25.テスト明け 1
テストが終わった! 無事かはわからないけれど、とりあえず終わった。
ルンルンとした気持ちで帰り支度をしていれば、詩歌ちゃんがクラスにやって来た。
「姫奈子ちゃん、芙蓉館で打ち上げしましょう! 生駒君も」
初等部では定期テストはない。中等部での初めての定期テスト明けということで、芙蓉会の先輩メンバーからお誘いがあったそうなのだ。伝統的な風習らしい。
私は喜んで頷いた。芙蓉館のスイーツは美味しい。
あの林間学校の件から、少し反省して芙蓉館へ顔を出すことは控えていたのだ。同じクラスの明香ちゃんもその辺りは承知してくれていた。
だから久々の芙蓉館は嬉しいし、詩歌ちゃんが誘ってくれたのはもっと嬉しかった。
綱は無表情だけど、喜んでいなさそうだなということはわかる。まぁ、無視するけどね。
芙蓉館のカフェには、いつもはないホールのショートケーキが鎮座している。真っ白いクリームが滑らかに光り、苺がキラキラと赤さを誇っている。
今日は給仕も来ているようで、エプロンを付けたギャルソンがケーキを切り分けている。
さすが芙蓉会だ。ギャルソンのレベルも高い。イケメンたちがそつなくこなす姿は、それはそれは麗しい。
「わぁぁぁ!」
詩歌ちゃんと二人で目を輝かせた。
淡島先輩がそれを見て笑う。
「他にもいろいろあるみたいだよ」
カウンターの奥を見れば、アイスクリームを掬っている様子が見えた。
「アイスもあるんですね」
思わず喜んで尋ねれば、淡島先輩は優しく頷いた。
「ついでにボクへおススメよろしく」
「わかりました」
私は詩歌ちゃんの手を取ってカウンターへ引っ張る。
「ねぇ、見に行きましょう?」
「ええ!」
詩歌ちゃんがにっこり笑い、その後ろから綱もついてくる。
「アフォガートってできますか?」
長身のギャルソンに尋ねてみる。黒いエプロンが働く男でカッコイイ。
見目麗しいギャルソンは柔らかく笑った。営業スマイルだとわかっていても嬉しくなる。さすが接客のプロだ。
「できますが、なにでお作りしましょう?」
「エスプレッソ以外もあるんですか?」
「今日でしたら、チョコレート、紅茶、抹茶があります。後はマスカルポーネを加えてティラミス風なんてこともできますよ」
「ええ? そんなことができるんですか? だったら、抹茶ティラミス風とかもできるんですか?」
「ああ、ちょっと作ったことはなかったけれど面白い発想ですね。……そうですね、できますね」
「お勧めは?」
「ショートケーキと一緒なら、やはりエスプレッソでしょうか。和菓子もありますので、そちらと合わせるのであれば、抹茶ティラミスも面白いかもしれませんね」
丁寧なギャルソンの答えに悩んでしまう。ショートケーキも抹茶ティラミス風も食べてみたい。
「私は抹茶ティラミス風を」
後ろから綱が言った。
思わず振り向く。
「なんですか」
憮然とした表情で綱が私を見る。
「意外に思っただけよ」
「少し興味があったので。残りは姫奈にあげますよ」
綱の答えを聞いて、すっぱりと胸が晴れる。
「えっと、では私はショートケーキとエスプレッソのアフォガートをお願いします。あと淡島先輩分に……、抹茶があるんですよね?」
「はい、ございます」
「抹茶と栗きんとんを」
「かしこまりました」
詩歌ちゃんはショートケーキと紅茶にしたようだ。うう、アフォガートは欲張りだっただろうか。
淡島先輩の席に合流する。しばらくして、テーブルにスイーツが運ばれてきた。目の前でアイスクリームにエスプレッソをかけてくれて、気分が上がってくる。
「いい香り」
詩歌ちゃんが笑った。私も大満足だ。
「生駒はまた珍しいものを食べてるね」
淡島先輩が面白がって覗き込む。
「抹茶ティラミス風アフォガートです」
「メニューにあった?」
「いいえ、姫奈メニューです」
「白山さんの?」
淡島先輩が私を見た。
「ええ。バニラアイスがあったのでアフォガートができるか聞いてみたんです。そうしたら色々提案してくれたので、抹茶ティラミス風にしたらどうかなって」
「生駒は実験体?」
