツ味のアイスを食べながら、にんまりと笑えば、彰仁は呆れた顔をして、綱はクスリと笑った。
「姫奈子は口に何か入っていればとりあえず幸せだろ?」
彰仁が突っ込む。
「失礼ね! 美味しいもの限定よ」
「美味かった?」
「キャラメルナッツは彰仁も好きよ、きっと。一口食べる?」
「うん」
ピックに刺したアイス餅を、素直に口を開いた彰仁の鼻先にくっつけた。
「あ、姫奈子! 止めろよ!」
「あらぁ、ごめんあそばせ?」
「あそばせじゃねぇ!!」
「ほらほら、溶けちゃうわよ」
今度は改めてアイスを彰仁の口元にもっていく。彰仁は不服そうだが、黙ってアイスを頬張った。
「うまい、けど、餅いらない」
モグモグしながら答える彰仁には鼻先に白い粉が付いている。可愛いなぁ、おい!
「でも、抹茶の方はお餅があった方がいいと思うの」
キャラメルナッツを食べ終わってから、抹茶味にピックをさす。
良い具合に柔らかくなったお餅。抹茶アイスの中から黒蜜が蕩けてくる。やっぱり美味しい。
抹茶の香りでホッとする。
はぁ、とため息をついたら、ふと綱と目が合った。どうしたのかと伺い見れば、慌てて目をそらされた。
なんか変。
むーっとして、綱を睨み返す。
「なによ」
「……な、んでも……」
ケホケホと答えるから、それ以上詰問するのは諦めた。きっと今は上手く話せないだろう。
「ねぇ、綱、かりんシロップ、後で持ってくるわね」
「……かりん、で……すか?」
「今年、庭のかりんで作ってみたの。蜂蜜で漬けたから効果倍増よ!」
「お……嬢……様が?」
「ええ」
「俺はもう実験台になった」
彰仁が微妙な顔で言った。
その顔を見て綱も微妙な顔になる。
「なによ。ちょっと苦いのは仕方がないじゃない! 苦くても種を入れた方が薬効があるのよ!」
「どこ情報だよ、それ」
「レシピ本に書いてあったわ!」
最近は、色々なレシピ本を読んで簡単そうなものからチャレンジしてみているのだ。特に、身体に良さそうな自然派のものは、あまり巷で売ってないこともあり、ダイエットにも良さそうなので、試してみている。
それを聞いて綱は苦笑いし、それでも小さく、ありがとうございます、と言った。
駅伝最終区のランナーがゴールテープを切った声がテレビから響いた。沸き立つ歓声に気を取られ、皆でテレビに注目する。真面目に見たためしはないが、なんとなくゴールを見ないとお正月だという気分がしないのはなぜだろう。
応援しているチームがあるわけでもないのに、なぜだか全員無事にゴールしてほしいと思ってしまう。
ゴロリと彰仁が寝転がる。私もそれに続いて寝転がる。綱も一緒に寝転がる。狭い炬燵の中で、足と足がぶつかり合う。もうどれが誰の足だかわからない。
ああ、幸せな一年が始まった。







