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7. アザミのやりたいこと







 副都カルルン。居住区の平民向け住まいの端。


 ラサール商会から屋敷を借り受け、次の日の早朝にはハチミツ入りの、ほんのり甘いクルミパンと、氷水をテラスで売り出していた。


 テラスのウッドデッキを作り替え、日除け兼雨避けもつけた。


 大きな通りに面した屋敷の脇にある小道から、開かれた木製門を通り抜け、芝生と花々が整えられた、庭園と石畳みを進む。


 クルミパンを売り出しているテラスにたどり着くまでの道のりは長いが、ラサール商会の関係者が宣伝してくれたおかげで、朝早くともポツポツと客はくる。

 小道へ入る手前に、分かりやすい看板を掲げたので、その効果もあるかも知れない。


 テラス席はもちろん、庭園のあちこちに設置したベンチへ腰掛け、クルミパンの味を楽しんで帰る。

 ひとつ買って味を確かめてから、まとめて購入し、店をあとにする者もいた。


 夜にクルミパンを量産し、早朝は私が売り、私が寝る頃に、あとを引き継いだシュリーが売り切る。


 大体昼過ぎにはなくなるので、その後はハチミツ以外の仕入れをシュリーがして、夕方二人が揃う。

 シュリーが帰宅したら、今度は私がクルミパンを作ってと、役割分担をしていた。



 そんなこんなで1週間。

 クルミパン販売とは別に、屋敷内のサロンの内装を進めていたが、夕方、その現場に職人を引き連れた商会長が突撃してきた。



「ラサール商会でも使えると思ってな。昼間は好きにしていい。夜は従業員の勉強会とか、試食会とか、試食会とか」


「コチラは構わないが……」


「食パンがはやく食べたいだけですよね?」



 内装費用はコチラ持ちだが、テーブルなどの家具は明後日にでも商会長が入れてくれると。

 内装費のため、小遣い稼ぎにしばらくラサール商会に氷を降ろさないかと言われ、ふたつ返事でOKした。


 この屋敷で作って、貴族側に売るらしい。

 貴族達の屋敷が近いので、立地的には確かに最適だ。

 そちらは旧正面玄関から商会関係者が出入りするので、客の通り道ともかぶらない。


 今はクルミパンと氷水だけだが、サロンの稼働が早まるなら、こちらも人手を増やすことにした。


 朝食くらいなら私だけでも回せるが、昼も営業したいという店長の片割れがいるので、人事は彼女に任せることにした。


 ただ、急には増やさない。


 最初の従業員が慣れたら、次を入れてと、今後の新人育成にたずさわる、重要な中間管理職だ。

 ようはただ働くだけではなく、誰かに教える能力を兼ね備えた人材が望ましい。


 バラバラに採用するより、同期という仲間がいた方が心強いだろうと、働くスタート時期は一緒にする方針でまとまった。




 屋敷内部。痛んでいる箇所の配管を取り除き、新たに鉄で補強する。

 金属加工はあまり得意ではないが、パンを量産したおかげで、火魔法などの原始魔法は、前と同じくらい調整が進んでいた。


 夜空もある程度は飛べるようになり、ハチミツの洞窟も数箇所見つけてある。厚いガラス瓶作りも前よりスムーズだ。


 甘味のチカラは偉大だが、争いの火種にもなるので、ストック分は金庫に厳重に仕舞ってある。シュリーの恨めしそうな目は無視するしかない。


 なんでも洞窟から取れるこのハチミツ、一般のハチミツよりも非常に採取が難しいらしく、あまり庶民には出回ってないという。

 味もよく、材料費がタダなら、使わない手はない。──── クルミパンに何が使われているかは闇に葬ることになった。




「ああ、そうか。厨房を使うのか。失念していた」


「もぉうっ!? 自分が使わないからってヒドイです」


「……すまん。で、何がいるんだ?」


「包丁とかまな板とか、アザミ様が寝ている時の洗い物とか、細々としたモノも入り用ですから」


「食器やコップもいるか。──いや、先にメニューを決めてしまおう」



 朝食のメニューは決まっている。

 食パンは外せない。

 トースト、ゆで卵、カップスープ。

 セットメニューで固定だ。


 クルミパンは別売りで、こちらだけは店内で食べても、これまで同様持ち帰っても構わない。氷水も同じあつかいだ。



 昼のメニュー決めは難航した。

 いや、食パン派とクルミパン派の争いが激化したので、────温厚なハードタイプ愛好家のパンを独断と偏見で採用した。



 昼はバゲットサンドとサラダをワンプレートで、それに飲み物がついたセットで売り出すことに決まった。


 お盆、平皿、カップ、コップ類は自作。


 カトラリーと合わせ、調理道具などはラサール商会系列でそろえることになった。


 調理の火は極力使わない。

 パンは夜に私がまとめて焼くので、むしろ、必要ない内容に寄せた。



 何日か素材集めに木の伐採や、砂の採取、粘土層の開拓が始まり、夜空を飛び回る羽目になった。


 木製の盆と平皿。

 ガラスのコップ。

 陶器のカップ。


 毎朝、増えて積み上がる食器類。作り終わった時の達成感そのままにシュリーに「少し休みましょう」とうながされ、店に休日をもうける事にした。


 

