119.夏が終わる
夏の終わり。
今年は珍しく、島津家からパーティーの招待状が届けられた。近くのリゾートホテルで平服指定のちょっとしたパーティーなのだという。両親と彰仁と一緒にお邪魔することになった。
先日の探検迷子での泥汚れを気にした修吾くんが、ワンピースを贈ってくれたのでそれを着ていくことにした。自分ではなかなか選ばないスッキリとしたラインの半袖ワンピースは、透かしニットでできていて淡いブルーが夏らしかった。アンダードレスは濃い紺色でニットの模様を引き立てている。
会場につけば、修吾くんが少しバツの悪そうな顔で出迎えてくれた。紺色のスーツに水色サマーニットのタイが夏らしい。
「姫奈子お姉さん、綺麗です」
修吾くんが社交辞令で言ってくれるから、クルリと回ってワンピースを見せた。
「とっても素敵なワンピース、ありがとう」
修吾くんは眩しそうに笑った。
ホテルの最上階で行われたパーティーでは、珍しく島津夫妻がそろっていた。忙しいお二人がそろって社交の場に出てくることは稀なのだ。そのことで、なんとなく大人たちが浮ついているのがわかった。
少ない子供の中の私たちは、大人たちの目から隠れるようにして、パーティーを楽しんだ。夏の高原の夜が更けていく。
パーティーも佳境に入ったころ、光毅さまが一人の女性を連れて現れた。会場がどよめいて、注目が二人に集まる。光毅さまの隣に立つのは、ホンワリとした可愛らしい女性で、鈍感な私でもお似合いな二人だと思った。
きっと、婚約の発表なのだろう。
ほんのりと胸の奥に涼しい風が吹いた。なんだろう。寂しいのだろうか。
わかっていたから、胸の奥が痛むようなことはない。けれど、少しだけガッカリはする。
修吾くんと彰仁が伺うような顔で私を見た。私は彰仁を軽く睨む。
「なによ」
「べつに」
「ちゃんとわかってるわよ」
「だったらいいけど。ここで泣くなよ」
「泣くわけないじゃない」
私は彰仁を鼻で嗤った。そんなんじゃない。そんなわけないのだ。修吾くんは私たちのやり取りを困ったように見ていた。
「なんだ、案外平気そうだな?」
「なにそれ。それでも気を使ってるつもり?」
こんな口を利いていても、彰仁なりに心配しているのだろうか。可笑しくって笑ってしまう。思わず肘で小突けば、止めろよと彰仁が怒った。
「楽しんでるかい?」
光毅さまが女性と二人で近づいてくる。私は全開の笑顔で頷いた。どんな時でも笑えるように、パフォーミングパートナーのトレーナーにしごかれたのだ。
「はい! 先日は本当にありがとうございました」
先ずは動画の件のお礼を言う。光毅さまが指揮を執ってくれたお陰で、大きな被害にはならなかった。さすがの手腕に惚れ惚れとしたのだ。
「なんとか鎮火して良かったね。今日は彼女を紹介したくてね。この度婚約することになった」
光毅さまは隣にいる女性を婚約者だと紹介してくれた。
「美幸と申します」
ニッコリと微笑む美幸さまは、有名な歌劇団の創始者の曾孫さんで、ご本人も歌劇団にいるのだという。それだけあって、柔らかい中にも凛とした美しい人だった。光毅さまに並びあって劣ることなどない。まさに、理想のお姫様である。
彰仁と私も挨拶をすれば、美幸さまは優しく微笑んだ。まるで、歌のお姉さんのような愛情に満ちた微笑だ。
「素敵なワンピースね」
「ありがとうございます」
「修吾くんとお揃いなのかしら?」
指摘されて修吾くんを見れば、修吾くんは気まずそうに眼をそらした。修吾くんのタイも水色のサマーニットで、たしかに少し似ているかもしれない。
「修吾が選んだワンピースなんだよ。いつもよりずいぶん大人っぽいけれど素敵だね」
光毅さまが意味ありげに笑えば、修吾くんは頬を赤くして顔をそむけた。
「とってもお似合いよ、ね」
「ああ、修吾の見立てもなかなかじゃないか」
褒めてくれる二人に、私はほほ笑みを返しながら修吾くんに再度礼を言う。
「修吾くん、ありがとう」
「いえ……」
顔を赤くした修吾くんは口ごもった。これ以上突くべきではないと思って話題を変えることにした。
「この度はおめでとうございます」
「ありがとう。結婚はまだ先になるんだけどね」
