118.事件ですっ 3
白山家本邸の客間である。テーブルの上には軽食が用意され、執事の生駒がドア近くに控えていた。
「まさか、この動画が姫奈子ちゃんだと思わなかったな」
光毅さまがニコニコと笑っている。
「確かに、修吾から銀杏拾いの話を聞いてはいたけれど、大袈裟な話だと思ってたんだ」
泥まみれの動画がタブレットで再生され、いたたまれない。少なくても憧れの人に見られたい代物ではなかった。
「それで、PTSDだって言ってるのは、こっちの子?」
大黒さんを指さして尋ねてくる。
「はい」
「どういう子なの?」
「……八坂くんのファンで、すこし八坂くんへの好意が苛烈というかで、私を目の敵にしてるんです。多分、このあいだ八坂くんが私の店で撮影したから刺激したのかもしれません」
というか、あのモブ加減で気が付いたなら、相当私のこと好きなんじゃないの、大黒典佳よ。
違いますね。店舗協力チェックした晏司くんクラスタなだけか。
「へぇ? 姫奈子ちゃんは八坂くんのこと好きじゃないのにね?」
「はい!!」
力を込めて答えれば、光毅さまは小さく笑った。
「で、この子の家は何をやってるの」
「大黒商事です」
「大黒商事かぁ……」
光毅さまは少し考えるように空を見つめた。
「報道番組のスポンサー企業でもありますね」
綱が言えば、光毅さまは綱を見て小さく頷く。
「でも、まぁ、未成年だから名前を出すわけではないし。白山グループだっていくつかスポンサーになってるからね」
グルリ。光毅さまは、テーブルにそろったメンバーを見渡した。淡島先輩、紫ちゃんと葵先輩、二階堂くんに、なぜか氷川くんと八坂くんまで合流している。
「ところで、どうしてこんなに人が集まってるのかな? メンバーの圧がすごすぎて、黒でも白にできそうだけど……。姫奈子ちゃんにはそんな意図ないでしょ?」
問われて慌てる。
「違います! 正しい情報を流して欲しいだけです」
「わかってる。それにしても、風雅くんがこんなことに首を突っ込むのは珍しいよね? 葵さんも」
光毅さまが不思議そうに尋ねる。私は光毅さまの言葉にキョトンとした。
「光毅さまは淡島先輩や葵先輩とお知り合いなんですか?」
「うん。親同士が、少しね。でも、彼、他人に肩入れするようなタイプじゃないでしょう。オレはそう思ってたけど」
「紫の知り合いが動画を持っていたから仕方がなくですね。芙蓉や沼田に害が及ぶのは避けたい。僕も光毅さんが直々にお出ましになるとは思いませんでした」
淡島先輩は、うさんくさい狸顔で笑った。それを受けて、光毅さまはキツネのように目を細めて小さく笑う。
お、おお怖い……。ここは現代日本よね? 魑魅魍魎の住まう国ではないはずだ。
「二階堂くんが動画の持ち主? 紫さんは姫奈子ちゃんのお友達だったね。氷川くんと八坂くんは?」
「芙蓉学院に関わる話だったので、氷川として話を聞いて置く必要があると判断したためです」
氷川くんが答える。
「今のところ訴えられているのはボランティア男性で、芙蓉は関係ない気もするけど」
光毅さまが言えば。
「ご存知の通り、学校行事でのトラブルで学院の名前が特定されました。PTAからすでに問い合わせがきているようです」
氷川くんが答える。学院にも迷惑をかけているようだ。
「放送内容が芙蓉にとって都合が悪そうなら握りつぶすつもりで来た?」
光毅さまの言葉にギョッとする。学院のために、早乙女さんが切り捨てられるのだろうか。私は恐る恐る氷川くんを見た。
「番組の取材に協力するつもりできました。その為に内容を教えて欲しいと思います」
光毅さまは小さく頷く。
「で、八坂くんは?」
「僕のせいで姫奈ちゃんに迷惑かけたわけだし、責任感じてる」
八坂くんが答えれば、光毅さまは冷たく「そうだよね」と答えた。
八坂くんがグッと唇をかむ。
「事務所には大黒関係の広告には今後一切出ないって言ってきた。今出てるやつも止めてもらった」
ふうん、と光毅さまは笑う。
「まぁ、動画を見させてもらったけど、どう考えても相手が悪質だと思う。SBではこの動画と加工後の動画を両方合わせて放送させてもらうことにするよ」
「ありがとうございます!」
私は深々と頭を下げた。
難しい話は私にはよくわからないので、淡島先輩と光毅さまが主導権をもって固めてくれた。氷川くんは内容を確認し、学院への許可を取り付けてくれた。きちんとしたコメントを学院長から引き出してくれることになった。
「姫奈子ちゃんのためだからね。ほっといたら修吾にも怒られそうだし。オレの母校でもあり、修吾が通っている学校に風評被害っていうのも頂けない」
「あの動画は私だって修吾くんには教えないでくださいね?」
「オレからは言わないけど、修吾なら気がつくかもよ?」
光毅さまはニヤニヤといたずらっぽく笑った。
「そんな、光毅さまだって気が付かなかったのに」
ありえなくて笑ってしまう。
「そうそう、氷川くんと八坂くん、軽率にこんな場に顔を出してはいけないよ。俺みたいなのに恩を売られるからね」
私はサッと顔を青くした。マスコミに恩を売られるということは、かなり怖いことではないだろうか。
「あ、光毅さま! この件は私の」
「わかっている」
氷川くんが私の声を遮った。
「わかってるならいいよ。芙蓉にはさすがにSBも手を出しづらい。今回は唯一スクープ動画をもらえるわけだし、それで目をつぶるよ」
光毅さまがそう言えば、淡島先輩が苦々しい声で、小さく「狸」と呟いた。狸先輩が狸と呼ぶとは。光毅さま、意外と怖いのではないだろうか。
っていうか、前世の私。やっぱり、やっぱり、このタッグでやられたんじゃないの?
