表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/12

6. 魔法使いか、魔法の研究者か、パン屋か、水売りか──。






「ずいぶんな広さだな」


「差し押さえた屋敷がこちらに流れて来て、そのまま買い手もつかず」


「立地はよさそうだが──」


「良すぎるのも問題で。下手な者には売れんのですよ」



 居住区の平民向け住まいの端。

 貴族達が住む屋敷も近い。


 ラサール商会の11代目。紳士である商会長に連れてこられた屋敷の門をくぐり抜ける。

 正面で馬車を降り、従者や護衛を引き連れた商会長に続いて、私も玄関から屋敷へ足を踏み入れる。


 この国の流行りにうとい私にはわからないが、この屋敷の造形はかなり古いらしい。

 それでも、しっかり造り込んであり、建て替えするほどでもない。私からすると味のある屋敷だと思う。


 1階部分は客をもてなすために、どこも見栄え良く作られており、特にサロンは広い。

 そのままテラスから中庭に続く間取りになっていた。


 2階部分は主賓室などの生活スペース。



「ホテルにするのが無難だと思うが」


「豪商でも外の商人がこの区画まで大勢入ってくるのは、少々さわりがありましてな」


「…………そうか」



 そうなってくると、住民向けしかない。

 貴族の屋敷の近さもある。


 おかしいな。氷水や湯を売りにきたのに、私はいったい何に付き合わされているのやら。


 だが、こういう問題に時間を割くのは、別に嫌いではない。



「この屋敷を維持出来て、もうけが出ればいいんだな」


「はい」


「──調べる。少し待て」



 床に手をかざして、屋敷に魔力を流し、鑑定魔法と並行して内部構造を調べる。


 配管が通っており、厨房、風呂場、トイレに繋がっていた。水洗トイレか。配管が2箇所ほど痛んでいるところもありはするが、下水処理の管の通りもしっかりある。


 耐震性もあるし、地盤も確か。雨漏りはない。

 テラスのウッドデッキは張り替えが必要。

 庭はやや荒れてはいる。裏庭に井戸を発見した。


 屋敷の裏手のおそらく離れだろうか、コチラはもっと古い造りで、崩れてしまう前に壊した方がいい。


 そう説明すると、先をうながされた。



「中庭側の塀を抜いて、そちらから出入りすれば、貴族側からは見えないだろう。サロンが使えれば、大体のことは出来る」


「貴方様なら何を商売しますかな?」


「…………そうだな。ひとりなら朝食か」


「二人なら?」



 「人によるだろう」と答えた私に、今度は人を紹介された。


 ラサール商会の従業員だという、モノクルの似合う女性で、大体のことは出来て、特に会計が得意だと。

 流石に話の流れがおかしすぎると、商会長にどういう事か説明を求めた。



「貴方様は仕事ができる場所を探している。出来ればパンと水が売りたいと」


「う、うむ」


「ですから、ラサール商会が提供できそうな、候補地を提示してましてな。あまりせわしないのはお好きじゃないとのことで──」



 商業区ではなく、住民向けにするなら、店舗を構えるのが手っ取り早い。

 下手な者には売れない物件だけれど、私に貸すことはできると。


 野ざらしの露店の規模で考えていたのに、いきなりスケールが大きすぎる。


 ようはラサール商会所属になれば、維持さえしてくれれば屋敷は好きに使っていいらしい。



「屋敷を貸しあたえるなど、そこまでするか」


「本音はあげたいくらいですな。貴方様はそれを嫌がりそうだと何となく思いまして。人はつけます。好きに使ってくれてこちらは構わない」


「私の作ったモノの味も知らずにか?」


「出生のわからぬ魔法使いなんて夢のような人物、商人にとっては喉から手が出てしまうほど、美味しい話なのですよ」



 どこの血が混じっているかもさだかではなく、貴族も同業者もおいそれと手出しができない。

 わからないなら、わからないなりに、それが抑止力となり、いらぬ争いを起こさない。

 それで何かしてくるような愚か者は、ラサール商会がどうとでも出来るレベルなので心配ないと。


 たぶん、いつかは通る道だ。

