27.体育祭 1
体育祭の準備が始まった。
あ、その前に期末の結果気になる人います? 気にならなくても聞いて!
私、頑張ったんだもん! 頑張ったから、四十二位でした! いえい!
まぁ、一応トップスリーくらいは聞きたい? 聞きたいよね。
一位は明香ちゃん、二位は綱。三位が氷川くんだ。
っていうか、さやちゃん……マジできる人だった。綱と一緒に勉強を、と私が提案したのに、反応がいまいちだった理由が良くわかる。いまさら勉強を教えてもらう必要などなかったわけだ。
十位まで廊下に貼り出されたが、八坂くんはランク外。知ってたけど、ザマァ。頭良くてカッコイイとか許せんから、ザマァだザマァ!
意外にも詩歌ちゃんもランク外。もう一つ意外だったのは、一条くんが十位だったこと。のんびりしていそうで頭良かったんだね。
っていうか、綱こんなに頭良かったっけ? 前世はトップテンには入っていたけれど、氷川くんよりいい成績だったことはなかった気がする。
氷川くんを抜いての二位ということで、綱をチラチラと見に来る女の子もいて、なかなか喜ばしいことだと思った。
うんうん、いいお嫁さん探してね、ここの生徒なら間違いなく良いところの娘さんに違いないから、なんて、世話焼きおばさんみたいな感覚になる。
ちなみに淡島先輩は堂々たる一位でした。おさすが、の一言です。
さて、今日の学活は体育祭の競技についてだ。
今年の体育祭の種目は、ムカデ競争、ウォーウォーボール、障害物競走リレー、全員参加の大縄跳びと綱引きで、全員参加以外の種目に各自最低一種目は参加しなければならない。
どれに誰が参加するか、それを決めるのである。
ちなみに、大綱引きとウォーウォーボールは、学年を越えた縦割り競技だ。
女子たちは、八坂くんの動向を窺っている。あわよくば同じ種目に出たいのだろう。
私と言えば、目立たなくて楽なのがいい。特に運動が苦手ではないが、別に得意でもないからだ。練習しなくて済むならそっちがいい。
黒板に自分が参加したい種目に、各々名前を書いていく。掛け持ちも可能なので、運動が得意な子たちはいくつか名前を書いていた。
やっぱり、ウォーウォーボールが一番目立たないかなー、練習もないだろうし、なんて思いつつ、私はウォーウォーボールに名前を書いた。ウォーウォーボールは花形競技だが、参加者が多く、その為温度差も激しい。燃えている人は一生懸命だが、その他の人はなあなあでやり過ごす。綱も私のその後ろに続けて書く。
「姫奈ちゃんは障害物じゃなくていいの?」
八坂くんが意地悪な顔で声をかけた。
「別にいいです」
「パン食い競争のパン、バナーヌスペシャルだよ」
八坂くんが冷やかすように言えば、男子がワっと盛り上がる。
「なんだ、だったら、バナナ姫出た方がいいよ!」
「誰がバナナ姫ですか!」
突っ込めば、ハッとしたようにニンジンくんが口を噤んだ。おのれ、影で普通にバナナ姫って使ってるな?
「まぁまぁまぁ、それはともかくいいじゃない。期待してるよ」
「ちょっと! やめてください! 足遅いですよ!」
「大丈夫、大丈夫!」
「大丈夫じゃないです」
「周りがフォローするよ」
「そうじゃなくて!」
一条くんも面白がっている。
「あんなにすすめられてるのに断るとか、さすがお姫様だけあって自意識過剰。ま、バナナですけど?」
悪意のある笑い声が響いて、クラスがシンとする。
声の主、大黒さんに視線が集まった。
「なによ」
フンとして大黒さんが言えば、八坂くんがニッコリと微笑んだ。
「僕もそう思うよ、腹黒サン。だから、ここは姫奈ちゃんにやってもらうでいいよね?」
冷え冷えとした声が響いて、私も凍り付く。大黒が腹黒に聞こえたのは気のせいか。
大黒さんは一歩下がって、苦々しく、ええ、と答えた。やっぱり、腹黒に聞こえたよね?
