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君と契りて 言はで思ふ心の理  作者: はまちゃん
君と信じた不言論

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新しい数、交互友愛数

夜の大学は、昼間とはまるで別の場所のようだった。


昼間は学生たちの話し声や足音で満ちている廊下も、今は静まり返っている。


研究棟の窓から漏れる明かりは数えるほどしかない。


その一つが、海斗の研究室だった。


病院から戻った海斗は、一度だけ深呼吸をすると、白衣を椅子の背に掛け、いつもの席へ腰を下ろした。


パソコンの電源を入れる。


モニターが淡く光り、見慣れたデスクトップが映し出される。


だが、すぐには研究を始めなかった。


ノートを開き、病院で玲と交わした会話を思い返していた。


「世界って、まだ広いんだなって思う。」


屋上で風に吹かれながら笑っていた玲の横顔が、鮮やかによみがえる。


「……世界は広い。」


海斗は小さく呟く。


「数学も、まだ広い。」


その言葉とともに、頭の中で一つの考えがつながった。


交互完全数。


偶数の約数を正、奇数の約数を負として和を取る。


あの単純な発想が、新しい数を生み出した。


ならば――。


「完全数だけじゃない。」


海斗はノートへゆっくりと書き始める。


『友愛数』


互いの真の約数の和が相手になる二つの数。


古代から知られ、多くの数学者を魅了してきた美しい関係。


「これも交互にしたら……。」


思考が一気に加速する。


もし約数の符号を交互に変えることで完全数が存在するなら、友愛数にも同じような構造が現れても不思議ではない。


もちろん、存在する保証はない。


だが、存在しない証拠もない。


「やってみる価値はある。」


海斗はすぐにキーボードへ手を伸ばいた。


プログラムを書くこと自体は難しくない。


以前作成した約数列挙のプログラムを改良すれば済む。


画面にはコードが次々と並んでいく。


約数を取得する関数。


偶奇による符号判定。


真の約数だけを対象にする条件。


互いの値を照合する探索処理。


一行一行、丁寧に確認していく。


研究では「たぶん正しい」は存在しない。


一つの条件ミスが、全てを誤らせる。


海斗はコードを書き終えると、腕時計を見た。


午後十時を回っていた。


研究棟の外は完全に夜になっている。


自動販売機で買った缶コーヒーを一口飲み、再び画面へ向き直った。


探索範囲は一〇〇〇。


まずは小さな範囲で試す。


「頼む。」


誰に言うでもなく呟き、エンターキーを押した。


画面に文字が流れ始める。


Searching…


CPUのファンが静かに回る音だけが研究室に響く。


海斗は腕を組み、画面を見つめた。


数秒後。


画面の表示が止まる。


Result


168 ↔ 248


920 ↔ 952


「……。」


海斗は瞬きを忘れた。


何度も画面を見る。


「見つかった……?」


思わず立ち上がる。


すぐに首を横へ振った。


「いや、まだだ。」


研究で最も危険なのは、最初の結果を信じ込むことだ。


海斗は冷静さを取り戻し、コードを最初から読み返す。


約数列挙。


問題なし。


符号。


問題なし。


自身を除外する処理。


問題なし。


条件判定。


問題なし。


「もう一回。」


再実行。


同じ結果。


さらに探索範囲を五〇〇〇へ変更する。


再び実行。


画面には新たな組も現れ始めた。


「本当に存在する……。」


海斗の胸が高鳴る。


交互完全数だけではなかった。


友愛数にも、新しい概念が潜んでいたのだ。


海斗はノートを開き、大きく書き込む。


『交互友愛数』


その文字を書いた瞬間だった。


玲の笑顔が頭に浮かぶ。


「約数が偶数ならプラス、奇数ならマイナスにしたら?」


あの日、図書館で何気なく口にした一言。


もし玲があの質問をしなければ。


もし自分が「そんなものはない」と切り捨てていたら。


この発見は、永遠に生まれなかったかもしれない。


「玲ちゃん……。」


自然と名前が漏れる。


「また一つ、見つかったよ。」


誰もいない研究室で呟いた、その時だった。


ガチャリ。


扉が開く音がした。


「おーい、肥後。」


聞き慣れた声。


海野だった。


コンビニの袋を片手にぶら下げながら入ってくる。


「また徹夜か?」


海野は途中で足を止めた。


海斗の表情を見て、口元がゆっくりと緩む。


「……その顔。」


「何か見つけたな。」


海斗は黙ってモニターを指差した。


海野は画面へ近づき、表示された数字を読む。


「168と248。」


「920と952。」


「これ何?」


海斗は興奮を抑えながら説明した。


「交互完全数の定義を友愛数へ拡張した。」


「約数を偶数なら足し、奇数なら引く。」


「その和がお互いになる組を探したら……。」


海野は画面とノートを交互に見る。


「つまり。」


「新しい友愛数?」


「正確には。」


海斗は静かに答える。


「交互友愛数。」


海野は数秒間、何も言わなかった。


それから、ふっと笑う。


「お前さ。」


「何だ。」


「玲ちゃんと会ってから人生変わりすぎだろ。」


海斗は苦笑した。


「そうかもしれない。」


「前のお前なら。」


海野は椅子へ腰掛けながら言う。


「完全数だけ見つけて満足してた。」


「でも今のお前は。」


ホワイトボードを見る。


「一つ見つけたら、その先を考えるようになった。」


海斗もホワイトボードへ目を向ける。


そこには「交互完全数」と書かれた文字が残っている。


その横に、新しくマーカーを走らせた。


『交互友愛数(Alternating Amicable Numbers)』


白いボードに並ぶ二つの名前。


海野は腕を組みながら、しみじみと言った。


「研究ってさ。」


「数だけじゃなく、人との出会いでも進むんだな。」


海斗は少しだけ笑う。


「玲ちゃんなら。」


「きっと『次は交互社交数だね』とか言いそうだ。」


海野は吹き出した。


「ありそう!」


二人の笑い声が静かな研究室に響く。


笑いが落ち着いたあと、海斗はホワイトボードを見つめた。


交互完全数。


交互友愛数。


まだ証明しなければならないことは山ほどある。


一般的な性質。


存在条件。


生成法。


無限に存在するのか。


未知の問題が次々と頭へ浮かんでくる。


それでも、不思議と以前のような孤独は感じなかった。


この研究は、自分一人だけのものではない。


図書館で交わした何気ない会話。


病室で一緒に考えた数式。


玲が笑いながら口にした素朴な疑問。


そのすべてが、このノートの中で生き続けている。


海斗は静かにペンを握った。


「まだ終わりじゃない。」


そう呟くと、新しいページを開く。


ページの一番上へ、ゆっくりと次の題名を書き記した。


『交互社交数(Alternating Sociable Numbers)』


未知の世界へ続くその一行は、玲との約束が、まだ続いていることを示す証そのものだった。

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