23 バレエの夜に 2
顔を青くして縮こまっていると、修吾くんがその手を引っ張った。
「姫奈子お姉さん、あっち行こ」
上目遣いでそう言われ、助かったとばかりに私は頷いた。とりあえずこの場から逃げ出したい。ズルいかもしれないが、逃げさせて欲しい。
私は引っ張られるままに修吾くんについていった。
修吾くんは飲み物のカウンターへ私を引っ張ってきてくれた。近くの椅子をすすめてくれる。
「お姉さんは何を飲みますか?」
「えっと、桃のスムージーがいいわ」
ここは桃の産地なのだ。まず、と問われれば桃を選ぶ。桃のスムージーがあったので迷わずそれを選んだ。
修吾くんは、柔らかく笑って桃のスムージーを取ってくれた。薄いピンクで可愛らしい。修吾くんも同じものを選んだようだ。
「美味しいですね」
ニコっと笑われて、私もつられて笑い返す。
「美味しいわね、ありがとう」
ジュースもだけど、あそこから連れ出してくれて助かった。修吾くんは小さいけれど立派な紳士だ。天使の上に紳士の属性とかハイスペックすぎる。
「姫奈子お姉さんは社交向きじゃないですね」
毒のない笑顔でキュルンと言われて、力なく笑ってしまう。
前世の言葉が胸によみがえって、ジクリと胸の中から黒いものが滲みだす。氷川君にも言われたのだ。
『社交性を重視される氷川財閥の婚約者の適性を疑わざるを得ない』
そう、私にはこんな華やかな社交界を渡っていけるほどの知性がない。今回のことで身に沁みた。
神様はドSだけど、私に自覚を促すのが本当に上手いと思う。もう少しお手柔らかにお願いしたい。
「ごめんなさいね、私本当にダメで。失礼なことをしました」
言葉にして認めてしまうと、途端に泣き出したくなった。そういうのが嫌で、前世では認めてこなかったのだ。自分のいたらなさを認めてしまったら泣きたくなる。素直に泣けばいいのかもしれないが、泣いたって問題は解決しないのに、ただ感情のままに泣いて同情を引くのは嫌いだった。
グッと唇を噛みしめて笑って見せる。
少なくとも小学五年生の前で、パーティーの席で泣くなんて許されない。
「あの、そういう意味じゃなくて。ごめんなさい。兄が意地悪で」
修吾くんがあたふたとしてフォローしてくれる。そんなに酷い顔をしてたのだろうか。
嫌だなぁ。せめて嘘笑いの一つくらい華麗につけるようにならないと。嘘泣きばっかり上手なんて、なんて汚いんだろう。
「ううん。光毅さまはお優しいわ。叱られても仕方がない場面でした。そこをあんな風に笑いにして許してくださって、助かりました」
本当にそう思った。ちゃんとしたパーティーだったら許されない。弟の長い付き合いの友人の素性をわきまえていないだとか、相手の立場を鑑みない話題選びだとか、恥ずべきことだ。
「オレはお姉さんのそういうところ、好きです」
修吾くんが笑った。意味がわからなくて思わず首をかしげる。
「そういうところ?」
「ちょっと抜けてるところ」
悪戯っぽく笑うから、私もそれにつられて笑ってしまった。
「そう? ダメな子よ」
「ダメなところが可愛いです。年上に思えない」
きっぱりと言われて顔が熱くなった。
くぅぅぅ。小学生の真っ直ぐな目が眩しい!
「ありがとう?」
「彰仁があんなに姫奈子姫奈子言ってるのが良くわかります」
修吾くんが笑った。
「アレは怒りんぼなのよ」
怒らせる私が悪いのかもしれないが。
「でも気を付けなくちゃ。いい加減愛想をつかされちゃうかもしれないわね」
そもそも、もっとちゃんと彰仁の話を聞かなければいけなかった。社交とか関係なしに、家族の友達くらい知ってなきゃ姉として情けない。
きっとそれらが積み重なって、前世では存在を隠される姉になってしまったのだ。
こういうことを自覚させるために、神様は私に二巡目のチャンスをくれたのだろう。
神様はスパルタ方式らしい。
「そんな心配要らないですよ、彰仁はお姉さんが大好きだから」
「そうかしら?」
「それに、あんな世界、普通じゃないんですから」
キラキラと眩しい人だかりを、修吾くんは遠い目をして呟いた。
意味がわからず、修吾くんを見れば私をみて笑う。
「白山家は彰仁が継ぐの?」
「ええ、彰仁の方が才能あるし」
「だったら、お姉さんが気にすることないよ。お嫁に行っちゃえば関係ないでしょ?」
「そっか、そうね。でも、お嫁に行くまでは彰仁の足を引っ張らないように頑張るわ!」
バカで不器用な私を慰めてくれたのだろう。お陰で少しは心が晴れた。
「姫奈子! なにやってんだよ!」
彰仁がつかつかと近寄ってくる。それを見て修吾くんが笑った。
「彰仁ごめんね、ちゃんと話聞いてなくて」
とりあえず、話を聞いていなかったことについて謝る。
その言葉に彰仁が気まずそうに息を飲んだ。