「姫奈じゃなくてもいいでしょう?」
綱が言えば、八坂くんが鼻で笑った。
「お祭りだもん。盛り上がるほうが良いでしょ? 障害物も何が出るのか黒板に書いたら? 得意な人、自信がある人が名前を入れてくのはどう?」
八坂くんがクラスを見渡せば、静かになった空気が是と頷いた。
障害物の障害が黒板に書かれる。Tシャツの重ね着重ね脱ぎからスタートして、平均台、三輪車、タイヤチューブ、パン食い競争、アンカーのマット運動は芸術点付きでゴールになる。
障害物の障害がわかったところで、さぁっと女子の名前が消えていった。
そうだよね、こんな恥かくの絶対お嬢様は嫌だよね? 私だって嫌だよ!!
しかし、私は当然のようにパン食い競争へ名前を書きこまれた。断れない方向らしい……。
八坂くんはマット運動に名前を書く。マット運動得意なんだ、知らなかった。
他の女子の名前は、平均台だけだ。きっとこの子は自信があるのだろう。私は自信がないのに肩身が狭い。
綱はタイヤチューブに名前を書いた。
障害物競走から消えた女の子の名前が、ウォーウォーボールとムカデ競争に移動する。
なんとか人数が固まったみたいだ。
一条くんと明香ちゃんがホッとしたようだった。
練習があるのは、ムカデ競争と大縄跳びくらいだ。ウォーウォーボールは作戦会議などもあり、気合が入っている人は練習に参加する。これから体育祭までは、休み時間は大縄跳びの練習となるのだ。
放課後は、有志達が練習に励む。みんな部活や、習い事があるので全員参加で練習はなかなか難しいのだ。
綱は芙蓉会の仕事で忙しそうだ。私は放課後を持て余していたので、体育祭の練習に混ざることにした。
放課後のグラウンドで大縄跳びの練習に混じる。
むろん、前世ではそんなものに参加してませんでした、ええ。氷川くんの練習を応援に行ってましたよ。だって、別に強制じゃないし、メンドクサイし、大体成績がいいのは三年生だし。
一年がムキになっても仕方ないじゃん、って思ってましたと言うか、まぁ、ぶっちゃけメンドクサイよね。汗水たらして負け戦の練習するより、好きな人見てた方が楽しいじゃない。
メンドクサイ精神が仇となって、婚約解消をされた身とあっては、メンドクサイとは思うけど、メンドクサイと思うからこそ、参加しなければ罰が当たる、そんな気がするのだ。
私の動向に目を光らせている神様は怖い。
その上、現在学院内に好きな人もいないので、暇なのだ。練習しない理由もない。
ジャージに着替えて練習の輪に混じる。明香ちゃんは芙蓉会なので、今日の練習は不参加だ。少し心細くはあるが、そういうのにも慣れないといけない。
何度か練習しているが、すぐに引っかかってしまう。なんとなく空気が萎えて来た。ため息が重なって、引っかかってしまう子が肩身を狭そうにしている。
私は中学から高校まで経験しているので、今の状況に悶々としてしまう。
そもそも、最初の並びがなってないのだ。考えてない。氷川くんの練習風景を見ていて、その指導だけは覚えているからわかる。
でも、今年初めて経験する彼女たちにはわからないのだろう。
口を出すのも恥ずかしいし、何様だよ、って思われるのも嫌だしなぁ……なんて考えて黙って練習していると、また同じ子が引っかかってしまった。
あーあー、と口には出さないが、ため息が広がる。
「少し、沼田さん、抜けてみてよ」
男子の一人が声をかけた。ニンジンくんだ。
ニンジンくんこと、二階堂仁はスポーツが得意らしい。小柄ではあるが、機敏で快活。体育祭が始まってから、リーダー的な存在感を発揮し始めていた。ちなみにバナナ騒ぎの動画を録画していたのも、ニンジンくんである。グッジョブ! ニンジンくん。
