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4.足の小指をぶつけバナナの皮で滑って転べ馬に蹴られろとまでは言わない。






「おぉ〜い昨日ぶりだな。そこらで寝てたのは見たんだけんども、元気かぁ」


「ああ、おかげさまで。昨日は世話になったな」




 クルミパンを売っていると、台車に野菜を乗せた農夫が手を振って近づいてきた。


 ゴザを敷いて隣のスペースへ野菜を並べはじめた。

 私と同じく露天で売るみたいだ。

 箱に入っている瑞々しい大ぶりのトマトをひとつ買わせてもらった。


 向こうはコチラが売っているクルミパンを購入し、早速齧り付いていた。



「んー! ──んぐっ。ひぇ〜うめェな〜。アンチャンその顔でパンも焼けるんか。さぞ嫁の貰い手は困らないだろうなぁ」


「『お兄さん』という歳でもないんだが」


「何を言うとる。冗談はそのおキレイな顔だけにせェ」


「う、うむ……」



 冗談なのか、本気かわからないので、深くはつっこまずに流すことにした。


 ほぼ毎日野菜を売りに来ているという農夫。城壁内に入るのに、あの高い入場料を毎度払っているのかと思えば、違った。



「『準市民』か」


「んだ。もっと奥に高い壁の検問を作るんだと」



 よそ者は入場料、井戸や洗い場の利用に金もかかると思っていたら、徴収された金のほとんどは検問所の建築費用に回される仕組みらしい。

 今は準市民の扱いの農夫だけれど、将来は正市民になる。

 地元民なら街に入るのに、微々たる金しか払っていないと。



 雑談している間に、クルミパンは完売。

 昨日と同様、広場の木の影に入り、幹を背にして休息を取った。


 夕方に仕入れ、夜に作り、早朝にパンを売る。


 長かった髪は金に換えるため、早々にカツラ屋へ売った。アゴのラインで切りそろえられた髪型は、案外気に入っている。

 元の世界は魔力を溜め込むために、魔法使いは長髪が基本だったが、コチラは豊富な魔素があるため、それも必要ない。なんなら重すぎたくらいだ。


 途中、寝ている間にザルや竹テーブルなどを盗まれるトラブルもあったが、なんとか無事だ。


 テーブルはバラせる組み立て式にし、竹編みの背負いカゴを作って、全ての荷物を持ち運べるようにした。


 パンを無断で持っていこうとしたり、難癖をつけるヤツもいたので、魔法使いだとわかるよう、大っぴらに魔法を使ってみた。それが功を奏したのか、変なヤカラはある程度いなくなった。


