良い知らせ
その日の昼休み。
海斗は研究室の予定を少し調整し、午後の時間を空けていた。
最近、玲と会える時間は以前よりも限られている。
だからこそ、一分一秒でも大切にしたかった。
大学病院へ向かい、いつものように病室の扉を開ける。
「玲ちゃん。」
「あ、海斗君!」
玲は嬉しそうに顔を上げた。
「今日は早いね。」
「少し時間を作った。」
そう言って椅子へ座る。
玲は首を傾げた。
「何かあった?」
海斗は少し笑う。
「新しい発見があった。」
その一言で、玲の表情が明るくなる。
「数学?」
「ああ。」
海斗は鞄からノートを取り出した。
そこには新しく書かれた数字が並んでいる。
「前に交互完全数の話をしただろ。」
「うん。」
「その考え方を、別の方向へ広げてみた。」
海斗はページを開く。
そこに書かれていたのは。
168 ↔ 248
「これは?」
玲は数字を覗き込む。
「交互友愛数。」
海斗は説明を始めた。
「普通の友愛数っていうのは、自分自身を除いた約数の和を計算すると、お互いの数になる組のことだ。」
「例えば220と284みたいにな。」
「でも今回は、約数に交互の符号を付けて計算する。」
玲はじっと数字を見る。
「つまり……。」
少し考えてから言う。
「普通とは違うルールで、お互いを見つける数字?」
海斗は頷いた。
「そうだ。」
玲は微笑む。
「なんだか面白いね。」
「同じ数字なのに、見方を変えたら別の関係が見えるんだ。」
その言葉に、海斗は少し驚いた。
数学者が何度も考えてきたことを、玲は自然な言葉で表現していた。
「他にも見つかっている。」
海斗はノートをめくる。
「例えば。」
920 ↔ 952
5720 ↔ 7384
8272 ↔ 8432
16236 ↔ 16524
「まだ探索途中だけど、いくつも存在している可能性がある。」
玲は目を輝かせる。
「すごい……。」
「最初は一組だったのに。」
「仲間がどんどん見つかっていくんだね。」
海斗は笑う。
「数学では、こういう発見が一番面白い。」
「一つの例を見つけた時、それが偶然なのか、それとも大きな法則の一部なのかを調べていく。」
玲はノートを眺める。
「海斗君。」
「ん?」
「この数字たちも、きっと嬉しいと思う。」
海斗は思わず笑った。
「数字が嬉しい?」
「うん。」
玲は真剣な顔で続ける。
「だって、誰にも知られなかったら、ずっと隠れたままだったんでしょ?」
「でも海斗君が見つけたから、存在できるようになった。」
その言葉に、海斗は少し黙った。
研究者にとって、新しいものを見つけるということ。
それは単なる数字の発見ではない。
まだ誰も知らない世界の扉を開くことなのかもしれない。
「……ありがとう。」
海斗がそう言うと、玲は不思議そうに首を傾げた。
「なんで海斗君がお礼を言うの?」
「いや。」
海斗はノートを見る。
「何となくだ。」
玲は笑った。
「変なの。」
夕日が病室へ差し込む。
白い机の上に広げられたノート。
そこに並ぶ数字たちは、静かな光を受けていた。
交互完全数。
そして交互友愛数。
まだ名前のない新しい数学の景色。
それを見つめながら、海斗は思う。
この時間だけは、病院でも研究室でもない。
ただ、二人で数学を楽しむ時間なのだと。