 国か、教会か、豪商か、病院か。


 この世界の魔法使いの希少性を考えたら、いずれどこかに所属はしただろうなと思う。遅かれ早かれ。


 その中でも、商会に所属するのは、おそらく1番自分には合っていそうではある。


 信じる神も違ければ、仕えていた国とも違う。


 異世界に来てから約1ヶ月。ここら辺の心情は、まだ折り合いがつかないところではある。


 屋敷をポンと与えられる経済力、好きにさせてくれるその自由度の高さ。


 私に何をさせたいかではなく、何をしたいかを考えてくれる、マルコス・ラサールの、商会長の懐のデカさがうかがえた。



「わかった。世話になろうと思う」


「ははっ即決ですか。詳しい話はまた明日以降で──シュリー君、あとは任せたよ」


「はい、マルコス会長」



 モノクルが似合う女性──シュリーと挨拶を交わし、何でも申しつけてくれと言われたので、夕方まで休むと宣言する。

 夜型にはまぶしい太陽光を浴びつつ、今日の宿を物色して、直ぐにベッドへ横になった。



 起きてシュリーと合流した私は、買い物しながら、これからのことを話し合った。


 目をつけていた小麦などを買い、農場でミルクを買い求める。


 屋敷──今後、店舗となるわけだが、改装と並行して、売れそうなモノは先に販売を開始する。


 大まかな構想や配置を出し合い、サロンの内装は彼女に任せる。庭とテラスは私が請け負った。


 私の事を「店長」と呼ぶシュリーに、お前も店長だと、責任の半分を押し付けた。




 シュリーが帰宅してから、さらに夜市を物色する。

 宿の部屋にこもり、パンを作り、朝に合流したシュリーへ、パンのいくらかを預ける。


 店長二人、まずは何をどう売り出すかを決めるため、この街の需要を知るところからはじめた。


 堅焼きのパンは商業区の大門付近で売りさばいた。忙しないし、値切り交渉が普通なので、やはり自分には向いてないと再確認した。


 彼女の方はどうだったかと、ラサール商会の本店である、布を取り扱う大きな店に顔を出した。



「こちらの食パンと、甘いクルミ入りのパンが人気でした」


「やはり柔らかい方がウケがいいか」


「マルコス会長は食パンがいいと」


「なんだ、もう店にいるのか?」



 重役とは遅く出勤するものだと思っていたが、そういえば昨日もこの時間にいた。商人の勤勉さには、私も敵わない。


 ラサール商会の従業員に試食してもらった結果、食パン、ハチミツ入りのクルミパンがダントツで人気だったらしい。


 せっかくだからと、書類をたずさえて部屋に入って来た商会長に、あまりモノの食パンの表面を焼いたトーストを食べてもらった。



「おおぉ、こいつはすごい。いくらでも食べられそうだ」


「バターを乗せてもいい」


「誰か今直ぐバターを持って来てくれ」



 これは絶対に店に出した方がいいという商会長に、自分が食べたいだけでしょうと、半眼になったシュリーの返しが辛辣しんらつだった。


 私の作ったモノの味を知った商会長だが、それでもこちらの好きにさせてくれる姿勢に、好感が持てた。



 ラサール商会と正式な雇用契約を結び、雇われ店長として、屋敷の管理も一気に任された。


 それにともない、私は屋敷の2階部分に住むことにした。

 最低限の管理はされていたため、屋敷全体にクリーンの魔法をかければ、自分ひとりが寝るくらいなら問題ない。



 業者を呼ぼうとしたシュリーを止め、庭の芝を刈り取り、塀をくり抜いて出入りする位置を変えてしまう。

 屋敷の裏手にある古い別館をバラし、仕分けして使えそうな素材を確保する。


 庭園の花の植え替えやら、木の剪定せんてい、門作りに、テラスまでの道作りをあっというまに終わらせた私に向かって、「ハウスキーパーか庭師か大工か左官屋でもはじめますか」と、冗談なのか本気ともわからぬセリフをシュリーに吐かれた。



 ハチミツ入りのクルミパン過激派の彼女に、まずはそれを売ろうと提案すると、パンを売る気になってくれた。やはり甘いもののチカラは偉大である。


 



 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