8. 新人従業員と指導者
「アザミ亭」での、朝食提供を開始してからしばらく、────最初の従業員との顔合わせをすませる。
店長であるシュリーと私の下につく、今後の新人育成にたずさわる、重要な中間管理職だ。
採用されたのは4名。
全員ラサール商会側から選出された、下は20歳から上は50歳までと幅広い。
ひとりはシュリーに付き、店長補佐として、将来は書類仕事をメインにたずさわる人物である。
残り3名はサロンでのランチ提供と土産屋だ。
昼はサロン内でラサール商会から仕入れた紅茶の茶葉や、自家製ラスク、ナッツ類など、持ち帰り出来るものを売り出す予定である。
まぁ、端的に言うと、パンの切れ端など、この店で提供して余ったものを利用した加工品、テイクアウトでも楽しめる品や関連商品の販売だ。
朝は会計する場所で、ラスクの販売をはじめたが、それを昼にズラすカタチになる。
まずは現場の空気感を肌で感じてもらうため、モーニングの時間帯に配置する。
朝4時からは流石に可哀想なんで、6時から8時の2時間だけにした。
お会計係。
スープ、卵係り。
皿洗い係り。
クルミパンとラスク売り場。
私は固定でトースト係だ。
魔法で座席の整理、清潔を保つのも忘れない。
やることの規模が小さいから、そんなに難しいこともない。長テーブルを利用して、横一列に並ぶ。
客もそれに合わせて盆を横にスライド移動させ、最終的に会計場所にたどりつく。
ちょっと客には手間だが、ラスクとクルミパンだけ、売り場を別にさせてもらった。
昼の営業の練習だと来た人々に説明すれば、「頑張れよー」なんて、結構気さくに新人従業員に話しかけていた。
慣れたらローテーションして、持ち場を変更する。
8時まで働いたら、次はシュリーに引き継ぐ。
私とシュリー同様、ゆっくりまかないや軽食を食べながらミーティングをして、それが終われば私は寝る。
シュリーに付いて回り、9時から次の日の仕入れ作業。
それが終われば昼の営業に向けての準備や勉強会だ。
大体15時頃には起きる私に合わせ、16時まで情報交換や、何かしらしている。
新人従業員は、店長補佐ともう1名が屋敷の2階に住むのを希望したので、部屋を与えてある。
残り2名は既婚者で、自宅に帰っていた。
「それにしても、みなよく働くな」
「全員、温厚なバゲットサンド信者です」
「あー……なるほど。それは平和だ」
バゲットサンドは中身の具材で争いが起きないかとヒヤヒヤしたが、自分の好きもあるけれど、他者の好きも認めている者が多い。
食パン過激派とクルミパン過激派の一部は、見習って欲しいものである。
それでも、従業員達のやる気のみなもとが食べ物だというのがわかったところで、予定よりはやいがお試しでバゲットサンドの販売をはじめた。
売る時間が朝の提供時間なのは変わらない。いつもの朝食メニューを作る私と合わせ、何回か昼のメニューの簡易版を従業員が提供。
何となく流れがつかめ、改善と試行錯誤を繰り返し、マニュアル作りが終わる。そして、次の求人募集をかけた。
販売方法は朝と大差ない。
客がお盆を移動させ、会計をすませて席に着く。食器の返却はそのまま客がするので、給仕する人員はなし。
少々テーブルや床を綺麗にする係がいるだけだ。
今いる従業員の育成が終わり、新規で4名が追加された。
今度は私がいないお昼に、テラスでテイクアウト販売を開始する。冷たいアイスティーとクルミパン。
サロンの一角では、土産屋もはじまった。
先輩と後輩のセットで計10名。
私には新人の魔法使いがついた。
──担当場所─────────────
料理人:アザミ店長、新人魔法使い
事務、仕入れ:シュリー店長、店長補佐
売り場、提供:6名
───────────────────
既存の6名合わせ、新人が4名。
マニュアル化された販売方法を教えるのは、さほど手間でもなかった。────私以外は。
「いらっしゃい。今日は早いな」
「年寄りは朝がはやいですからな」
「いうほどの歳でもないだろう」
「貴方様は相変わらず世辞が上手いな。モーニングをひとつ、バター多めで頼みますぞ」
お世話ではないが、深掘りするのはやはりやめておいた。
食パン過激派筆頭の商会長は、ほぼ毎日店に顔を出す。
客もまばらの店内、会計すぐ横のカウンター席が、商会長のお気に入りの席だ。
「ところで、どちらで拐かしてきたのやら」
「いや。私が知りたい。一度店に来たくらいで、────」
「弟子入りを断ったと報告はきてますが、あのシュリー君の面接をくぐり抜けて来るとは、なかなかやるじゃないか」
「はぁ〜……」
私よりよほど出生のわからぬ魔法使いで、元は孤児だ。