結局、SBテレビで編集前の動画が放送されたことをきっかけに、編集動画の拡散は一気に下火になった。しかも、あの難解な方言に字幕までつけてくれていた。
また、テレビを見た動画配信者が、「動画を比べてみる」なんて詳細な比較動画を作ったらしく、そちらのおかげで元動画の認知度も上がった。
芙蓉学院内での度を越した嫌がらせの存在が表面化したのは打撃だった。しかし、学院として編集動画の悪質な無断転載とコメントについては、芙蓉学院の生徒を守るためIP開示請求をしていくと明言し、生徒に対する二次的被害を学院として許さないと宣言したのだ。そのおかげか、あっという間に動画は消えた。
学院内で起った嫌がらせの事実を潔く認め謝罪し、誠意をもって対応をする学院長は一目置かれたようだった。さすがの手腕でピンチをチャンスに変えてくる。
また、早乙女さんのような厳しくも愛ある指導者を採用している学院にも好感を持たれたようだ。芙蓉学院はお金持ちのお坊ちゃまお嬢ちゃま学校として有名で、ナヨナヨと甘えたイメージがあったらしく、泥の中での作業姿も、いけないことには否という厳しい指導にも驚かれたのだ。
芙蓉学院スパルタ説まで飛び出したくらいだ。
残った動画は氷川関連企業が総力あげて削除してくれたらしい。また、海外サイトは『To MINE』が削除に協力してくれたと聞いた。
そして、そもそもPTSDの証拠とされる動画が、偽装だとわかったため裁判自体も取り下げられた。
名誉棄損で早乙女さんから訴えることもできる案件だったが、早乙女さんはそれを望まなかった。以前から契約していた大黒商事とのことでもあるし、泥沼にしたくないとのことだった。
私は勝手に動画を使われたりはしたものの、被害者であることから個人までは特定されておらず、またモザイクもかけられていたこともあり、静観し鎮火させることに決めた。
芙蓉学院のお嬢様に向かって、歯に衣着せぬ叱り具合の早乙女さんはかえって尊敬されることとなり、お米への問い合わせもあったそうだ。
白山茶房の店長さんが、シャレで早乙女さんのお米にネーミングをつけて、『負け米おむすび』として売り出してくれた。お米のおいしさを味わってもらうために、塩と梅しかないにもかかわらず、これが結構話題になった。勝負事の前に買っていくらしい。
おかげで、もっと早乙女さんのお米が欲しいとお父様も言い出して、私の方から融通することになった。お米に関しては白山家でほとんど押さえてしまっているので、値上がり傾向にある。これを機に、白山関連でブランド強化しようという話になった。
しかし、どうやって動画が大黒サイドに渡ったのか、それはわからなかった。学院側はそもそも動画の存在を知らなかった、大黒サイドも知らぬ存ぜぬ、だったと学院側は答えた。そこまでして守りたい誰かなのか、それとも、本学院側から漏洩したのを隠しているのか、私たちにはわからずじまいとなった。
その件に関しては、引き続き気が付かなかったふりをする様にと淡島先輩がきつく言った。もし学院が隠している相手なら、学院を敵に回すことになるからだ。
釈然としないが、仕方がない。
夏休み中の騒動は、こうやって沈静化していった。







