280.プロム 2
立食パーティー式のプロムは、入場順に自由に食事がとれる。
格式張った運営は何もなく、開会の言葉も特にはない。
すでに先に入っていた人たちは、食事をとりながら歓談している。
舞台には大きなプロジェクタースクリーンが下げられている。
ここに芙蓉会執行部の下級生たちが編集してくれたスライドが映されるのだ。
開会時間になって入り口がいったん閉じられる。
音楽のボリュームが下がり、オルゴール曲に変わり、しっとりとスライドが始まる。
幼等部、初等部の大きな行事が足早に流される。幼い頃の氷川くんや八坂くんの様子に歓声が上がる。
中等部の林間学校で、女神役の詩歌ちゃんから炎を受け取る綱の姿は、今見れば幼くてかわいらしい。
体育祭の障害物競走。私の黒歴史の大公開で、歓声が上がって顔が真っ赤になる。
二年生の文化祭でタクトを振る八坂くんに、ピアノを奏でる氷川くん。思い出しても胸がぎゅっと痛くなる。
選挙戦やシンガポールでの修学旅行と、いろんな行事があったなと思う。
スケート教室での八坂くん氷川くんコンビはまるで天使の戯れだ。
中等部の卒業式を経て、高校の入学式。シーンに合わせてそのときにはやっていた曲が選ばれているから、それもなんだか懐かしい。
遠泳大会の筏レース大会。学園祭の八坂くんのギャルソン姿と子ヤギ姿には雄叫びが上がる。
スキー教室のバスの中で、へんなアイマスクをつけて眠っている三峯くん。おかしさとともに、桝さんとの遭難を思い出して思わず桝さんを目で探す。桝さんも同じだったようでお互いに目が合って苦笑いだ。
高等部二年の遠泳大会に、サマースクールの様子も一枚。
学園祭での、氷川くんと詩歌ちゃんのカップルコーデに歓声が上がる。七人のこびと衣装は大人気で、今見ても綱も氷川くんもレアな格好だなと思う。
各国に分かれた修学旅行の風景は、みんな伸び伸びとしていて楽しそうだ。望遠鏡の前で、仲睦まじげな二階堂くんと紫ちゃん。見ているだけでもホンワカしてくる。明香ちゃんはオーストラリアでコアラを抱っこしてはしゃぐ姿が年相応に見えた。
そして、三年。
遠泳大会の写真はたっぷりだ。筏レースで仮装をして誰が誰だかわからない人たち。ビーチバレーで肩を組んでピースをしているチームメイト同士。夕焼けの中、佇むカップルの陰に、花火を振り回す男の子たち。
学園祭では綱のかわいい狸姿が公開されて、綱はスクリーンから目をそらす。私は汗だくのジャージ姿で、智ちゃん天使と一緒の写真でみんながニヤニヤとするのがわかる。学園祭の写真はとりわけたくさんで、様々なグループやカップルの仮装した姿が収められていた。
私の魔女姿も当然あり、八坂くんや修吾くんを侍らす私の姿はヴィランそのものである。さすが八坂くんプロデュースとうならされる完成度だ。
選手権だとか、コンクールだとか、部活動の様子も流れていく。
学院内でのいつもの生活の様子が切り取られ、廊下ではしゃぐ姿も、カフェでくつろぐ姿も、中庭で語らうカップルも、教室で真面目な顔をしている様子も、みんなみんな昨日のことなのに、なんだかやけに眩しくて、その光が瞳を差す。
やり直しを初めた頃、神様をドSだと何度恨んだことだろう。
突きつけられるトラブルはループ前の自分のやらかしと変わりがなくて、以前の自分の醜さを突きつけられ、恥ずかしくて苦しくて、何度も自己嫌悪に陥った。
やり直したって同じ人間で、性格なんてそうそう変えられないし、わかっていても失敗するし、それでもやり直さなくちゃいけなくて。
二度目の人生のはずなのに、うまくいかないことばかりの日々に、神様を恨み、幸せそうな人たちを羨んだ。
