2.魔道具はダメでも、魔力は無限
神様と別れてしばらく。
魔素が濃いのは森だけではなかった。
神の示した光る道の終わり、森を抜け、街道に出ても豊富な魔素。
魔法使いにとって魔素とは、魔法発動に必要なエネルギーになる。
で、あるからして────。
「……うむ。これは凄い。魔法は使い放題か」
手のひらから火球を浮かび上がらせ、その炎の大きさを変え、カタチを変え、魔力の流れを調べる。
発動はむしろ元いた世界より速い。
魔法を発動した後の安定感が、前とは勝手が違っていた。複雑なモノや、大技の魔法は慣れるまで使わない方が無難だろう。
真っ暗な夜道に合わせ、火球をポッ、ポッ、ポッと灯していく。
通った道はあえて水魔法をかぶせ、消して、を繰り返す。
脚が疲れたら休み、飲み水を生成して口に放り込む。
魔法研究者のサガか夢中になって一晩調整を繰り返していると、朝日が昇ってきた。
薄暗い視界にポツ、ポツと荒屋があたりに見え始め、緑の青々とした畑が──おお、アレは人間か?
畑の脇からコチラに手を振る人がいる。
何かしきりに言ってるようだが、なんだ?
「おぉーい! もしかして、旅人さんかあぁ!?」
「う、うむ。たぶんそうだが……私に何か用事か?」
「たぶんってなんでぇ。頼みはあんだけんども、この先の街はまだ2時間は開かんぞ〜、と教えたくてな!」
「そうなのか。それで、用事の方はなんだ?」
「せっかちだなぁ」なんて笑われたが、どうやら先を急いでいると勘違いされたらしい。いや、急ぐこともないが、フレンドリーというか、ものおじしないというか。初対面で何を頼まれるのか、ソレが気になった。
話の先をうながす私は、どのみちせっかちには違いないか。
作業着に長靴。バケツをたずさえた、どう見ても普通の農夫。
先ほど水球を出していたのを見ていたらしく、水を売ってはくれないかと、提案された。
「用途によるが……飲むなら冷たいモノにもできはする。どれほど必要だ?」
「がははっ! 畑に撒きたいだけだぁ。そんな大層な水じゃなくてええ。も〜、最近暑くてな。水汲みがまぁ、面倒で」
「なるほど。どの畑に撒くんだ」
あそこから、ここまでと示された広範囲に、畑の上からシャワー状の水を振り撒く。
どれくらいの量を撒くのかわからないので、いいところでストップと言ってくれと説明したら、相手が腰を抜かした。
「おいおいおぃいぃぃっ?!!!」
「もういいのか?」
「い、いや、そうでねぇ!? ひぇ〜、凄いなこりゃ。もしかして名の知れた賢者様か????」
「ただの魔法使いだが。昨晩ここら辺に来たから、名前なんて知られていないだろうな。そろそろか?」
「あぁ、もう十分だぁ。いやぁ〜おったまげた」
まだ開いた口が塞がらない農夫に、対価を要求する。
硬貨の流通はあるらしい。
しかし、流石に昨晩から水しか飲んでいないので、出来れば直ぐに食べられそうなモノを分けて欲しいと願い出た。腹が減って仕方ない。
抱えて持てるほどのカゴに、トマトやら、キュウリ、ジャガイモをもらう。
生みたての卵までつけてもらい、クリーンの魔法を使い、水球を沸騰させ、その場でゆで卵にしてしまう。
何度も礼を言われ、その場を後にした。
「────ん。美味いな」
歩きながら真っ赤な大ぶりのトマトに齧りつく。
ハリのある薄皮に歯を突き立てると、溢れんばかりのジューシーな果肉の贅沢さが際立つ。爽やかな酸味、熟した甘さに、呑み込んだあとの瑞々しさが喉を潤す。素晴らしい。
こんな美味いトマトを育てる作り手なら、あの農夫こそ、名の知れた農夫なのかも知れない。
パキリッと鳴るほどのキュウリの新鮮さが、蒸したジャガイモのほくほく加減が、空腹だった胃を満たしていく。
茹でただけのタンパク質の塊がなぜこんなに美味しいのか。そうだ、卵は元から好きではあったか。
こんな風に食事を味わって楽しむなど、果たしていつぶりだろう。