婚約した二人にお祝いを述べれば、照れたように光毅さまが笑った。光毅さまは、現在家の仕事と大学院を両立している。大学院の卒業をめどに正式に結婚するらしい。
「修吾くんも素敵なお姉さまができて良かったわね」
そう言えば、美幸さまは嬉しそうに笑った。
二言三言話しをして、光毅さまは次の挨拶に移っていった。
大きな窓の向こうで花火が始まった。婚約した若い二人を祝福するようだ。
「私、花火見てくるわ」
窓辺に配置されたソファーへ向かって、小走りで移動した。彰仁は何も言わずに見送ってくれて、嫌に大人っぽくなったな、なんて思う。
私はソファーに一人で腰かけて、見るでもなく花火に向き合った。ホテルの大きな窓に花火が咲く。花が閉じれば、ガラスには華やかな人たちの群れが映る。少し遠い世界だと感じるのが不思議だ。もう一度、花火が咲いて遠い世界が光に消えた。
わかってた。知ってた。私には手の届かない人だって。だから、そんなのは憧れで欲しいとは思っていなかった。だけど。
もう、そんな憧れの想いを向けることすらできなくなるのは少し寂しい。さすがに、今までの様にスタンプを送り付けることは憚られた。
小さくため息をつく。
「……姫奈子……先輩」
修吾くんがストンと横に腰かけた。
「先輩?」
「……本当の義姉ができたから……」
「そう……ね」
修吾くんに言われて、納得する。修吾くんにもお姉さんと呼ばれなくなる、それもなんだか寂しかった。
「黙っててごめんなさい」
「ううん。大事なことだもの。誰彼構わず話せることではないわ」
修吾くんは俯いた。
「兄は酷い。姫奈子……先輩のこと、わかってたと思う」
「……やだぁ……、そんなにわかりやすかった?」
「雨の中で聞く前から薄々は感じてた」
「そっかぁ……」
「自分には彼女がいる癖に、それを隠して違う子に優しくするなんて酷いよ」
修吾くんが苦々しい顔をして言った。
「うーん……、でも、私は嬉しかったわ」
「嬉しかった?」
「憧れの人に優しくされて嬉しかったわ。もともと年だって離れているし、そういう意味で好きなわけじゃなかったもの。夢みたいなものだったから。光毅さまもそれをわかって相手をしてくださってたと思うの」
「そう」
「でも、流石に『弟大好き同盟』は解散ね。それはちょっと寂しいかも」
光毅さまと写真を送りあうのは楽しかったのだ。そんな男性は光毅さましかいなかった。好意をあからさまにしたところで、相手にされない自信はあったし、その辺は光毅さまもきちんと躱してくれたから安心していたのだ。安心して片思いの恋愛ごっこができていたんだと思う。
悔しいとか、悲しいとか、そういう感情はビックリするほどにない。そのこと自体に驚いて、それも少し寂しかった。やっぱりあれは恋じゃなくて憧れだったんだと、実感してしまった。それでもその憧れを失って、目の奥がチカチカと痛い。
唇を噛んで、上を向く。窓の奥の花火を見るふりをした。祝いの席で涙なんて禁物だ。彰仁に言われなくてもわかってる。
「……あの、姫奈子……先輩」
ドン、花火が音を立てて花開いた。チリチリと光の花びらが散っていく。修吾くんの顔が少し陰って、綺麗だった。
「オレに連絡先教えてください」
「?」
「兄じゃなくて、オレとしましょう? オレだって彰仁の写真送れます」
写真なんて口実で、彰仁の写真がそんなに欲しいわけじゃない。だけど、修吾くんがそう言って慰めてくれるのが、嬉しかった。
「彰仁ばっかりじゃなくて修吾くんも送って?」
言えば、修吾くんは驚いたように私を見つめた。
「光毅さまは修吾くんのテニスの結果とかいっぱい送ってくれてたのよ」
「……聞いてない」
修吾くんは顔を手で覆った。
「光毅さまと私は『弟大好き同盟』ですからね。弟自慢してたのよ」
「……やめてよ……もう……」
修吾くんは光毅さまの隠された弟愛に撃沈した。その様子を見て微笑ましく思う。年の離れた兄弟だからか、光毅さまは修吾くんをそれは大事にしているのだ。
「テニスの結果とか、そこで何を食べただとか、そういうのがいいな。アメリカのホットドッグだとか!」
「うん。そうする」
私たちは笑いあって、連絡先を交換した。







