38.クリスマスパーティー 4
光毅さまと別れ、ふと壁がわを見ると、沼田紫がいた。完全に気配を消して、人の集まる輪をぼんやりと眺めている。
グリーンのドレスに白いバラが美しいのに全く気がつかなかった。
視線の中心には、紫ちゃんとは対局のグリーンのドレスに赤いバラの葵先輩と、スーツ姿の淡島先輩がいた。
「ゆかちゃん!」
声をかければ、紫ちゃんは驚いたように顔をあげた。
「ひ、姫奈ちゃん」
「ゆかちゃんも来てたのね。お姉さまと対のドレス、とってもかわいいわ」
「……そう、ですか……」
なんだか浮かない顔をしている。
「どうしたの?」
「両親がいつも姉と色違いで用意してくれるんです。姉には似合うと思うのですけど、私には……」
口ごもって俯く。
「『しろばらちゃん、べにばらちゃん』みたいで素敵だと思ったけれど」
「童話……ですか?」
モジモジと答える。なんだか元気がない。お腹でも空いてるのだろうか。
「食事はした?」
「い、いえ、まだ」
だから元気が出ないのだ。お腹が空くと人は不幸になる。
「ローストビーフ美味しかったわよ。向こうで一緒に食べない?」
詩歌ちゃんのいる席に目線を送れば、紫ちゃんは思いっきり手を振って辞退する。
「あ、の、せっかくですけど、私は……」
確かに氷川くんや八坂くんと一緒の食事は、人見知りの紫ちゃんにはハードルが高いかも知れない。
「だったら、こっちは?」
空いている席を指差せば、戸惑った目を向けられる。
「あの、でも、お話し中だったでしょう?」
「パーティーだもの、気にしないわよ」
同じ人とばかり話すのは社交として良くないと、昔氷川くんに注意されたのだ。
ああ、思い出して、お腹が痛くなる。は? その時はもちろん拗ねましたよ。拗ねました!
紫ちゃんを誘って食事をとりに行く。紫ちゃんは小さなサンドイッチを、私は大きなターキーを切り分けてもらう。
「私、初めて食べるの! 絵本で見てあこがれていたから、嬉しい!」
初めて食べる七面鳥の丸焼きに心が躍る。
そうだよ、前回もこれが食べたかったのに、氷川くんの手前、上手に食べられなかったヤダなとか、鳥の丸焼き食う女とか思われたらカッコ悪いかな、なんて思って泣く泣く諦めたのだった。
ホテルのターキーは丸々と大きくて、シャンデリアの光を浴びて黄金色に輝いている。艶やかなソースと、でっぷりとした鳥が絵本で見た憧れの姿そのままだ。
「日本で感謝祭はしないものね」
紫ちゃんが微笑んだ。
「え?」
「本当は感謝祭の食べ物だから絵本で見るほど、クリスマスに見かけないわよね」
「そうなのね、星以外のことも詳しいのね」
「私も本で読んだだけよ」
紫ちゃんは恥ずかしそうに笑う。
私は早速、憧れのターキーに手を付けた。クランベリーとリンゴのソースが、張りのあるお肉にしっとりと絡んで甘酸っぱくておいしい。
前世では、憧れのターキーを横目にサラダを食べたのだ。結局それ以降、ここのホテルのターキーを食べるチャンスはなかった。
憧れ続けていた味を、やっと口にできて大満足だ。しかも期待を裏切らない。
さすが氷川財閥のホテルである。食事も超一流だ。
「美味しいぃぃぃぃ!」
一巡越しの憧れの味は格別である。
そんなこんなで紫ちゃんと食事を楽しむ。真っ赤なブッシュ・ド・ノエルは、意外にビターなチョコレートの生地だった。
珍しく淡島先輩が一人で歩いていたので、声をかけてみた。紫ちゃんも淡島先輩となら気兼ねなく話せると思ったのだ。
「淡島先輩!」
「ああ、白山さん、今日もモリモリ食べてるね」
淡島先輩に、にっこりと笑われた。……食いしん坊キャラの定着を再確認する。
「紫も食べてるか?」
紫ちゃんに話しかける姿は、本当にお兄さまみたいでビックリした。
「風雅くん」
紫ちゃんも安心したように微笑む。
ああ、いいなぁ……。こういうお兄さまが欲しい。淡島先輩は怖いから、ノーサンキューですけど。あ、そうだ、光毅さま! 光毅さまがお兄さまだったらいいな、姫奈子もっと食べろ、なんて言われたら、きゃぁぁぁぁ!
