279.プロム 1
さて、プロムである。
詩歌ちゃんは結局のところ一条くんと一緒に行くことになった。
割と渋々な感じではあったが、一条くんと行くのが嫌というよりは、私と行けないことを心配してくれている感じだ。だからこそ、私は詩歌ちゃんに甘えてはいけないと思ったのだ。
一人、ドレス姿で会場に入る。
今日のドレスは、詩歌ちゃんと明香ちゃんと買いに行ったものだ。プロム用のドレスはワンピースよりドレッシーで派手なものだ。特にワルツを踊る予定の女子は裾の長いドレスを選ぶことが多い。
ドレスコードは一応フォーマルなのだが、おふざけは大歓迎なので、受け狙いでお笑い芸人のような子も、コスプレのような子もいる。
私はワルツを踊る予定はないし、お手伝いをしようと思っていたので、ミディアム丈のドレスにした。
ゴールドの光沢と張りのある生地のワンピースだ。トップスはVネックで、肘までの装飾レースの袖がある。バナナ柄ではない。レンギョウのような細かい花のレースだ。黒いサテンのリボンでウエストを締め、膝丈のテールスカートは裾に黒いサテンの縁取りがある。綱色のムラーノガラスのネックレスを胸元に飾る。色がはっきりしている分、デザインはシンプルな形にした。
私は目立ちたくないので、開場前にやって来た。本来なら三年生は当日何か手伝うことはないけれど、私は二年生のお手伝いに混ざることにしたのだ。
今回の立食の食事メニューは白山関連の企業に入ってもらった。ドリンク類は透明なプラスティックのコップで用意し、飲み物も濁りの少ないものを用意する。お酒のない学内のプロムで心配することは特にないのだが、実際の運営をしてみたかったという事情もある。
写真映えしつつ食べやすいピンチョスやクラッカー、一口で食べられるカラフルなスイーツも用意した。それらを確認して回る。
入り口に戻ってきて入場の準備を覗いてみる。
今回は、私の「アンチプロム」の話を面白がった三峯くんと二人でちょっとした悪戯を計画していたのだ。
そちらがうまくいっているか、ちょっとだけ確認する。
「あ! 姫先輩!」
二年生の芙蓉会の子たちが声をあげる。
三峯くんと明香ちゃんも早めに来ていたようで入り口にいた。やっぱり副会長として心配だったのかもしれない。そこには綱も来ていた。
明香ちゃんは深い緑の生地に同系色の薄い模様の入ったスレンダーシルエットのロングドレスだ。胸を包み込むようなタックが入って立体的になっている。ウエストには白いスズランがあしらわれていて、ドレスがまるでスズランの葉のようで、明香ちゃんはその葉に包まれているようにも見える。
三峯くんは個性的なスーツだ。ダークグリーンのタータンチェックで、ジャケットはノーカラー。それなのにベストには襟があり、赤い蝶ネクタイをしている。ユニークなデザインで、長身の三峯くんだからモードに着こなせるが多分普通の男の子が着たらお笑い芸人である。生徒会の証のベストも三峯くんはいつも派手だったから、らしいといえばらしいのだが、明香ちゃんにあとで怒られないか心配だ。
綱はクリスマスにあつらえてもらった、シンプルなブラックスーツだ。ネクタイは細身の黒。カフスボタンは私の送ったムラーノガラスで、詩歌ちゃん曰く私の髪の色だ。打ち合わせたわけではないが、私の今日のネックレスとリンクしている。
そんなことでもキュンとなる。
「白山さん、こっち!」
三峯くんに呼ばれて近くに駆け寄る。
「こんな感じになってるのね」
受付の後、入り口付近にハートの風船で飾りつけられたブースが作ってあった。カップル専用のブースで、カップルがお互いにお互いの手の甲にスタンプを押す仕組みになっている。このスタンプは透明インクなのだが、紫外線ライトを当てるとハートがきらめく仕様なのだ。
今回のプロムの照明の一部には紫外線ライトが使われているので、場所によってはそのハートが浮き出して、「自分にはパートナーがいる」という目印になる。
これはもちろん自由参加で、ダンスだけのパートナーや友達と来ているなら押さなくてもよい。押さなければ、フリーだとわかるし新たな出会いも期待できる。
アンチプロムで計画していた「カップルを赤いリボンで結ぶ」という話を、三峯くんが面白がってプロムでスタンプに応用したのだ。
三峯くんが当然のようにスタンプを取って、自分の手の甲と明香ちゃんの手の甲に押した。そして、投げるようにして綱に渡す。
綱も当たり前のように受け取って、自分の手に押した。
「はい、姫奈も」