教会の孤児院で成長と共に魔法適正があるとわかり、ある程度の年齢になってから、貴族や豪商、能力のある平民が集まる、王立学園に在籍していた。
権力者の後ろ盾も養子になるのも断り続け、どこぞの貴族の反感を買ったのか、この街で売り飛ばされそうになったところを逃げて来たと。
すでに18歳。この国の成人年齢に達してはいるが、働きに出たこともないようで、教養はあるがいかんせんものを知らない。
シュリーが何を思って採用したかは定かではないけれど、新人教育を任された私には頭の痛くなる話だった。
「お師匠様! 何で起こしてくださらないの!? 早めにお店を開けるなら、わたくしにも教えて欲しいですわ!」
「はぁ〜……客の前でわめくな。師匠はやめろ店長と呼べ」
「まぁまぁまぁ。マルコス・ラサール様、ごきげんよう。いい朝ですわね」
「ごきげんよう、レディ・ミネルヴァ。ははっ朝から元気だな」
「嬢ちゃーん。はいはい、戻りますよー。マルコス様とアザミ店長の邪魔しなさんなー。はい、嬢ちゃんも復唱。それでは皆様ごきげんよう」
「ちょ、ちょっと、あぁ〜、みなさまごきげんよ〜──…………」
どこからかあらわれた店長補佐のジャックに、ズルズルと引きずられるようにして、新人魔法使いのミネルヴァは退出した。
若干20歳にして店長補佐に配置されただけあって、ジャックは人をよく見ている。早くから商会に預けられて行儀見習いをしていたらしく、経歴だけでみれば長い。
一見どこにでもいるような顔立ちで無害そうに見えるけれど、柔らかな物腰で新人指導は厳しく、同期と上司からしたら鬼のように気が利きく男だった。
裏で怒られているミネルヴァと、ジャックの説教を魔法で盗み聞きし、ニマニマしている商会長へ向き直る。
「今日は夕方も顔を出す。酒でも持ってくるとしますかな」
「ならばピザトーストでも焼くか、──商会長は辛い物は食えるか?」
「それなりに」と返事があったところで、私は入店してきた新たな客のために、モーニングセットを用意した。
自家製タバスコを添えたピザトーストを出してから、私たちはサロンの一角で報告会をおこなうことに。
新人従業員4名が入って1週間。
店長2名、店長補佐1名、指導者3名、商会長1名を含めた計7人で、腹を割る会議がはじまった。
話題はもっぱら問題児の新人魔法使いミネルヴァのことについてだった。
なぜアレを採用したのかについて、人事担当の店長シュリーと店長補佐ジャックは、お互い顔を見合わせた。
その内容は私が予想していたよりも、重いものであった。
「貴族からの後ろ盾ってようはパトロンですよ。養子はどこぞに嫁がせる前提かなーと。1番よくてせいぜい妾でしょう」
「女性の魔法使いというものは、結局、能力より子どもを生むのを期待されています。当の本人は働きたいみたいで」
「シュリー店長は採用を迷ってましたけど、迷ってるなら雇えよと思いまして。女のことはわからないんで、そこはシュリー店長におまかせで、魔法使いのことはやはりボクにはわからないから、アザミ店長におまかせで。他はボクが請け負うんで、若いだけですよアレは」
「ははっ若いジャック君が言うのも、おかしな話ではあるな」
「マルコス会長達からしたら若いかもですけど、ちゃんと能力があってやる気のある奴は多少問題でも、誤差です誤差。今はやる気が空回りしてるだけですよ。若さゆえにね! ね、アザミ店長」
「なぜ私に話をふった?」
ジャックに言わせると、この店で1番問題があるのは私。うむ。急に刺されたが、返す言葉はない。
なんせ夜型。接客の愛想はない。それでも食べに来る人が大勢いる。
能力があって、一見ハンデのような生活週間を生かした販売スタイル。
新人魔法使いミネルヴァは、朝向きではないけれど、昼間は化けると。
「だってミネルヴァ、朝4時にバッチリメイクでアザミ店長に突撃しにいける、ガッツのある陽キャのギャルですよ。昼の女性客にはウケがよさそうでしょ、華やかで」
「私は昼はわからん。どう思う?」
「そうですね。少し昼の販売をメインでやらせてみても、いいかも知れません」
「わかった。料理と魔法修行は空いた時間にしよう。ただ、やはり夜と早朝は引き続き寝かせてやりたい。アレはまだ成長期だ」
「そこはよーくボクから本人に言い聞かせておきます」
本人の希望でこの屋敷の2階に住んでいるが、やはり一回ラサール商会の女子寮にうつることになった。
そちらにはシュリーもいるので、出勤時間もあわせる。
店長補佐のジャックは新人に厳しい。
けれど、厳しい反面、ちゃんと人のことをよくみているから、良いところも見つけてくれる。
言っても嫌われないのは、それ以上に普段からコミニュケーションが取れている信頼の証拠だった。