なんて妄想を繰り広げていると、淡島先輩が紫ちゃんに尋ねた。
「その、真っ赤なヤツ、美味しい?」
「美味しい……と思います。風雅くんが好きかはわからないけど……」
紫ちゃんが自信なさげに答えた。
淡島先輩が私を見る。その目は解説しろと言わんばかりだ。しょうがない、この食いしん坊姫奈子さまが答えてあげましょう!
「赤い色のところは甘酸っぱいフランボワーズのクリームで、スポンジ生地はビターチョコです。中身はピンクのフランボワーズクリームに白いイチゴが入っています。そんなに甘くはないので、味見してもいいかもしれませんよ」
答えれば、淡島先輩は感心したように呟いた。
「この赤い色はクリームなの? びっくりだね」
「ええ、表面だけ赤で染めてあるんです。多分大人も多いので、お酒と一緒に食べることを考えられて、甘さ控えめかもしれません」
淡島先輩は席を立ってデザートを取りに行く。途中、葵先輩に声をかけたみたいだが、断られていた。
なんか、ザマァっていうか、可愛い。というか、可愛そう?
「葵先輩と淡島先輩って、仲良いのね」
ほのぼのとして紫ちゃんに聞けば、紫ちゃんが笑った。
「仲良く見えますか?」
「ええ」
「姉の態度が冷たくないですか?」
「そう? 幼馴染みの同級生なんてあんなものじゃない? 気心が知れてるから、アッサリしちゃうのよ。私も綱には適当だし。それとも葵先輩は迷惑がってるのかしら?」
だとしたら、淡島先輩、御愁傷様。ウケケケケ!
「そんなことないと思いますけど」
「だったら良かったわ。前に淡島先輩、葵先輩と昔みたいに仲良くしたいって言ってたもの」
「そうなんですか?」
「あー、正しくはないかも? だけどそんなニュアンスだったわよ? 私から見れば十分仲良しに見えるけど、不思議ね?」
「なぁに? ボクの噂?」
戻って来た淡島先輩の眼鏡がキラリと光る。口先だけ微笑んでいるけれど、もしかしてご不興をかってしまった?
「いいえ? 幼馴染の一般論デス……」
答えると、ニヤニヤと笑われた。
「でも、意外だったよ。紫と白山さんが仲が良いなんてね」
紫ちゃんはそれを聞いて顔を真っ赤にした。
「私とゆかちゃんは『きたりの方』仲間なんです」
「そうなんだ。良かったね、紫」
淡島先輩が穏やかな目で微笑めば、紫ちゃんは小さな声で、うん、と答えた。
はぁぁぁ、萌える。なにこれたまらん。私もこういう穏やかな感じの幼馴染が欲しかった。
「島津光毅さんともお知り合い?」
淡島先輩に尋ねられる。淡島先輩も知り合いなのだろうか。あの白山家没落劇場は、二人で仕組んだことだったのだろうか。……ゾッとする。
「弟の友達のお兄さまです」
恐る恐る答える。変なこと言って、のちに裏で笑いものにされたらどうしよう。
「ああ、そういう……」
淡島先輩は少し考えるようにして、光毅さまの後姿を見た。
「誰とは言わないけれど、こういう場所には悪い大人も来るからね。二人とも気を付けた方がいいよ」
紫ちゃんと私を見て諭すように微笑んだ。
紫ちゃんは従順に返事をして、私は理解もできずにそれに同調する。
いったいどういう意味なんだろう?
