3. パンを売る生活
売るためのモノの相場を先ほど教えてくれた男について行った私は、城壁内に入る、順番待ちの列の先頭に再び戻ってきた。
そこで、商会の責任者だと名乗る人物を紹介された。
「折言って相談がございまして。端的に言うと氷と水、出来たら直ぐにお湯を売って欲しいんです」
「どれくらい必要だろうか?」
「そうですね……──」
商会の責任者の話を詳しく聞くと、1日分、10人と馬2頭が飲む水。氷は涼むのと、残っていれば次の街で売れると説明された。樽に出しておけば、溶けたら飲むことも出来る。
水の補給に寄っただけで、城壁内に入らないで済むなら先を急ぎたいらしい。
なんでも、この街で管理されている井戸や水洗い場は、余所者が使用する際には金がかかる。
どうりで列に並んでいる人々が、こぞって氷水を買い求めるわけだ。
城壁内に足を踏み入れるために、入場料もかかる。
10人に馬も合わさるなら、結構な額になるだろう。
お湯は洗濯とカラダを拭くためだと。
「魔法で綺麗にもできるが、湯のほうがいいだろうか?」
「できる……なら、何でも。しかし、魔法疲労は大丈夫ですか」
「ああ。10人くらいならな」
本当は何人でもいけるが、これくらいで心配をされるということは、コチラの一般的な魔法使いの基準でいえば、すでに魔法を使いすぎなんだろう。
氷の塊や湯を出せるかなんて確認されるなら、複合魔法の制限などもありそうだ。
馬に水をやり、指定された水筒へ次々と氷水を満たす。最後に樽2つ分、氷を生成した。
クリーン魔法で全員の身体と服を綺麗にしたらあっという間に終わった。
色をつけてくれて、城壁内に入る料金は稼げた。なんなら、どいた分の列の順番まで譲ってもらえてコチラが助かったまである。
井戸や水洗い場を使うのに金はかかるが、私にはあまり関係ない。
やり取りを終えてすぐ、商会の集団はそそくさとその場をあとにした。
ゴーン、ゴーン、と、どこからか鐘の音が響き、城門が内側から開かれた。
現れた衛兵に入場料を支払い、城壁内に足を踏み入れる。
石畳みの大通りに、石造りの家。
全体的に灰色が視界を締める。
大通りを進んだ先にある広場には、店を構えて商売したり、露店や、ゴザを敷いての露天の売り買いが盛んに行われていた。
活気のある広場の一角に、大きな木が植えられており、木陰に入って座り込む。もう、眠くてしょうがない。
夜型なのが影響しているのか、いつもの時間にすこーんと寝こけた。
気がついたら夕方。ザルをかかえて木にもたれかかった状態で目が覚めた。一瞬、自分がどこにいるのかわからなかった。
朝は活気があったが、今は人がまばらの大通り。状況を理解したところで、ポーチに大事にしまっていたトマトとゆで卵を確認する。潰れてはいなかった。良かった。
美味いな。
だが、いかんせん量が足らん。
何かないかとあたりを物色する。
串焼き、腸詰、果物と並び、──パンを売る出店があった。そちらの小ぶりなパンが目にとまる。
「コレはいくらだ?」
「1000エィだ。もう店じまいだから買うならはやくしてくれよ」
「……では、ひとつ」
ずいぶん無愛想な物売りだが、愛想がないのはコチラも同じ。
手渡されたパンを持って、先ほどいた場所まで戻り、木の幹を背にしてパンに齧り付く。
ガリッ──……ゴ……リッ、……????
