120.中等部三年 体育祭 1
夏休みが終われば、テストである。テストも無事に終えれば体育祭。今年の体育祭は一条くんと三峯くんのリーダーシップの元、盛り上がっている。
私は無事(?)、障害物競走パン食い担当に就任した。もう、希望さえ聞かれなかった。黒板に勝手に名前が書かれていたので、一応背の高い三峯くんが適任だと抵抗をしてみたが無駄だった。綱と私、あとなぜか桝さん以外は満場一致だったのだ。タイヤチューブは綱だし、アンカーのマット運動は八坂くんだ。一年時のドナドナ再来である。
桝さんについては思うこともあるのだが、できるだけ考えないようにしている。直接的には何もされたことはないし、疑いだけでどうこうできるものではない。今私にできるのは、できるだけ距離を取り、自分のモヤモヤを刺激しないようにすることだけだ。何かをきっかけに爆発して、神様の罰を受けるのは怖い。それに、得体のしれない感覚にどうしていいのかわからない、というのもある。私は白黒喧嘩ではっきりさせたいタイプだから、グレーな桝さんに戸惑っているのだ。正直、怖い。
綱と一緒にいるところを見かけると嫌な気持ちになってしまう。あんなことがあったのに、綱は何も知らないような顔で、夏休み前と同じように桝さんに接する。去年と同じように縄跳びを飛んだりする。
疑いでしかない以上、相手が芙蓉会でありなおかつ生徒会執行部である以上、それが正しい対処だとわかっていても、私は嫌だ。
ただ同じ執行部だから仕方がないと、自分に言い聞かせ、見て見ぬふりをするだけだ。
さて、本日はスパイ活動のため三階に来ている。三階は、一年生クラスが集まっているのだ。何人か一年生に知り合いがいるので、一条くんからスパイするように頼まれたのだ。
フンフフンと鼻歌交じりで三階の廊下を歩いていれば、前から二階堂智ちゃんがやって来た。ツインテールに黄色のリボンが揺れていて可愛らしい。
お忘れかもしれないが、去年の芙蓉小学校の運動会で、彰仁とちょっと感じ良さそうだった娘さんだ。実は二階堂くんの妹である。
「姫奈子お姉さまー!」
元気いっぱいである。
智ちゃんの大きな声で、廊下の側の窓から女の子たちが顔を出してギョッとする。コソコソと、姫先輩だわ、なんて声がして少し居心地が悪い。姫先輩とは私のことだろうか?
あの夏休みの動画が変な噂にでもなっているのだろうか。
「……なにかしら? 私、おかしな噂でもあるのかしら?」
やって来た智ちゃんに尋ねれば、智ちゃんは可笑しそうに笑った。
「姫奈子お姉さまは一年生の憧れだからです」
「揶揄わないで?」
思わず笑ってしまった。ありえない。私なんて、外部生で芙蓉の花は持ってないし、執行部でもない芙蓉学院の中ではカースト最下位なのだから。
「揶揄ってなんてないです!」
智ちゃんは力強く否定するけれど、揶揄いでなければお世辞だ。お世辞ならば礼を言っておこう。ありがとうと返せば、智ちゃんは不服そうにほっぺを膨らませた。相変わらずあざと可愛い。
「今日はどうしたんですか? 白山くんですか?」
「いいえ、智ちゃんに会いに来たのよ」
「きゃぁ! 嬉しい!」
「どう? 初めての体育祭は順調?」
そんな感じで世間話をしながら、一年生の状況を聞いてみる。気がつけば智ちゃんのお友達などもやってきて、小さな輪ができていた。その子たちのクラスを確認しながら、体育祭の進行状況を聞き出していく。なかなかなスパイっぷりである。
「姫奈子先輩!」
聞き慣れた声に、女の子たちの輪がわかれた。修吾くんである。芙蓉の花を胸に挿した修吾くんは、一年生の中でもあこがれの対象のようで、周りにいた女子たちが目の色を変えたのがわかった。やっぱりのモテ男である。
それなのに、好きな子には奥手だとか、お姉さんの好感度ダダ上がりさせてどうするつもり?
「修吾くん!」
「どうしたんですか? 彰仁?」
「いいえ。ちょっと一年生の様子を見に来たのよ。ほら、初めての体育祭で困ってることがないかな、なんて。修吾くんはどう? わからないことがあったらいつでも連絡して?」
「はい!」
ブロンズの女子たちがキャアと声をあげる。
「島津くん、姫奈子先輩と繋がってるの?」
智ちゃんが問えば、修吾くんが静かに肯定する。
女子の間から、いいなぁーと声が上がる。みんな修吾くんの連絡先を知りたいようだ。それはそうだろう。可愛いなぁ、なんて思いながら生暖かい目で一年生を見ていたら、修吾くんが自慢げに笑った。
「いいでしょう?」
私は思わずキョトンとする。自慢するのは私の方では?
「姉貴!」
彰仁が苛立たしげにやってくる。そうやってプンスコするのも可愛らしい。ああ、弟は可愛らしい!
姫先輩と白山くんよ、なんて小さな声が聞こえてきて、さらに人が集まって来た。そういえば、彰仁はこんなでも芙蓉会なのだ。
自慢の弟に、なんだかちょっといい気分になる。それにやっぱり姫先輩とは私のことだった。
苦節三年、やっと正しく姫と呼ばれる日がやってきた!
「ねぇ、彰仁。姫先輩って私のことよね?」
ムフムフして聞けば、彰仁がいやそうな顔をする。
「姫は姫でもバナナ姫だからな!」
「っ! え! 何で知ってるの!? さては綱がしゃべったわね!?」
「綱……先輩っのせいにするなよ! 有名なんだよ、姫奈子の馬鹿。職員室で『バナナ姫はうちでも元気かい?』って聞かれる俺の身にもなれよ!」
「しょ……職員室まで……」
智ちゃんを良く見れば、黄色いリボンはバナナ柄である。
うん。好意、だとは思うけどね? 思うけどね? バナナなのね……。
「もう! ブロンズのフロアに来るなよ。バナナ!」
「嫌ねぇ。そんなに怒らなくてもいいじゃない」
シレっと答えれば、彰仁は集まっている女の子たちをシッシと手を振って解散させる。
「もういけよ。どうせコイツろくなこと考えてないから!」
「弟が口が悪くてごめんなさいね?」
姉としてフォローを入れれば、一年生の女子たちはニコニコと教室へ戻っていく。
「ちょっと! 彰仁モテないわよ!?」
「マジでバナナがなにしに来てるわけ?」
「バナナではないでしょう? お姉さまでしょう?」
「うるせー」
「反抗期ね? まぁ、いいわ。可愛いから許してあげるわ。初めての体育祭でしょう? 心配事がないか様子を見に来たのよ」
「へー」
彰仁は全く信じていないという顔で棒読みで答えた。
「修吾くんはOクラスよね? 縦割り赤で一緒でしょ? 何に出るの? 運動神経が良いから全部かしら?」
「出られるだけ出たいと思っています。姫奈子先輩は?」
「私は障害物競走よ。修吾くんがいるなら、赤チーム安心ね!」
「頑張りましょうね!」
「ええ!」
二人で笑いあえば、彰仁がつまらなさそうな顔をして、さっさと帰れと私を追い返した。
ふーんだ。かわいくないの! うそ、そこも可愛い。







