数の女神様②
名古屋へ向かう新幹線の中。
窓の外では、見慣れた愛知の景色が少しずつ近づいていた。
東京で過ごした二日間。
長かったようで。
振り返れば、あっという間だった。
浅草で笑ったこと。
スカイツリーから街を眺めたこと。
神保町で数学の本を選んだこと。
ホテルの夜に話したこと。
その一つ一つが、海斗の中に鮮明に残っている。
しかし。
それとは別に。
今、海斗の頭から離れないものがあった。
夢。
アリスモス。
そして。
完全数。
「……。」
海斗は窓に映る自分の顔を見る。
白い神殿。
古代ギリシャのような場所。
そこで自分は、まるで昔から知っていたかのように彼女と話していた。
セオドロス。
なぜその名前で呼ばれるのか。
なぜアリスモスという少女を知っているのか。
何より。
なぜ夢の中で、数学の話をしているのか。
「海斗君?」
隣から声が聞こえる。
振り向くと、玲が不思議そうな顔でこちらを見ていた。
「どうしたの?」
「いや。」
海斗は少し迷った。
夢の話をするべきか。
ただの夢だ。
そう言えば終わる。
しかし。
玲なら笑わずに聞いてくれる気がした。
「変な夢を見た。」
玲の目が少し輝く。
「夢?」
「ああ。」
「どんな夢?」
海斗は少し考えてから話し始める。
「白い神殿みたいな場所にいて。」
「そこに、白い髪の少女がいた。」
玲は静かに聞いている。
「その子と一緒に、数字を探していた。」
「完全数を。」
その言葉を聞いた瞬間。
玲は少し目を丸くした。
「完全数?」
「ああ。」
「夢の中で見つけた。」
玲は少し笑う。
「夢の中でも数学なんだね。」
「海斗君らしい。」
海斗も苦笑する。
「自分でもそう思う。」
「でも。」
玲は首を傾げる。
「でも?」
海斗は窓の外を見る。
「妙に現実感があった。」
「ただの夢とは思えないくらい。」
玲は少し考えたあと、優しく笑った。
「もしかしたら。」
「海斗君の中にずっとある記憶なのかもね。」
「記憶?」
「うん。」
玲は窓の外を見る。
「数学って、昔の人の考えが今につながってるんでしょ?」
「関孝和さんも。」
「ピタゴラスさんも。」
「何百年も前の人の考えが、今の海斗君につながってる。」
海斗は黙って聞いていた。
玲の言葉は、時々不思議なほど核心を突く。
「だから。」
玲は微笑む。
「夢の中で昔の数学者さんと話してても、不思議じゃない気がする。」
「……玲ちゃんらしい解釈だな。」
「そう?」
「ああ。」
海斗は笑う。
「普通は夢だって言って終わる。」
「でも玲ちゃんは、そこにも意味を探す。」
玲は少し照れたように笑った。
「だって。」
「海斗君の数学って、そういうところが面白いから。」
その言葉に。
海斗はふと気づく。
自分は昔。
数学をただの論理だと思っていた。
正しいか。
間違っているか。
証明できるか。
できないか。
それだけだった。
しかし。
玲と出会ってから。
数字を見る目が変わった。
60という数字。
交互完全数という概念。
そこには。
発見した瞬間の感動。
一緒に考えた時間。
誰かと共有した思い出。
そんなものまで含まれている。
「完全数……。」
海斗が小さく呟く。
玲が反応する。
「気になるの?」
「ああ。」
「昔から研究されている数だ。」
「でも。」
海斗は少し考える。
「夢の中で、もう一度考えさせられた気がする。」
「完全って何なのか。」
玲は首を傾げる。
「完全って?」
「完全数は、自分自身を除いた約数の和が元の数になる。」
「つまり。」
「自分の中にある要素だけで、自分自身になる数だ。」
玲は少し考える。
「なんか……。」
「人みたい。」
海斗は驚く。
「人?」
「うん。」
玲は笑う。
「誰かに何かをもらって完成するんじゃなくて。」
「自分の中にあるものを全部合わせて、その人になる感じ。」
海斗はしばらく黙った。
数学的な説明ではない。
けれど。
なぜか心に残った。
「完全数……。」
「そして交互完全数。」
玲が呟く。
「似てるね。」
海斗は頷く。
「ああ。」
完全数。
交互完全数。
どちらも。
数字そのものの性質を表している。
しかし。
海斗には別の意味にも感じられた。
完全数は。
一つの調和。
交互完全数は。
違うものが交互に関わりながら、一つの形になるもの。
まるで。
自分と玲のように。
「海斗君。」
「ん?」
「また研究する顔になってる。」
玲が笑う。
海斗は我に返った。
「……悪い。」
「でも。」
玲は嬉しそうだった。
「いいと思う。」
「海斗君が好きなことを考えてる顔。」
海斗は少し照れた。
「退院したばかりなのに。」
「もう数学の話か。」
「いいじゃん。」
玲は笑う。
「私たちらしいよ。」
その言葉に。
海斗は自然と笑った。
やがて。
新幹線は名古屋駅へ到着する。
人々が立ち上がる。
荷物を持つ。
日常へ戻っていく。
二人も席を立った。
東京旅行は終わった。
しかし。
二人の時間が終わったわけではない。
海斗は心の中で思う。
完全数。
アリスモス。
そして。
交互完全数。
すべてが一本の線でつながっているような気がした。
ただの夢。
そう片づけることもできる。
けれど。
数学者である海斗は知っていた。
まだ証明されていないものを。
最初から存在しないと決めつけてはいけない。
可能性がある限り。
追い続ける価値がある。
そして。
その日から。
海斗は新たな疑問を抱き始めた。
完全数とは何か。
交互完全数とは何か。
そして。
数字に宿る「美しさ」とは何なのか。
その答えを探す旅が。
また始まろうとしていた。




