26.テスト明け 2
そこで、ザワリと声が上がった。入ってきたのは氷川くんと八坂くんの二人で納得する。一年生ながら注目度はナンバーワンだからだ。
氷川くんはガラスケースの前の詩歌ちゃんを見つけて、さっそくそちらへ向かっていく。
横並びで何かを話している姿は釣り合っているなぁ……なんてワザと意識を飛ばしてみた。
そう、もう一人の有名人を見たくないからだ。
しかし。突然目元を手で隠された。
「だーれだ」
そんな甘い声、一人しか知らないし、そもそも入ってくる時にバレてるから。本当に意味がわからない。
「八坂くん……」
ため息交じりで即答する。
「晏司でいいって」
「遠慮いたします」
「あの日は晏司って呼んでくれたくせに」
パシリと手を払う音がして、八坂くんが手を放した。綱が八坂くんの手を払ったようだ。
どうにも綱は八坂くんが苦手らしい。これから先、高校三年まで同じ芙蓉会でやっていくのだ。できれば仲良くしてほしいものだ。
八坂くんは当たり前のように、私の隣の椅子を引いた。
「そこ、詩歌ちゃんの席です!」
慌てて咎めれば、ニヤリと八坂くんは笑った。
「姫奈ちゃんは気が利かないなぁ。和親と浅間さんを二人にしてあげようって思ってさ」
チラリと八坂くんが二人に視線を送った。
確かにお似合いの二人だ。二人でお茶の方がいいのかもしれない。
しかし、この人ライバルに塩贈っちゃう余裕あるわけ? それとも無自覚? はたまた何かの罠なのか。
戸惑って判断しかねているうちに、詩歌ちゃんが戻って来た。
「八坂くん、そこどいてくださいな」
にっこりと詩歌ちゃんが笑った。
「ええー……」
ガックリとした声で八坂くんが応える。
「まだ、注文してないんでしょ?」
詩歌ちゃんがおかしそうに笑う。氷川くんは詩歌ちゃんの後ろで、困ったような顔をしていた。
席を決めかねているのだろう。
「僕と和親二人だけだと何かと面倒なんだもん。混ぜてよ」
八坂くんは、ワザとらしくほっぺを膨らました。
確かにそうかもしれない。女の子がわらわらと集まっているところをよく見かける。
モテるのも大変らしい。
「テスト明けぐらいダラけたいよ、ねぇ? 和親」
八坂くんがぼやけば、氷川くんも頷いた。
「そうだな」
「浅間さんと姫奈ちゃんがいると、あんまり寄ってこないんだよね」
「たしかにな」
詩歌ちゃんと二人で顔を見合わせた。
「私たち弾避け? ですか?」
思わず尋ねれば、淡島先輩が噴き出した。
「白山さん、面白いよね」
そう言って椅子を少し詰めた。
「ちょっとずつ詰めれば、二客くらい入るでしょ?」
淡島先輩に言われて、慌てて私は立ち上がって椅子を寄せた。
「風雅」
凛とした声が響いて、そちらを見れば二年生の女子がいた。長い黒髪にカチューシャをした美しい女の子だ。葵先輩と芙蓉会の一年生から呼ばれている人だ。二年生の中で才色兼備と有名で、あの優秀な明香ちゃんが憧れるほどの人なのだ。
なぜか不愉快そうにこちらをねめつけた。
お、怒ってる? 美女が怒ると怖い。でも、綺麗。
思わずビビりながらも見惚れてしまう。
「葵? どうしたの?」
淡島先輩が名前を呼ぶ。
「一年生に席を譲ってあげたら? 少しくらい気を利かせなさいよ」
呆れたように笑われて、淡島先輩が肩をすくめて席を立つ。
じゃあ、と淡島先輩は軽く右手をひらつかせて、葵と呼んだ女子の元へ歩いて行った。
「何だか悪いことをしたな」
氷川くんがつぶやく。
「気にしなくていいんじゃない? 二年生は二年生で話すこともあるでしょ。体育祭もあるし」
八坂くんはいつも通り軽い。
詩歌ちゃんは、八坂くんと私の間に新しい椅子を詰め込んで、そこに座ることにしたらしい。氷川くんは淡島先輩が座っていた席についた。
「期末テストが終われば準備が始まりますもんね」
詩歌ちゃんが微笑めば、氷川くんが頷く。
「芙蓉会は忙しくなるな」
そうか、色々な準備があった気がする。前世の私は邪魔しかしていなかったけど、今回は邪魔しないようにしなければ。
芙蓉学院の体育祭は縦割りで合計点を競う形式だ。F(白)・U(青)・Y(黄)・O(赤)の四チームにわかれて行う。最低でも一種目は参加することになっていて、運動が得意な人は掛け持ちで出ることも可能だ。
ちなみに、氷川くんと詩歌ちゃんはFクラスで、私と綱と八坂くんはYクラスだ。
「何するんだろうね」
「まあ、大まかなことは先輩方が決めてくれるだろうけどな」
八坂くんが言えば、氷川くんが答えた。
「今年はパン食い競争を提案したいわ! 姫奈ちゃん出るでしょ??」
詩歌ちゃんに、にっこりと微笑まれて脱力する。
「私そんなに食いしん坊キャラ?」
「パンじゃなくてバナナがいい?」
「そうじゃないでしょ!」
綱はそれを見てくすくすと笑っている。
「生駒は運動は?」
氷川くんが綱に話しかける。なんだか瞳が好戦的だ。
「私はそれほど」
確かにスポーツを習ってはいなかった。でも苦手でもないと思う。綱はそつなく何でもこなすから、正直ちょっとムカつくのだ。
「和親は掛け持ちするんだろ? 名物のウォーウォーボールは絶対出るよね」
八坂くんがニヤニヤとして尋ねる。
「ああ。晏司は?」
「僕は怪我しない競技じゃないと事務所からダメ出し出そう」
「だったらパン食い競争いいですよ!!」
私は八坂くんに意地悪く提案してみる。
カッコ悪い八坂晏司を学園内に知らしめたい!!
八坂くんがニッコリと笑う。
ひ、怖い。イケメンのマジ切れ五秒前怖すぎる。
「調子に乗ってスイマセンでした……」
「姫奈ちゃんのアフォガート美味しそうだよね」
八坂くんが強請るように言うから、すごすごと立ち上がる。無礼を許す代わりにパシれ! という圧力だろう。
「え? 姫奈ちゃん?」
「アフォガートだけでいいですか? 何か他に食べます?」
問いかければ、八坂くんは気まずそうに頬を掻いた。
「そういう意味じゃなかったんだけどね、……じゃ、おすすめのものをお願いします」
「わかりました」
私はガラスケースに向かった。
それにしても、私、パン食い競争キャラなわけ?
可愛いお嬢様を目指してるはずなのに、おかしくない?
やっぱり、少しダイエットした方がいいかしら?
さりげなく、横っ腹を摘まんでみる。
フランス語のバレエレッスン行ってみようかなぁ。きっと、綱は体育祭の準備で忙しくなるだろうし。学校にあんまり暇してる友達いないし。
あ、自分で言ってて少し悲しくなってきたぞ。
やっぱり、バレエ真面目に考えてみよう。