 それでも増えた荷物に、拠点が欲しい。

 屋根のある、安心出来る寝床が欲しい。


 異世界生活1週間。


 私はあるパン屋へ交渉を持ちかけた。






「へぇ。この作り方は確かに、手間はかかりそうだがよく膨らむな」


「魔法を使わず手で作るなら、金型も必要だと思う」


「知り合いの金物屋に聞いてみる。『食パン』が作れれば、痛い出費でもない」



 仕入れ先の商店に、パンの中の石の混入物が「マシ」と言わせたベーカリー。


 魔法でイースト菌を抽出することなんて一般人には無理なので、レーズンを用いた天然酵母の作り方、酵母の取り扱いの注意点。それを使った、人気の食パンのレシピを教えた。


 日持ちするハードタイプのパン主流の街で、ふかふかの食パンは売れるのかと最初は謎だったが、売り出したら1番の人気商品になっていた。

 新作を売る前に、試食させたのが効果的だったらしい。毎度、値段設定を一緒に手探りで悩んでくれた人々には感謝だ。


 噂が噂を呼び。露天売りのパンが美味しいとは、店を構える市民にも広まったらしく、何人も作り方を教えてくれと、交渉を持ちかけられていた。


 客と築き上げてきた、パン売り。教えるからには、ちゃんとしたところで販売して欲しい。

 そんな思いから、逆に目星をつけていたベーカリーへ、コチラから売り込みにいくことに。


 天然酵母や食パンのレシピを売りはしたが、今回の目的は金じゃない。

 交渉の末、宿屋を営む親戚のところへ、しばらく厄介になる話を取り付けた。


 これまで築き上げた横の繋がりや、親戚付き合いのチカラとは、偉大である。


 私は金では買えない「互いの信用」を、ベーカリーの後ろ盾付きで買った。





 石畳みの大通りから一本入った脇道。

 二階建ての木製の建物が、今回、世話になる宿屋である。


 宿泊代は1ヶ月半額。その代わり、毎日の水と合わせ、数日パンをいくつか下ろして欲しいと宿屋側から言われている。併設へいせつしている食堂の分だ。

 ベーカリーが食パン作りの試作に割く時間を、私が代わりに作ることで穴埋めするらしい。


 宿と共に昼から夜にかけて一階の食堂が開いており、泊まり客や一般客も利用している。

 そちらの食堂に下ろすパンと合わせ、朝は食堂のスペースを好きに使って商売していい許可を取り付けた。



 私はそちらで、朝食を売ることにした。



 卵料理、クルミパン、果物のジュース。


 卵料理は日替わりで内容がかわり、火魔法の精度向上に。

 果物のジュースがたまにシャーベットになったりするが、材料は変わらない。


 早朝から食堂が空いているのは珍しいと、宿泊客より、地元住民が興味をしめした。

 パンを買いに来ていた客も噂を聞きつけ、食堂を利用する者もいた。


 ベーカリーが食パンの試作品を自主的に持ってくるので、鑑定で調べ、食べ、改善点を伝授する。合格を出すころには、さらに1週間たっていた。





「今日はトマトは売り切れか……」


「兄チャンが儂とこのトマトを毎度旨そうに食ぅもんで、みんな真似して買ってくんだぁ。ほれ、取っといたぞ」


「感謝する。──うむ、やはり美味いな。水筒をよこせ」


「ほいほい、ありがとぉよ」



 朝食を売りさばき、寝る前に大通りで、農夫の採れたて野菜を食べる。

 トマトの代金は毎度、水筒へ氷水を出すので物々交換をしていた。

 いくつかポツリ、ポツリ、と互いに情報交換をして、宿へ戻るため、立ち上がる。そうだ──。



「ここに来て最初に口にしたのが、貴方の美味しい野菜で良かったと思っている。──最初に石入りパンを食していたら、私は絶望していただろうな。だから、ありがとうと言わせて欲しい」


「そうかぁ、そいつは農家みよりに尽きるってもんでぇ。もしかして、そろそろどっか行くんか?」


「ああ。少し目立ちすぎたらしい。パンのレシピを教えろとうるさくてな」


「そいつは困りもんだなぁ〜」



 「寂しくなる」と言った農夫に、こちらも素直に肯定した。


 宿屋に泊まりはじめて3週間。

 魔法使いの自分が暮らすには、街の規模が狭すぎた。


 悪いヤツはどこにでもいる。

 この街は親切な者も多く、それに助けられた面もある。

 だからこそ、良くしてくれた者に危害が加えられる前に、今はここから立ち去るのが、1番丸くおさまると思った。


 自分が好きに暮らしてもあまり影響がない、そんな場所をこれから見つけられたらと思う。


 良くも悪くも、学びの多い1ヶ月弱の異世界生活だった。




 荷物をまとめ、宿を引き払い、夕闇が世界を染める頃。

 久しぶりに城壁から出れば、少しの寂しさを残し、その身軽さを実感する。


 濃い魔素を肺いっぱいに吸い込んでから、ゆっくりと息を吐き出した。空気が美味い。蒼い月も綺麗だ。

 


 

 助走をつけて私は空へ舞い上がった。


 風魔法の応用で、高く打ち上げられたカラダのバランスを取り、ローブをはためかせて夜空を滑空する。


 調整を重ねた魔法制御で、完全に飛べないまでも、ある程度の距離はこれで稼げる。それと同時に、瞳に暗視魔法をかけて着地点を探す。


 山をひとつ越え、木の上に降り、星の位置で方角を確認し、無理せず、休み休み跳んでいく。


 食堂で仕入れた情報から、まずは港町を目指した。



 

細かいところ気になる方用②-騒音問題-


宿亭主「食堂が静かすぎないか」

宿女将「今日の朝からよね?」


アザミ「ん? どうした亭主殿」

宿亭主「上に全然音が響かないってんで、アザミさんが寝坊したんじゃないかって心配で」


アザミ「防音魔法で音が外にもれないからか。先に言っておくべきだった」

宿亭主「ほ〜そんなことも出来るのか」

宿女将「魔法って便利ね〜」


客「もぐもぐもぐ──うまぁ!」

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