6. 魔法使いか、魔法の研究者か、パン屋か、水売りか──。
「ずいぶんな広さだな」
「差し押さえた屋敷がこちらに流れて来て、そのまま買い手もつかず」
「立地はよさそうだが──」
「良すぎるのも問題で。下手な者には売れんのですよ」
居住区の平民向け住まいの端。
貴族達が住む屋敷も近い。
ラサール商会の11代目。紳士である商会長に連れてこられた屋敷の門をくぐり抜ける。
正面で馬車を降り、従者や護衛を引き連れた商会長に続いて、私も玄関から屋敷へ足を踏み入れる。
この国の流行りに疎い私にはわからないが、この屋敷の造形はかなり古いらしい。
それでも、しっかり造り込んであり、建て替えするほどでもない。私からすると味のある屋敷だと思う。
1階部分は客をもてなすために、どこも見栄え良く作られており、特にサロンは広い。
そのままテラスから中庭に続く間取りになっていた。
2階部分は主賓室などの生活スペース。
「ホテルにするのが無難だと思うが」
「豪商でも外の商人がこの区画まで大勢入ってくるのは、少々さわりがありましてな」
「…………そうか」
そうなってくると、住民向けしかない。
貴族の屋敷の近さもある。
おかしいな。氷水や湯を売りにきたのに、私はいったい何に付き合わされているのやら。
だが、こういう問題に時間を割くのは、別に嫌いではない。
「この屋敷を維持出来て、儲けが出ればいいんだな」
「はい」
「──調べる。少し待て」
床に手をかざして、屋敷に魔力を流し、鑑定魔法と並行して内部構造を調べる。
配管が通っており、厨房、風呂場、トイレに繋がっていた。水洗トイレか。配管が2箇所ほど痛んでいるところもありはするが、下水処理の管の通りもしっかりある。
耐震性もあるし、地盤も確か。雨漏りはない。
テラスのウッドデッキは張り替えが必要。
庭はやや荒れてはいる。裏庭に井戸を発見した。
屋敷の裏手のおそらく離れだろうか、コチラはもっと古い造りで、崩れてしまう前に壊した方がいい。
そう説明すると、先をうながされた。
「中庭側の塀を抜いて、そちらから出入りすれば、貴族側からは見えないだろう。サロンが使えれば、大体のことは出来る」
「貴方様なら何を商売しますかな?」
「…………そうだな。ひとりなら朝食か」
「二人なら?」
「人によるだろう」と答えた私に、今度は人を紹介された。
ラサール商会の従業員だという、モノクルの似合う女性で、大体のことは出来て、特に会計が得意だと。
流石に話の流れがおかしすぎると、商会長にどういう事か説明を求めた。
「貴方様は仕事ができる場所を探している。出来ればパンと水が売りたいと」
「う、うむ」
「ですから、ラサール商会が提供できそうな、候補地を提示してましてな。あまりせわしないのはお好きじゃないとのことで──」
商業区ではなく、住民向けにするなら、店舗を構えるのが手っ取り早い。
下手な者には売れない物件だけれど、私に貸すことはできると。
野ざらしの露店の規模で考えていたのに、いきなりスケールが大きすぎる。
ようはラサール商会所属になれば、維持さえしてくれれば屋敷は好きに使っていいらしい。
「屋敷を貸しあたえるなど、そこまでするか」
「本音はあげたいくらいですな。貴方様はそれを嫌がりそうだと何となく思いまして。人はつけます。好きに使ってくれてこちらは構わない」
「私の作ったモノの味も知らずにか?」
「出生のわからぬ魔法使いなんて夢のような人物、商人にとっては喉から手が出てしまうほど、美味しい話なのですよ」
どこの血が混じっているかも定かではなく、貴族も同業者もおいそれと手出しができない。
わからないなら、わからないなりに、それが抑止力となり、いらぬ争いを起こさない。
それで何かしてくるような愚か者は、ラサール商会がどうとでも出来るレベルなので心配ないと。
たぶん、いつかは通る道だ。