 異世界にきてから1ヶ月がすぎ、私は久しぶりに何も考えずに寝た。


 目を覚ましたのは真夜中。

 海辺まで移動し、満点の星空の下、魚を焼いてゆっくりと食事を楽しみ、あの農夫の元へトマトを買いに行った。


 土産の魚の干物を笑って受け取り、農夫の水筒に氷水を勝手に足して、トマトを買い、齧り付く。



「──やはり、このトマトが1番美味いな」


「なんでぇ。めても何も出んぞぉ」


「折り入って貴方に相談があるんだが」


「どした?」



 たまに遊びに来てもいいかと申し出たら、「いつでも来い」と、────やはり笑顔で言われた。


 毎日は無理でも、こうやってたわいない話をする友人ができたことで、日々の生活に安息と彩りが生まれた気がした。


 ラサール商会という後ろだては大きい。


 安心して寝られる屋根のある住処もある。


 私を気遣い、休もうと遠慮なく言ってくれる、そんな対等な相手もできた。


 あとは、私がやりたいことをやるだけだ。





「いらっしゃい」


「モーニングをひとつ頼む」



 切られた食パンを宙に浮かせ、魔法であたため、焼いてトーストに。

 バターをのせると余熱でとろりと溶け、目に見えて美味そうなそれを皿にセットする。

 並行して湯気の上がるスープとゆで卵を盆に乗せて、会計を処理した。


 朝食セットと金のやり取りはカウンターで済ませ、客は盆を持って空いている好きな席に座る。


 幸いサロン内は広く、席数は多い。メニュー固定で私が複数の魔法を同時展開で操るから、食事の提供時間も短い。

 回転率もいいので、今のところ席が埋まるということもなかった。


 様々な雑多な椅子やソファ、テーブルが、今日の気分や、お気に入りの場所を作り出す。


 食べ終わったら、所定の場所にお盆ごと空の器を返却すればいい。


 モーニングの提供は朝4時から8時まで。


 シュリーにそんな早くからと言われたけれど、店が開いてることに意味がある。

 出だしは人がまばらだが、客がいない訳じゃない。


 客層は様々だが、夜勤明けや休憩中なのか、身なりや体格のいい男達がよく顔を出すようになった。


 巡回の騎士が、クルミパンと冷たい水を買い求めに寄るなんてのも、日常になりつつある。


 それに比例して、子連れ客もいついたと報告したら、シュリーは何も言わなくなった。なんなら、いつの間にか子ども用のカトラリーがそっと増えていた。

 こういう私では気が回らないところをフォローしてくれる、同僚のありがたみを感じた。


 魔法の光の灯る室内で、安心して、出来立ての食事を取れる場所があるというのは、それだけで価値がある。



 最初は、自分が石混じりのパンを食いたくないと思った。


 次に、魔法使いにとって、魔法を試すのは料理が1番ムダがないと、パンを売りはじめた。


 寝る場所にも苦労していた自分が、今あるのは、誰かのおかげでもある。

 大変なこともあったが、それ以上に人のありがたみというものを教えられた。


 自分の目の届く範囲で、無理はしない。


 魔法使いとしての魔法精度向上もつづけるが、多分、私の1番やりたいことは、ちょっとした日常の提供なんだと思う。




 今度は、自分と誰かのために、──安心の先にある、美味しく感じられるパンを焼きたいと思った。






   ─────────────────

      異世界にブッ飛ばされた

         魔法使いが

     モーニングカフェ「アザミ亭」

        をはじめるまで

   ─────────────────

               つづく→


 




-おまけ小話-


会長「昼こそ食パンだろう」

シュリー「いーえクルミパンです」


モブA「どっちも美味しいから迷うなー」

モブB「アザミさまのところは、普段食べる堅焼きのパンは作ってないんですか?」

アザミ「うむ。いま採用した」


会長・シュリー「「え?」」



※次の更新は6月30日朝4時00分予定です(笑)。


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