でも、順風満帆に見える人たちにも同じような悩みがあることを知って、神様はドSなんかじゃないと知ったのだ。
思い出したくないくらい、辛く恥ずかしいこともあった。
忘れてしまうのが怖いほど、楽しくて嬉しいこともあった。
嫌いなものだけより分けて、好きなものだけ集められたらどんなに美しい思い出だけが残るだろう。
それでも思うのだ。
好きな人がいて、嫌いな人がいて、そこに関係が生まれて今に繋がった。
嫌いなものは存在を許せないと排除していた前世では得られなかった。自分がどれほど恵まれているかを知り、自分がどれほど足りないかを知った。
思い出したくない痛みも、忘れたくはない。
そして最後に今日の一コマ、卒業式の様子が流れて、しんみりとしたところで、『おめでとうございます!』とポップな文字と、P氏のプロデュースするアイドルたちの声。
プロジェクタースクリーンが上がり、舞台上にアイドルが現れる。
一瞬にして歓喜の渦。体育館の中央フロアがドッと沸く。アイドルの歌声に合わせて自然とリズムをとる。
外部生の派手目な女の子たちが、ハイヒールを脱ぐ。どさくさに紛れて、目当ての子に声をかける男の子。体育館がまるでうねるようだ。
マイムマイムのアレンジ曲で、自然と輪ができ隣の人と手を取り合って、輪になって踊る。マイムマイムから始まって、フォークダンスが何曲か流れ、ダンスミュージックに戻り、体育館の中央はダンスフロアに早変わりだ。氷川くんや八坂くんの周りにはタイミングを計る女子たちがいて、その女子のタイミングを計る男子たちも集まっている。
しっとりとした曲調になれば、自然と中央部分はカップルが残ることになる。ハイヒールをはき直す女の子に、手を貸す男の子が微笑ましい。
そのままワルツへ移行して、ダンス賞の審査が始まる。
紫ちゃんと二階堂くん、明香ちゃんと三峯くん、詩歌ちゃんと一条くんはさすがというか、目立っている。やはり社交ダンスともなれば、美しく踊れる人は多くない。
中でも、紫ちゃんと二階堂くんは、衣装のイメージも息もぴったりで、夜空を巡る二つ星のようだ。手の甲にキラキラ光るハートのスタンプが、星の光に見える。
ため息が満ちる体育館の端で私は一息ついていた。
何も口にしなくても当然のようにそばには綱がいて、それが少しだけ、少しだけ苦しい。
自分に起こる嫌なことは、神様のせい、自分以外の誰かのせい、そう決めつけていた私のとなりで、あきれず諦めず導いてくれたのは綱だったのだとしみじみと思う。
「投票してきましょうか?」
綱が言って私も頷く。
今年のダンス賞は紫ちゃんと二階堂くんだろう。
出会った頃は、姉の葵先輩と比較され自信なさげな紫ちゃんだったのに、二階堂くんと出会い愛されて、きっと自信を得たのだろう。堂々とした淑女となった。今の紫ちゃんの姿は二階堂くんなくしてあり得ない。
できれば二人は反対されることなく、幸せになってほしい。
願いを込めて投票する。
飲み物を取りに行き、食事の様子を見に行く。体育館の壁により掛かり、二人で並んでジュースを飲む。
そっと左手に綱の右手が触れた。
顔を上げて綱を見る。
中等部に入学した頃は同じくらいの目線だった。
でも、今は、ずっと高いところにある。
「左手で飲むなんてお行儀悪いわ」
言いたいことはそんなことじゃないけれど。
綱は瞬きして笑った。
「悪い子ですから」
私たちの手の甲にはハートのスタンプが浮き上がっている。両親へのちょっとした裏切りだ。
綱が唇を耳元に寄せる。ここは音楽が大きいのだ。
「少し出ませんか?」
そのたった一言で、唇から心臓が飛び出してしまいそうだ。
ただ頷いて、それだけで精一杯で、右手を引く綱について壁際の陰が深いところを踏んでゆく。