沼田さんと呼ばれた、なかなか続けて飛べない子は、泣き出しそうな顔で列から離れた。
沼田紫は背が大きいが、少し地味だ。長い黒髪に、長めの前髪。お嬢様らしいハーフトップは目立たない細い黒いリボンで結ばれている。
地味すぎて体育祭が始まるまで、存在に気がつかなかった。っていうか、前世でも知らなかった。それくらい大人しくて、声を聞いたこともないし目が合ったこともない。
しかし、女子の中で一番背が高いので中央で飛んでいる。土にぶつかった縄が跳ねる場所で、運動が苦手な子には少し難しい場所だ。
ううう……、どうしよう、アドバイス、した方が、いいよね……。
私は勇気を振り絞って声をかける。
「ニンジンくん! じゃなかった二階堂くん」
オッと口を滑らせた。
「ちょっと、白山さん、俺のことニンジンって思ってるわけ?」
二階堂くんが不機嫌そうに睨むけど、八坂くんや綱に比べれば全然怖くない。残念ながら、私は怒られ耐性が強いのだ。
「バナナ姫って呼んでいる人の苦情は受け付けません」
そう答えれば苦笑いされた。
「そうじゃなくて、えっと、大縄跳びってコツがあるんですって。あの、聞いた話ですけど。少し休憩して作戦立てませんか?」
そう話しだせば、クラスメイトが集まってくる。
「コツって?」
「まず、縄を回す人は大きくて体力がある人が良いんですって。そうすると飛ぶスペースが広くなるから。あと、苦手な子は運動が得意な子と挟んで配置した方がつられて引っかかるのがなくなるんだって。端っこは体力がある子がいいみたい。高く飛ばないといけないでしょ? 真ん中は土に縄が当たって跳ねやすいから運動が得意な子」
説明すれば納得される。今は単純に端から背の低い順になっていて得意不得意関係ないのだ。
ちなみにすべて、前世の氷川くんからの受け売りである。ソースはない。 無責任? 煩いなぁ。それで氷川くんのチームは上手くいってたんだからいいじゃないか!
「じゃあ、運動部、とりあえずこっち!」
二階堂くんが声をかける。運動部の中から体の大きい子を選抜して、縄係りにする。
運動が苦手だとか、体力の少ない文化部を考慮して並び順を作り直した。
「それで、縄を回す人は大変なんだけど、必ず縄が高くなりすぎないように回すと良いみたいです。ジャンプ、あんまりしなくて済むように」
「わかった」
縄を持っているのは、ガタイの良いジュニアラグビー部のメンバーだ。二階堂くんのチームメイトらしい。
両端は背の低いスポーツ万能系で固める。
中央には二階堂くんが入るようだ。
沼田さんは二階堂くんの隣だ。
少し休憩を挟んで、もう一度練習を始めた。前よりは幾分続くようになってホッとする。二階堂くんは、沼田さんや周りの苦手な子にタイミングを声かけていた。
練習が終わって沼田さんから声をかけられた。予想してなくてビックリする。
「あの……さっきはありがとうございました」
もじもじと言われて、驚いた。
「いえ、私も聞いた話です。上手くいってよかったですね」
沼田さんは小さく頷いた。
「運動、あんまり得意じゃなくて……」
「私もよ、仲間ね!」
私も、嫌いではないが得意ではないのだ。
「あ、あの、体育祭、一緒に頑張りましょう!」
沼田さんはそう言うと、パッと駆けていった。え、もっとお話ししたかったけど。
……もしかして、私、怖い系キャラなんだろうか? 話しかけるのに勇気がいる? いやいや、嘘でしょ?
沼田さんはおとなしそうな人だから、仕方ないのかなぁ、なんて一人ションボリと遠くなる背中を見送った。