綱が本当に本当に当たり前のようにそういうから、嬉しくて泣きそうになる。
おずおずと手を出せば、力強くスタンプを押される。
「ありがと」
綱は無言で頷いて、スタンプを台に置く。
私たちはその場で、スタンプ台の説明と誘導を手伝うことにした。
受付を終えたカップルたちに声をかけ、趣旨を説明する。
まだ付き合うのか付き合わないのか微妙な感じのカップルたちが、このスタンプを機に告白なんかしちゃったりして、微笑ましい。
そこへ、氷川くんと八坂くんがやってきた。
氷川くんはグレーのショートフロックコートで、ふんわりとしたダークなタイにラペルが輝き王子様のようだ。
八坂くんはバレンタインに着ていたブラックスーツに赤いリボンで、私は思い出して顔が真っ赤になる。
「ひなちゃん、今日もかわいいね」
八坂くんが軽い感じでそう言って、冗談とも本気とも判断つかずにワタワタとしてしまう。
「晏司やめろ。姫奈子さんが困ってる。たしかに、きれいだから仕方がないが」
氷川くんは助け船を出してくれる気があるのかないのかわからない。
とりあえずまぶしい二人組から目をそらし、綱を見れば大仰にため息をつかれた。
そこへ二階堂くんと紫ちゃんが合流する。紫ちゃんは濃い紫の生地の上に、シルバーのスパンコールがあしらわれたきらびやかなAラインのロングドレスだ。スカート部分には透けた紫のレースが重なっている。まるで夜空の星々を閉じ込めたようなドレスで、ウエストを彩る銀色のリボンが天の川にも見える。
二階堂くんは紫ちゃんを引き立てるような明るいグレーのスーツに、シルバーのタイをしている。二人がワルツを踊ったら、それは夜空の流れ星のようだろうなと想像させた。
ざわめきが聞こえて目を向ければ、詩歌ちゃんと一条くんだ。「意外」という声や、「やっぱり」という声が聞こえて、二人とも居心地が悪そうだ。
詩歌ちゃんのドレスは、肩からスカート部分にかけてナデシコのモチーフがちりばめられている。レースがナデシコの花びらのように重なって、ボリューム感たっぷりだ。ふわふわと動くたびに揺れる裾が風になでられるようなナデシコのようでたおやかで可憐である。
詩歌ちゃんは私を見つけると、ふわふわのスカートをぐっとつかみあげて駆け寄ってきた。
「姫奈ちゃん! 写真撮りましょう!」
やれやれ、といった感じで一条くんが詩歌ちゃんの後ろをついてきた。一条くんはロイヤルブルーのスーツだ。襟は黒い。チーフとネクタイが詩歌ちゃんのドレスと同じピンクで、襟にはナデシコのブートニアだ。まるで新郎のようで初々しくてかわいらしい。
一条くんなのに! 一条くんなのに!
二階堂くんが紫ちゃんの手の甲にスタンプを押し、一条くんにスタンプを渡す。仕組みを聞いて、一条くんがちょっと戸惑う顔をするから、私がスタンプを奪い取り、詩歌ちゃんの手の甲にスタンプを押した。
「これね、虫除けスタンプなのよ。うーちゃんは必要でしょ?」
「うん!」
詩歌ちゃんがうれしそうに笑った。私はスタンプを一条くんに返す。一条くんは慌てて自分の甲にスタンプを押した。
それを見ていた八坂くんがブツブツ言う。
「えー、それ僕も押してよ」
「男の子は自力で頑張ってください」
明香ちゃんが笑いながらたしなめる。
「最後にみんなで記念撮影しましょう?」
明香ちゃんが提案し、みんなで体育館前の階段に並び下級生に写真を撮ってもらう。
ほかの参加者たちも、おのおの写真を撮っている。
プロムはダンスパーティーで、メインはワルツだがそれ以外は普通にダンスをするのだ。ロングドレスでハイヒールを履いてはいるが、ダンスミュージックがかかれば靴を脱いで裸足で踊る、そんな無礼講のパーティーだ。
はじめに写真を撮っておかないと、帰る頃にはせっかくのおしゃれがぐちゃぐちゃになっていることも多い。
さりげなく綱が隣にきて、それだけでとてもうれしい。
みんなとこんなふうに無事に写真が撮れるなんて、中一の頃では考えられなかったことだ。
そうやって騒いでいれば、桝さんが私たちを横目で見ながら、数学部の一年生男子とともに体育館の中に入っていった。
スタンプは押さないらしい。
写真を撮りおわって体育館の中に入る。すでに体育館内には音楽が鳴り響いていた。
流行の音楽リストの中に、OBのプロデューサーP氏がプロデュースするアイドルグループが歌う、芙蓉学院の校歌や応援歌アレンジソングがさりげなく混ぜられていて笑ってしまう。音楽ときらめくレーザービームのせいか、すでに熱気でムンムンしていた。