「そうか。私はいささか、働きすぎだったか。──……今理解した」
いまさら気づいても、遅かった。
弟子達に、散々、休めと言われていたその言葉の意味を、異世界に飛ばされてから知るなんて。
礼を言いたい時に、礼を言う相手が目前にいない。
離れていても、きっと弟子達は私の心配をしていると、容易に想像出来た。
彼らの安心のために、何より、私のために。
まあ、神様にもらった第二の生活は、ちょっとは休みも入れようと思った。
そんな異世界2日目の朝だった。
とぼとぼと街道を進んでしばらく。──おそらく農夫が言っていたであろう、街が見えて来た。石造りの城壁に、木と鉄製でできた門。
遠目に見ても、門の前には行列が出来ていた。
大多数が人だが、人に混じって馬車や馬もいる。野営したのか、天幕を仕舞う集団もちらほら。
いまさら長蛇の列に並んだところで、入るのは最後の方になる。
それならばと、門や城壁の作り、人間観察。まずは情報収集からはじめることにした。
「入るだけで金がいるのか。まずいな」
「この街は取るもんは結構しっかり取る方だったけど、近頃は、大体どこも値上げしたらしいぞ」
「そうなのか?」
城壁の門にある看板には、入場料が書かれていた。
この街に無理に入らなくてもと、思わないでもない。
しかし、列の先頭に並んでいる男の口ぶりから、こういう街なら金額の差異はあれど、入場料を支払うシステムが一般的なんだと予想できた。
この世界で生活するには、入り用なものもある。調整中で簡単な魔法しか使えない今、いつかは街に入らねばならなくなる。
私の独り言に言葉を返してくれたついでに、男に聞いてみた。
「腹は減っていないか?」
「……押し売りする気かよ」
「いらないならいい。他をあたる」
「待て待て待て。買わないなんて言ってないだろう!」
踵を返した私に慌てふためく男。
私は苦笑いで元の向きへ戻った。
なんだ、腹は減っているのか。
物価も相場もわからないので、素直にいくらなら売れそうか聞いてみた。
大きめのトマト、ゆで卵、ふかし芋はそれぞれ100エィ。キュウリは1本で50エィ。
新鮮ならこの値段でも、買うやつはいるだろうと。
うむ。それなら────。
「水もオマケするか」
「は? 水? っっって、オイ! 馬鹿野郎!? 氷水は別で売れ別で。何だ魔法使いかよ」
「ん?」
野菜カゴを片手に、もう片方の手のひらの上へ、氷水を生成する。
宙に浮かぶ氷混じりの水球を目にした男に嘆かれ、コチラはコップ1杯分で50エィ、氷入りで100エィで落ちついた。
あまりにもお上りさん丸出しの自分を心配して声をかけたらしく、魔法が使えるなら自衛も出来るだろうし、心配せずにすんだと。
なんやかんやいい奴である男に、結局、氷水は金を取らずにオマケしておいた。
列の先頭から順番に声をかけ、手持ちの野菜やゆで卵を売る。
「高い」と言われ、値切り交渉を持ちかける人もいた。だが、手持ちの数は限られていたから、そういうのには売ることはせずにすっ飛ばして、次の人に声をかけた。
列の半分を通り過ぎたところで、自分が食べるトマトとゆで卵をひとつずつ残し、全て売り切れた。
水は別売りにしろと助言してくれた男には感謝だ。なんせ、食べ物よりも売れ行きがいい。
手持ちのコップや水筒にクリーン魔法をかけてやると皆喜び、これから暑くなるのを見越して、こぞって氷水を買ってくれた。
列はまだ半分ある。
魔力は無限。売らない手はない。
最後尾にいた馬用の水売りが終わると、後ろからポンと肩をたたかれる。
何だと思って振り返れば、先ほど世話になった列の先頭にいた男だった──。
「魔力に余裕は? もしかしてだけど、お湯とか氷の塊とか出せるか?」
質問のどれもに「ああ」と答えれば、ちょっとコッチに来てくれないかと言われ、────私は男のあとに素直について行った。




