121.中等部三年 体育祭 2
やって来ました。体育祭当日。
生徒会執行部は、本部テントに常駐し運動会を取り仕切る。司会などは放送部が担当するのだが、執行部からの連絡事項は綱なので、綱の声がマイクにのって秋の空に拡散される。とても良い。うん、とても良い。
今年も無事に八坂くんは出席だ。八坂くんは応援団長で長い真紅の鉢巻きをたなびかせ、女の子たちをキャーキャー言わせていた。晏司君ファンクラブは今年は赤のリボンらしい。修吾くんも応援団に入っている。鳳凰の赤い旗が青空に翻って猛々しい。
私は赤チームなので、ファンではないけれど赤いシュシュをつけている。
目が合えば、ウインクなんか飛ばしてくるから、思わず手で跳ね返す。
「まったく、マメというのか、なんなのか、私にファンサしてもしょうがないでしょうに」
呆れてため息をつけば、それを聞いて三峯くんが笑った。こんな時に綱がいないのがちょっと変な気がした。
応援合戦は毎年恒例八坂晏司ショータイムで、ペンライトがないのが不思議なぐらいだ。無事に体育祭がはじまって、校庭は砂ぼこりにまみれる。
黄チームの氷川くんは、もちろん真剣の本気で、マジである。去年は同じチームだったから感じなかったが、敵対すればその威圧はすさまじい。男子はそれに憧れて、女子はそれに惚れるのだろう。
……私は正直巻き込まれたくない、というのが感想だ。
縄跳びは順調にこなし、全校でも二位に入った。三年生のムカデ競争はスピードが速く女子の出る幕はない。八坂くんは旗振りサポートで登場し、赤チームの応援は大きくてなんと一位に入った。
そして、憂鬱な障害物競走がやってくる。
私たちは、列に並んで出番を待った。三年連続、綱はタイヤチューブ、私はパン食い、八坂くんと氷川くんはアンカーである。
「代り映えしないわね」
思わず漏らせば、綱も黙ってうなずいた。去年に比べて綱はさらに背が大きくなって、もう比べてみようとすら思わない。その辺で言えば今回のタイヤチューブの旅は快適に違いない。
横に並ぶ他のチームの女子を見ても、大黒さんは見当たらなくてチョットだけ心配になった。夏休みをすぎてから学校で見かけることがなく、それはそれで怖いのだ。
「大黒さんて、今日来てないの?」
「さあ?」
八坂くんに尋ねてみればそっけなく答えられた。……怖い。この話題には触れないでおこう。顔を背けたら氷川くんと目が合った。ニッコリと微笑まれて、逆に怯んだ。
「今年もスパイ活動頑張っていたようだが?」
「……心当たりはございませんが?」
白々しくそっぽを向けば、氷川くんは小さく笑った。
「こちらも聞いてきたぞ? 何やら体育祭のアドバイスをしていたそうだな?」
「……聞かれたことにはお答えしましたけれど、それだけですわ」
「色に頓着せずにアドバイスくれると黄色のブロンズが不思議がっていた」
当然、黄チームもスパイ活動を頑張っていたらしい。
「親切に教えてくれるから、姫奈子先輩に聞かれると答えてしまうとボヤいていた」
あ、ちょっとそれは嬉しいかも。
「和親、敵だからね? あんまり僕のチームに慣れ慣れしくしないで?」
八坂くんがむくれた顔で間に入る。
「別にいいだろう? 友人なのだから」
「ゆーじん?」
八坂くんが片方の眉をあげた。綱が一歩、私に近寄る。
なんだ?
「仲の良い友人だ」
氷川くんがきっぱりと答えた瞬間、笛が鳴らされスタートラインへの移動が始まった。
「姫奈、気を付けてくださいよ」
綱に注意される。
「なにを?」
「バトンです。八坂くんに変なことをされないように」
「変なこと……ねぇ?」
さすがに去年もしていなかったのだ。今年も一昨年のようなことはあるまい。
「気を付けて!」
綱は心配性なのだ。
「わかってるわよ。私だって恥をかくのは嫌なのよ!」
フン、と答えれば、綱は小さくため息をついた。
障害物競走が始まる。今回のTシャツは赤だから、バナナやゴリラ関係はないだろうと踏んでた。余裕で待っていれば、綱に着せられたTシャツをみて、顔が固まった。
真っ赤なTシャツに真っ黒のゴリラが怪獣の様にプリントされていて、白抜きでシン・ゴリラと書かれていた。ゴリラの呪いは解かれなかったらしい。絶対、このTシャツ選んでいるのは同級生だ。下級生は私がゴリラだってことあまり知らないのに、なにしてくれてんだ。
……私がゴリラ? 私はゴリラじゃない! くそう!! 不覚にも自分で言ってしまった!