「~~、もういいよ、それは」
「今度からちゃんと聞くから、いろいろ教えてくれる?」
「ああ、もう、わかったから! 光毅さんも怒ってないし。姫奈子がバカなのは知ってるし!」
言い方はキツイけど、許してくれることはわかった。小五の弟にフォローされるようでは情けない。
しっかりしなければ。
「皆さんでいかがですか?」
綱が大きなお皿にピッツェリテを持ってきた。一口サイズに作られたピザから、チーズがたっぷりとろけている。きっとこの空気を変えるために持ってきてくれたのだろう。
「わあ! 美味しそう!」
私が声をあげれば、彰仁が笑った。
「姫奈子は相変わらず食いしん坊だよな」
「美味しいものは正義だもの!」
パクリと頬張れば、綱がハシタナイ、と眉をしかめた。
「チマチマ食べたら美味しくないわ」
そう答えると、修吾くんも手を伸ばしてピッツェリテを口に放り込んだ。
「うん、美味しい」
「ね! たぶん、まきば園のチーズとハムよ。トマトはどこのかしら?」
そんな話で盛り上がっていれば、美佐ちゃんがやって来た。やっと挨拶回りが終わったらしい。
お疲れの美佐ちゃんに席を譲る。
「お茶でいい?」
確か、美佐ちゃんはバレエのために飲み物や食べ物に気を使っていたはずだ。炭酸は飲めるのかわからない。
「ありがとう」
美佐ちゃんのために、お茶と食べられそうなピンチョスを数種類選んで持っていく。白身魚のピンチョスと、エビの生春巻き、サーモンはどうだろう。桃と生ハムは自分用に持っていこう。
「食べられるものがあればいいんだけど」
美佐ちゃんに見せれば、ビックリした顔をしてから、嬉しそうに笑った。
「全部食べられる。凄い、姫奈ちゃんありがとう!」
「魚なら大丈夫かと思ったんだけど」
「パーティーとかは断れないし食べちゃうんだけど、考えてくれたんだって思ったら嬉しいわ」
「なんだ! そうだったのね」
美佐ちゃんは、鯛のピンチョスを口に入れた。
「美味しい」
「ソイラテもあったわよ」
「さすが姫奈ちゃん、詳しい」
幸せそうに笑う美佐ちゃんは可愛い。ふとみれば、綱が穏やかな顔でほほえんでいた。
珍しいな? もしや、綱、美佐ちゃんを?
うん、わかる。かわいくてがんばり屋さんだもんね。って、詩歌ちゃんはどうなのよ?
「見つけた」
そこへ光毅さまが現れた。美佐ちゃんが慌てて立ちあがる。緊張した顔でお辞儀をすれば、光毅さまは優雅にそれに答えた。
「姫奈子ちゃん、さっきはごめんね?」
「いえ、私のほうこそ、優しく教えて下さってありがとうございました」
答えて頭を下げれば、その頭をポンポンと光毅さまが撫でた。
「生駒さんがお迎えに来たよ。修吾もそろそろ帰る時間だ」
光毅さまに言われて、子供たちは帰る時間だと知る。
「では、私たちは失礼します」
「また、修吾と遊んでやって」
光毅さまたちに、私たちはお礼をして帰路についた。
タクシーの助手席に生駒が乗り込む。
後部座席には私、綱、彰仁の順で乗った。
真ん中の一番座りにくいところに綱が当然のように座る。今まで気がつかなかった。
「それにしても、お嬢様が知らなかったとは思いませんでした」
「ほんとだよ」
彰仁が呆れたように溜め息をついた。
「あんなに、光毅さま光毅さまって煩いから、てっきり玉の輿狙いなのかと思ってました」
綱が笑う。
「もう玉の輿は狙ってないって言ったでしょ」
「だったら、どうして光毅さまなんですか?」
「優しくて格好いいからに決まってるじゃない。大人だし」
何を寝ぼけたことをいっているのだ。
「姫奈子なんか相手にされないって言ってるだろ!」
彰仁が怒る。
「別に憧れるくらい構わないでしょ」
「憧れですか?」
綱が怪訝そうに問う。
「憧れよ、ちゃんと釣り合わないって知ってるわ」
そつなく社交をこなす自信なんかない。普通の可愛いお嫁さんになりたいのだ。修吾くんにも、前世の氷川さまにも言われた。私にセレブ奥さまは務まらない。
それにもう、セレブ妻になりたいと思ってない。荷が重い。
「バカだし、ブスだし、私はお母さまみたいになれないと思う」
「俺の言うことなんか本気にしてんじゃねーよ、姫奈子のバカ」
綱の影に隠れて彰仁が小さく悪態をついた。
「別に彰仁の悪口を本気にしてる訳じゃないわよ」
こんなの姉弟喧嘩のテンプレだってわかってる。
綱の前から手を伸ばして、彰仁の頭をグシャグシャに混ぜかえす。
「可愛いわね、彰仁は」
「ばっか! 止めろよ!」
彰仁が手を払う。
「やーめなーい」
さらにグシャグシャに髪を弄れば、彰仁の手がこちらに伸びてくる。
綱が間に挟まれて、迷惑そうに声をあげた。
「お二人とも止めてください」
生駒が助手席でクスクスと笑っていた。