国か、教会か、豪商か、病院か。
この世界の魔法使いの希少性を考えたら、いずれどこかに所属はしただろうなと思う。遅かれ早かれ。
その中でも、商会に所属するのは、おそらく1番自分には合っていそうではある。
信じる神も違ければ、仕えていた国とも違う。
異世界に来てから約1ヶ月。ここら辺の心情は、まだ折り合いがつかないところではある。
屋敷をポンと与えられる経済力、好きにさせてくれるその自由度の高さ。
私に何をさせたいかではなく、何をしたいかを考えてくれる、マルコス・ラサールの、商会長の懐のデカさがうかがえた。
「わかった。世話になろうと思う」
「ははっ即決ですか。詳しい話はまた明日以降で──シュリー君、あとは任せたよ」
「はい、マルコス会長」
モノクルが似合う女性──シュリーと挨拶を交わし、何でも申しつけてくれと言われたので、夕方まで休むと宣言する。
夜型にはまぶしい太陽光を浴びつつ、今日の宿を物色して、直ぐにベッドへ横になった。
起きてシュリーと合流した私は、買い物しながら、これからのことを話し合った。
目をつけていた小麦などを買い、農場でミルクを買い求める。
屋敷──今後、店舗となるわけだが、改装と並行して、売れそうなモノは先に販売を開始する。
大まかな構想や配置を出し合い、サロンの内装は彼女に任せる。庭とテラスは私が請け負った。
私の事を「店長」と呼ぶシュリーに、お前も店長だと、責任の半分を押し付けた。
シュリーが帰宅してから、さらに夜市を物色する。
宿の部屋にこもり、パンを作り、朝に合流したシュリーへ、パンのいくらかを預ける。
店長二人、まずは何をどう売り出すかを決めるため、この街の需要を知るところからはじめた。
堅焼きのパンは商業区の大門付近で売りさばいた。忙しないし、値切り交渉が普通なので、やはり自分には向いてないと再確認した。
彼女の方はどうだったかと、ラサール商会の本店である、布を取り扱う大きな店に顔を出した。
「こちらの食パンと、甘いクルミ入りのパンが人気でした」
「やはり柔らかい方がウケがいいか」
「マルコス会長は食パンがいいと」
「なんだ、もう店にいるのか?」
重役とは遅く出勤するものだと思っていたが、そういえば昨日もこの時間にいた。商人の勤勉さには、私も敵わない。
ラサール商会の従業員に試食してもらった結果、食パン、ハチミツ入りのクルミパンがダントツで人気だったらしい。
せっかくだからと、書類をたずさえて部屋に入って来た商会長に、あまりモノの食パンの表面を焼いたトーストを食べてもらった。
「おおぉ、こいつはすごい。いくらでも食べられそうだ」
「バターを乗せてもいい」
「誰か今直ぐバターを持って来てくれ」
これは絶対に店に出した方がいいという商会長に、自分が食べたいだけでしょうと、半眼になったシュリーの返しが辛辣だった。
私の作ったモノの味を知った商会長だが、それでもこちらの好きにさせてくれる姿勢に、好感が持てた。
ラサール商会と正式な雇用契約を結び、雇われ店長として、屋敷の管理も一気に任された。
それにともない、私は屋敷の2階部分に住むことにした。
最低限の管理はされていたため、屋敷全体にクリーンの魔法をかければ、自分ひとりが寝るくらいなら問題ない。
業者を呼ぼうとしたシュリーを止め、庭の芝を刈り取り、塀をくり抜いて出入りする位置を変えてしまう。
屋敷の裏手にある古い別館をバラし、仕分けして使えそうな素材を確保する。
庭園の花の植え替えやら、木の剪定、門作りに、テラスまでの道作りをあっというまに終わらせた私に向かって、「ハウスキーパーか庭師か大工か左官屋でもはじめますか」と、冗談なのか本気ともわからぬセリフをシュリーに吐かれた。
ハチミツ入りのクルミパン過激派の彼女に、まずはそれを売ろうと提案すると、パンを売る気になってくれた。やはり甘いもののチカラは偉大である。




