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9. 魔法使いの生まれ方






 その後、細々とした情報共有と、新人指導の方針が固まったところで、会議はお開きとなった。



 サロンで明日使うパンを作っていると、ジャックが紅茶のカップを両手に持って近づいてくる。

 差し出された片方を受け取り、礼を言う。


 ポツリ、ポツリと話し始めた店長補佐のジャックの言葉に、耳を傾ける。



「シュリー店長は言わなかったですけど、アザミ店長のためもありますからね」


「アレが私のためになる、か?」


「分かりづらい気持ちもわかりますよ。でもね、魔法使いってのの感覚はボク達には時に理解出来ないこともあるんですよねー、これが」



 アレは相談役もねていると説明をうけても、自分には理解できなかった。多分、私が魔法使いだからだろう。

 常人の考えというものが、時としてこちらがわからないように、シュリーには、シュリーなりの苦労があるのだと想像はできた。完全には理解出来ないだけで。



「だって、シュリー店長なら結婚もして、働きもすればいいじゃないかって考えそうじゃないですか」


「まあ、彼女なら言いそうだな」


「嬢ちゃんにはそれが難しいんですよ」


「…………」


「ひとつのことしかいっぺんに出来ない人もいますよ。嬢ちゃんから結婚の可能性を奪うってシュリー店長なりに心配してるんですよ」


「そうか」



 シュリーと私のためなら、雇った方がいい。

 ミネルヴァの今後のためを思えば、雇わない方がいいのかも知れないと、悩んだのか。シュリーは優しいから。しかし、なあ────。



「アレにはいらぬ心配のように思うが?」


「アザミ店長ならそう言ってくれると思いましたよ! よかったー。マジで」


「好きにさせてやれ。生粋の魔法使いとは、そういう生き物だ。自分なりの幸せとは何かをちゃんと選んだんだろう」



 なんせ、反感をかうほど貴族の申し出を断り続けたヤツだ。

 そう簡単に魔法使いの生き方というものを、曲げるとも思えない。これは私でも理解できる。


 育った世界は違えど、魔法を操れる、同じような生き物だから。



「魔法使いにとっての幸せの前では、他者が決めた女の幸せなんて、クソ喰らえくらいに考えていてもおかしくはない」


「あははっ!」


 


 生粋の魔法使いとは、探究者だ。

 実験を繰り返し、試行錯誤しこうさくごしなければ、魔法とはそこまで上手く使うことはできない。


 先天的な才能の差はあれど、魔法適正があったとて、自然に身につくものではなく、自分の意思で育てなければ、魔法の使い手は生まれない。


 生半可な努力では、生粋の魔法使いにはならない。


 アレの魔法はまだまだ下手だが、探究者として努力をおこたらなかった使い方をしている、生粋の魔法使いだ。


 

 そんなヤツは本当に愛する者ができた時に、その時に考えさせればいい。

 魔法使いなら、アレが働いて、旦那がメインで子を育ててもいい。人を雇うでも、やりようはいくらでもある。何なら、家で働けるだろう。


 そう説明すると、だからソレが難しい人もいるとダメ出しされた。



「無理か?」


「だって嬢ちゃんですから、まず、そんな考えもないんでしょう」


「他者の動かし方を知らないか」


「アザミ店長のそれは、かなり独特な考えだってボクは感じますけども!」


「──そうか。ふふっ、実に魔法使いらしい、効率的な考え方だろう」


「おぉ……これだから何でも思いついてやれちゃう天才は」



 世間の目を気にしなさすぎるとジャックに言われ、私はそもそも、この国どころか、この世界の常識にはうとい。気にする前に、ものを知らないから気にしようがない。

 私がいま商売できているのは、シュリーや周りの助けでなりたつものだ。


 働きに出たことがないミネルヴァはものを知らないが、そんな自分も大差ない。


 アレは働いたことはなくとも、教養はある。この国で育った彼女の方が、私よりも常識というものをちゃんと知ってはいると思う。

 知っている上で跳ねのけるかは、本人の在り方次第だ。結果は同じだが、私とミネルヴァは過程がちがう。



「常識知らずな上司で、働きづらくないか?」


「ぜーんぜん。──上はね、ゆるいくらいが丁度いいんですよ。それでいて、方針はしっかりしてますから、おかげでその下は動きやすい」


「そういうものか……」


「そういうもんです。アザミ店長とシュリー店長の実現したいことをサポートするのが、ボクと同期達の腕の見せどころなんですよ」



 仕事にやりがいがある、とズバッと言い切るジャックが、この店の店長補佐でいてくれて、とても頼もしく感じた。



 ジャックがサロンをあとにしたのを見計らって、問題のミネルヴァが姿をあらわした。




「──だ、そうだ。大人達の考えはわかったか」


「盗み聴きしてたのに怒らないんですの?」


「知られて困るような話を、私が聞かせる訳ないだろう」


「それもそうですわね」



 すまし顔のミネルヴァに、私は思わずため息をついた。


 きっと私と逆の、出会いに苦労した生き物だったんだろう。

 他者というものを信じられず、寝てても結界魔法を発動できるようになる環境とは、あまり想像したくない。


 けれど、ソレはソレ。

 苦労人とは思えど、私にもゆずれないものはある。



「話の通りだ、私はこの国のことにはうとい。私にとっての弟子とは、師匠が学ばせ、教え、導くものだ。学問をただ詰め込むだけじゃない。生活の面倒、その先の人生まで責任を取るような教え方をするのが、私にとっての師匠だ」


「そこまでして欲しいとは言ってませんわ」


「それはお前の考えで、私のとは違う。お前を弟子達と同列にしたくはない。勝手に師匠と呼ぶな」


「………ゔー、仕方ありませんわね」


「仕事で必要なことは教える。職場での呼び方は任せるが、働いているという自覚は持って欲しい」



 「わかりましたわよ」と不貞腐れて返事をするミネルヴァに就寝をうながす。


 私はパン作りと並行して、アレの魔法修行内容を、変更することにした。

 今回、他者の情報や視点を通して、ミネルヴァがどう見えているか、私も学ばせてもらった。


 仕事で教えたことをどのように、魔法の探究者として生かすか。それは、ミネルヴァ自身にゆだねようと思う。


 弟子として導くことは難しい。


 ただ教えることくらいは、今の私にもできる事だった。

 

 



 後日。


 シュリーのことはシュリー店長。

 ジャックのことはジャック補佐。

 私だけただ「先輩」と呼ぶあたり、まだまだ反抗期がにじむクソガキだなと思った。


 ちなみに私はアレに合わせて「後輩」と呼ぶようにした。


 それにより、ジャックが仕事中、「ミネルヴァ嬢」と呼び方をあらためたことで、職場で使う名称の不適切さをミネルヴァに体験させていたと気づいたらしい。


 しかし、プライベートでは変わらず「嬢ちゃん」と呼ばれることに対し、「『嬢ちゃん』はよしてくださる?」と返す流れは続いた。


 ジャックの新人指導はやはり厳しかった。






※7月2日の更新は朝9時30分予定です。


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