淡島先輩がクスリと笑う。綱は何も答えない。
えええ……、そこはフォローしてよ。
綱は、静かにスプーンでアイスを掬って口に運んだ。
そして満足げにほほ笑む。
「……ふーん……」
淡島先輩はそう言って私に水を向けた。
「今日は和菓子のチョイスなんだね」
「はい。ここに抹茶があるのが珍しかったもので。エスプレッソを飲まれているから、抹茶なら平気かなと思ったんですが、苦手でしたか?」
「ううん。栗も好きだよ。秋らしいね」
「ここの栗きんとんは栗の甘さだけなので、しつこくないんですよ」
「そうなんだ」
淡島先輩がにっこり笑って安心した。チョイス間違えてなかった。
詩歌ちゃんは幸せそうにショートケーキを頬張る。私もつられるようにして頬張った。
コクがあるのにしつこくない生クリームに、甘酸っぱい夏の苺がピッタリだ。ふんわりとした生地は軽くて、正直もう一つでも食べてしまえそうだ。
ヤバい。
「美味しい~!」
フォークを握りしめて思わずつぶやけば、詩歌ちゃんが頷いた。
「本当においしい!」
「ね! ほんとね!」
二人で笑いあう。
「これならもう一個食べれちゃう」
私が言えば、ウンウンと詩歌ちゃんも同意する。
「そんなにおいしいんですか?」
綱が尋ねるから、私はショートケーキのお皿を綱に寄せた。
「一口良いわよ、代わりにその抹茶ティラミス風も一口ちょうだい?」
「どうぞ」
綱の抹茶ティラミス風アフォガートと交換して味見をする。
想像していたよりも抹茶が利いていて美味しい。ただやっぱり、チーズが重いからケーキと食べるには罪悪感がある。
「間違ってなかった、けど、ちょっと罪深い味ね?」
「美味しいですが、ケーキと合わせたらデブへ進みそうですね」
綱が真顔で答えて私を見た。
え……、私太ってきてる?
「つ、綱、私太ってきてたら、遠慮なく言いなさいよ?」
「はい」
「今、危ないかしら?」
「大丈夫ですよ」
綱が笑う。
「女の子は少しぽっちゃりしてたくらいのほうが可愛いよ」
淡島先輩が笑った。
出た! 悪魔のささやきだ! 真に受けてはいけない。
私は思わずギロリと淡島先輩を見た。
「甘い言葉には騙されませんからね。ね。詩歌ちゃん!」
詩歌ちゃんは突然話を振られてびっくりしたようだったが、ニッコリと穏やかに笑う。
「私も姫奈子ちゃんは少しふっくらしても可愛いと思うわ。うさぎ上用みたいで」
先ほどガラスケースに並んでいた、和菓子のうさぎ上用をたとえに出されて脱力する。
「酷い」
「あら、可愛らしくて食べちゃいたいわ」
詩歌ちゃんがにっこり笑って、私の膨らんだほっぺたを突っついた。
「……一ついただいたら? ちなみに餡は栗餡だと思うわ」
性格悪い私は、詩歌ちゃんをデブの道に引きずり込んでやれと、意地悪く言ってみた。
「そうなの?」
「多分、瓦屋のうさぎだと思うから」
お稲荷さんを買う店の隣にある和菓子店の、うさぎ上用に顔がよく似ていたのだ。
「だったらもう一ついただきます!」
詩歌ちゃんは嬉しそうに席を立った。
「教えてくれてありがとう! 姫奈子ちゃん」
そんなふうにされたら毒気を抜かれてしまう。天然タラシだと思うよ、詩歌ちゃん……。
ニコニコと笑う淡島先輩と目が合って、なんだか気まずく思う。
「詩歌ちゃんには敵いません」
取り繕って、そうため息交じりに言ってみる。
淡島先輩はそれを聞いて吹き出した。
「うん、姉妹みたいで微笑ましい」
思わず赤くなる。詩歌ちゃんと姉妹とか嬉しすぎるんですけど。
「本当に白山さんは食べ物に詳しいね」
そうだろうか?
「姫奈は食いしん坊ですから、食べ物に関する記憶だけはすごいんです」
シレっと綱が答える。
「ちょっと!」
「だから、姫奈が選ぶものは間違いないと思っています」
綱が平然と続けて思わず、ブワリと鳥肌が立つ。
どんな飾った言葉よりも、当たり前のことの様に言ってくれるのが嬉しい。そんなふうに思っててくれたんだ。
でも。
「なんだか恥ずかしいわね?」
「そうですか?」
テレのみじんもない顔で返されて、思わす視線をそらした。