綱は苦々しい顔をする私を見て小さく笑ってから、タイヤを引きずり始めた。
初めて乗ったときはあんなに不安定だったのに、今では当たり前のように引っ張っていく。気が付いたらずいぶん逞しくなったんだなぁ、なんて母のような気持ちになる。
パン食い競争のスタート地点までやってきて、綱が私を立たせた。自分のTシャツを脱いで私に着せる。フワリと綱の匂いがして、ドクンと胸が飛び跳ねた。
やだ! なに? 急に! 私、変!
「本当は嫌なんです」
綱はいつもより優しい手つきで、Tシャツの中に入ってしまった髪を出しながら、耳元で囁いた。綱の声は良すぎるから、耳元でなんて囁かないで欲しい。
動揺して言葉を失う。頬が火照る。ビックリして綱を見れば、ニッコリと笑って背中を押した。その笑顔が微妙に怖い。
「さっさと終わらせましょう」
「え、ええ」
私は恥ずかしさから逃げ出すように走り出した。
先に一人、走っている女子がいたから、私は本気で彼女を追い越した。なんといってもパン食いは最初が肝心なのだ!
「がんばれ、がんばれ、ひ・な・こ!」
応援団の修吾くんの声と、太鼓が響いてくる。今年はゴリラでもバナナでもなかったらしい。応援団長の八坂くんが障害物競争でいなくてよかった。彼が応援を仕切っていたら間違いなくバナナ応援されてたと思う。
……いやゴリラか?
猪突猛進、勇往邁進、一心不乱でバナーヌスペシャルに齧り付く。ゴムをいっぱい伸ばして食いちぎれば、外れたゴムが跳ね返りオデコに当たる。痛いと声にも出せずに踏ん張って、八坂くんに向かって走り出した。
「姫奈ちゃん! 早くおいで!」
キラキラエフェクト全開の八坂くんが両手を広げて待ち受けている。私はそれにゾッとして、ゴール地点でブレーキし、ブンと顔を振ってバナーヌスペシャルを口から離した。
バナーヌスペシャルは、弧を描いて八坂くんに向かって飛んでいく。
「姫奈ちゃん!?」
八坂くんは慌てて手を伸ばして、バナーヌスペシャルをキャッチした。私は計算通りでホッとする。一昨年のような公開恥辱プレイはまっぴらごめんである。相手がカレシならともかく、八坂くんなのだ。冗談でもそんなことをしたら、田んぼに突き落とされるのである。
八坂くんは軽く私を睨んでから、これ見よがしにバナーヌスペシャルを咥えて腕の戒めを解いた。Tシャツを脱がすと私に向かって咥えたパンを突き出す。私がそれを手で受け取れば、八坂くんの口が開く。
「姫奈ちゃんの意地悪!」
「は? なぜ?」
八坂くんはそれだけ言い捨てると、Tシャツを着てバク宙を決めた。
つんざくばかりの黄色い歓声が響く。
モデルの癖にダンサー張りの運動神経とは何なのだ。天は二物も三物も平気で与えるわねと、脱力した。一個ぐらい私にも分けて欲しい。一個とは言わない。半個でもいい。ううん、四分の一でもいい。
おかげで赤チームは圧倒的一位で幕を閉じた。退場中も八坂くんは不貞腐れ、綱はなんだかご機嫌だった。綱はご機嫌なまま執行部の集まる本部席に戻っていった。執行部席で出迎える桝さんが目の端に入って、慌てて目をそらす。見ない、聞かない。
応援席に戻れば、修吾くんが格好良かったと出迎えてくれ、今年もパンは女子の中で争奪戦となった。
私はとりあえず大役を終えてホッとする。後は応援するばかりだ。
体育祭の目玉競技ウォーウォーボールが始まった。ほら貝が響き渡る。幻聴ではない。今年は放送部が本気で音源を探してきたのだ。
カラフルなハチマキが砂ぼこりの中たなびいて、綱も氷川くんも修吾くんも彰仁も、その中を駆け回っている。優勢なのはやはり氷川くんがリーダーの黄チームだが、我が赤チームも負けてはいない。背の高い三峯くんはこんなときとても有利だ。
小さな一年生と、たった二年しか変わらないのにすっかり大人びた三年生が同じフィールドで混ざり合っている。
「行けぇ!!」
指揮を執る氷川くんの怒号が響く。修吾くんはボールを投げるのに専念しているようだ。コントロールが抜群で驚くほど籠にボールを入れていく。
「がんばって!!」
立ち上がって声をあげれば、応援団長の八坂くんと目が合った。すると八坂くんは胸をそらせて、手袋をはめた手を胸から外へ向かって開く。応援団長らしいその所作が眩しいくらいに、青空でくっきりと映えた。
「フレー、フレー、あ・か・ぐ・み!!」
「フレフレっ赤組!!」
八坂くんの声が響けば、全員立ち上がりそれに続く。ドンドンと大太鼓がなり、タンバリンが響く。
「フレフレっ赤組!!」
私も声を張り上げる。中等部最後の運動会は、砂ぼこりでさえキラキラと輝いて見えた。