氷川家に招待されている人は、みんな身元がしっかりしているはずだ。
それに、お金を持っているお母様ならともかく、中学生の子供をどうかしようなんて思う人なんているとは思えない。
まぁ、光毅さまと淡島先輩がタッグを組んで没落劇場を上演したのなら、あり得るのか? でもそれなら、『悪い大人』に淡島先輩も含まれるわけで、それを自分で言ってしまうメリットはないと思うんだけど。そもそも一つしか年だって変わらないし、大人といえるほど大人ではない。
だとしたら、そういう意味ではないわけで……。光毅さんが悪い大人だって言うのだろうか?
そんなことないってことは、私は自信を持って言える。
たくさん助けてもらって、たくさん許してもらってる。弟の友人の姉なんて、知らないふりをできるのに、いつだって優しい。憧れて理想にすべき大人だというのならわかるけれど。
考えても答えは出ない。
光毅さまを見たと思ったのは、そもそも私の思い違いなのかもしれなかった。
帰りの車の中で、お母様は大興奮だった。
「姫奈子ちゃん! どうして黙ってたの? あんなに晏司くんとなかよしだなんて! 今度お家に招待なさいな。誕生日パーティーにご招待しましょう?」
「そんなに仲良くないです。気のせいです」
私はただの弾避けなのだ。おかげさまで私はバシバシ弾をくらっているわけだけど。
「あらだって、手を引いて」
「クラスメイトなだけです! 一緒に体育祭とか出てるから気さくなだけです!」
「ええぇぇ……。じゃ、和親くんは? クラス違うのに一緒してたわよね?」
「氷川くんは浅間さんと仲良しなんです!」
「ああ……詩歌ちゃん、可愛いわよねぇ」
「可愛いでしょう?」
「お母様、今度、浅間さんと氷川さんと、八坂さんのサロンにお邪魔することになったの!」
お母様、おさすがです。大収穫ですね。
「ソレハソレハ」
脱力しながらかろうじて答える。
「サンタからプレゼントは貰った?」
会場内にいたサンタクロースが、子供だけに小さなプレゼントを配っていたのだ。
「はい」
「開けてみて?」
小さな紙袋の中には、小さな透明な袋に包まれた金色の星。金箔が包み込まれた干錦玉だ。
「これって……」
「そう、お父さまが姫奈子にアイデアを聞いていたでしょう?」
一か月前にお父さまから聞かれた、プチギフトのアイデア。クリスマス用の日持ちをするお菓子を作りたいと言っていたから、洋菓子ばかりになるこの時期に、あえて寒天のお菓子はどうかと二人で考えたのだ。
重めの食事が続くから、あっさりとしたレモンミントの香り。薄い琥珀色の寒天に金箔を混ぜ込んで星形にする。
その時は、ただただお父様との夢のお話と思っていたのだが。
「今回のプチギフトはうちで用意したものよ」
「すてき……」
「ええ、素敵ね」
形になったらこんなに素敵なものになるなんて。
お父様のお仕事は夢みたいな仕事だ。
「感謝しなくっちゃ。職人さんに」
そう言えば、お母様は小さく笑った。
翌日は朝から彰仁が煩かった。まぁ、私が光毅さまとのツーショットを見せびらかしたのが原因だが。
「ブスの癖によく光毅さんと並んで写真なんて納まる勇気があるな!」
相変わらずの口である。
「光毅さまからは、『夜空の星みたい』なんて言われちゃったんだから」
フフン! と鼻息荒く反論する。
「お世辞に決まってるだろ」
「お世辞ですね」
綱まで参戦してきた。
「お世辞でもいいんですー。待ち受け画面にするんですー」
「うわ。うぜぇ。キモイ」
「光毅さまの顔を、お嬢様の油で汚す気ですか?」
綱の真顔に言葉を詰まらせる。
う、そうか……。そうなるか。
「やっぱり待ち受けはやめておくわ……」
「そうしたほうがよろしいかと」
綱が澄まして答えて、その後ろで彰仁が嗤った。