咀嚼を数回。小麦にしてはやけに異物感のある歯触りに、口中に指を突っ込み、何だと確認する。
小石だ。このパン、石が入ってるぞ。
何たる暴挙だと、出店の方に視線をやっても、先ほどのパン売りはすでにいなかった。
やられた、──いや、野菜が美味しいから、パンもさぞ美味しいだろうと油断したともいう。
味以前の問題だが、若い頃はこんなパンなど、当たり前のように食していたことを思い出す。
最近は出された物を、出された分だけ、何も考えずに摂取していた。それがいかに恵まれたことか。
ここに来て、そのありがたみを実感する。
パンは結局、手で割って、鑑定を駆使しながら慎重に食べた。
砂を除去し、小石を取り除き、それでも何とか全て平らげた。
腹一杯とは言わないが、他のモノを買って食べる気もしなかった。
食事は大事だ。
何とかしないと、何も食べる気がしなくなる。
このままではダメだ。
「さて。どうするか……」
まとまらない考えのまま、辺りを練り歩く。
時間がたつにつれて、フツフツと怒りまで込み上げてきた。
大通りの十字路にさしかかり、角を曲がった先で、パッと目を引く看板に足を止める。
あまり考えずに入った商店は、こぢんまりとしつつも、狭さの原因となる詰まれた袋の豊富さに、興奮していた気分を逸らすのには十分だった。
「いらっしゃいませ。何かお探しでしたら、遠慮なくお声がけください」
「ああ。……ひとつ聞きたいんだが、売り物のパンに石が入っているのは、ここら辺では常識か?」
「う〜んそうですね。お店によりますかね〜。屋台で買うのはオススメしません」
「そうか。出店のはダメだったか」
「あ、やっぱり手遅れでしたか。三件隣りのベーカリーと、北にある老舗は比較的少ないです。ちょっとお高めですけど」
「ない」ではなく、「少ない」と言うあたり、逆に信用出来た。
肩のチカラを抜いて品物を物色する。
鑑定を片っ端からかけ、商店の品を確認する。
小麦、塩、レーズン、殻付きくるみを買う。
何かを察したらしい店員は酪農家の場所を教えてくれた。
夕日が完全に沈む頃。
酪農家から買ったミルクを空中に浮かせ、撹拌させてバターを生成する。
余ったバターミルクは水分を飛ばし、パウダー状に。
小麦を綺麗に精麦してから、粉にして、────パンを作ることにした。
久しぶりのパン作りだが、神が作りし違うカラダでも、感覚は覚えていた。
イースト菌くらいのごく少量なら、そこら辺からでも抽出して、レーズンの糖質で増やすことは今でもできる。
魔法使いにとって、魔法を試すのは料理が1番ムダがない。
パンをこね、発酵を促し、クルミの殻を割って、調整を繰り返し、魔法精度を徐々に上げていく。
空中で焼かれて膨らんだ最初の試作が完成した。
ちょうどこぶし大くらいの、クルミ入りのパン。
やや甘さにかけるが、久しぶりの割にはいい出来栄えで、優しい味わいのもっちりしたパン生地と、カリコリするクルミのアクセントの対比がいい。
残しておいたミルクと一緒にあっという間に食べてしまえた。
途中で見つけた竹林で竹を採取し、ゴザを編み、テーブルを作る。
広場に戻ってきたら、焼いたクルミパンを並べ、竹で水筒を作っていると、朝靄の中、声をかけられた。
「コレはいくらだい?」
「値段を失念していた。いくらがいいか……1000エィは妥当か? 昨日買ったのはそれくらいだったんだが」
「お兄さん、この大きさでそりゃぼったくりすぎだよ」
「あー……なるほど。理解した。いくらが妥当か相談にのってくれないか」
味見にと差し出したひと口分のクルミパンを食べさせ、二人であーでもない、こーでもないと値段を決めていると、チラホラ人が集まって来た。
露店の出店関係者や、朝の散歩、畑に行く者、早めの出勤途中などなど。
この時間から調理した物を売るのは珍しいらしく、試食に誘えば結構な確率で皆足を止める。
「小ぶりだから100エィじゃないか?」
「バカか。この旨さでそんな安いんじゃ、誰かに転売されちまうぞ」
「水は50エィからで、氷水100エィなら、300エィくらいかねぇ」
「なるほど転売もあるのか。しかし、これは日持ちしないんで、……購入制限でもかけるか」
「あの〜試食したパンいつ買えますか? 急ぎなんですけど!」
「すまん、今日は300エィで売ろう。水はいるか?」
「いる!」と即答した記念すべきお客の第一号へ、私は氷もオマケしてやった。




