最終話:代償のない選択
「そうか、ミネルヴァは教会の所属だったな」
「まあ所属と言うより、育った場所が教会の孤児院でして。教会関係者のスキルチェックを受けやすい環境ですからな、あそこは。魔法適正があったため、王侯貴族が在籍する王立学園で学びを受けろとお達しがあった。王立と言うだけあって、王家が一枚噛んでいますから、教会といえど、断ることは難しかったのでしょうな。本人が望めばなおさら」
「結局、なぜそれでアレが私のところに来た」
「この国の優秀な魔法使いとは誰も彼も権力が絡んでくるのですよ。誰かに教えられるほどの魔法使いの師に教えを乞えば、その弟子は必ずどこかしらに組み込まれてしまう」
魔法使いの女性は、子を生むことを望まれる。
たとえ縁談やどこぞの養子を跳ね除けたとて、そもそも本格的な学びを得る機会までソレが組み込まれている。私が想像していたより、重い話だと感じた。
シュリーはミネルヴァのことをいいお母さんになりそうだと言っていた。
王族、貴族、教会。
自分が学ぶために、権力者の誰かに差し出される我が子を、良しと出来なかったのか。
やっとミネルヴァの状況が私にも理解できた。
では、誰が手引きしたかになる。
「それが、わからんのです」
「商会長ではないのか?」
「どこぞの血が混じっているかもわからない魔法使いですぞ。向こうから寄ってくるなら喜んで捕まえますが、こちらから手を出すことはありませんな」
攫った犯人を調べたら小物だったらしい。
けれど、あの苛烈なミネルヴァが、そんなのに遅れを取るとは思えない。
実際に逃げ果せているわけだから、実力の程度は知れている。
「まあ、とはいえ、予想はつきますがな」
「…………まさか、運命のイタズラか」
「我々からしたら神の思し召しですな。レディ・ミネルヴァは、大地の女神の加護を賜っている」
どこぞの血は気にしないが、神の加護がついているものを直接どうこうするのは、流石の小物も恐れたんだろう。
目につかないところに売り飛ばそうとして、ミネルヴァがここへたどり着いた。
それにしても大地の女神か。大地の女神は土属性だ。
私もミネルヴァは土魔法の適正が1番あると思ってはいた。
それで風の派生からなる結界魔法が1番育っているから、中々、アレも業が深いと思う。
火、水、土は目に見えるが、風だけ唯一目に見えずらい。能力をひけらかすこともせず、見えない魔法を育てるしかない。学園の中はさぞかし気を使う生活を強いられていたんだろう。
神の加護まで無碍にして、利用までして、ミネルヴァはそれでも生粋の魔法使いになることを選んだ。
うむ。だが、そんな面倒な存在を、私が引き受ける道理はなかった。昨日までは。
「シュリーは、今は必要ないかも知れないが、磨いて使ってみたいと言った。それを抜きにしても私は何とかしようと思う」
「こちらにはくれませんか」
「商会長も権力はあるからな。他の商会や貴族の付き合いもあるだろう。アレを嫁に出さないでは、周りの目もある」
「ははっ、こちらの常識とやらを、学びはじめましたか。これは手強い。……ふぅ。ご馳走になった。では、また明日」
アイスティーの最後のひと口をゴクリと飲み干した商会長が、ご機嫌で屋敷を出て行く。
サロンの入り口に立っていた護衛や、従者に囲まれながら、まだ薄暗い道へと消えていった。
商会長は食パン過激派だ。
トースト1枚食べるために何人も引き連れて、毎回この店にくる。
私を家の専属料理人にすえて自分の住まいで食べるより、きっと、この場所の、このカウンター横の席の常連客として食べる方が、美味しく感じる人なのかも知れない。
毎度、この時間から付き合わされる仕事人も、大変だなと思う。
ガタイのいい男たちも常連客だが、今度差し入れでもするかと、思考を巡らせる。
カラッと揚げられた、粗いザクザクのパン粉をまとわせた、ぶ厚めにスライスされた肉。ソースの果実の芳醇さと甘塩っぱい味付けが肉体労働者に向いている。
食パン派の彼らに、食べ応えのあるカツサンドを出したらウケがよさそうだと思い、仕入れメモの項目に必要な材料を書き出していった。
それから1ヶ月。
シュリーの交渉のすえ、食パン作りに情熱を燃やしまくる、ベーカリーのパン職人をこの店に迎え入れた。
週に2日はベーカリーに返す。かわりに、パン職人はこの店の料理人として、しばらく働いてもらうことになった。クルミパンとバゲット作りを学ぶことで、三者三様の旨みのある話でもある。
逆にミネルヴァは、他国──その領主が予定していた検問所造りに貸し出すことで、これまで育てられなかった土魔法の威力を思う存分伸ばすことができる。
店から少し離れるけれど、アチラでも私が修行を課しているし、週に2日はこちらに戻ってくる。
サロンと他国の街を行き来するのに、シュリーも同行している。彼女が店長なのは変わらない。
しかし、店で使うための食材を含め、サロンに並べるための品を買い付け、向こうの品をラサール商会に降ろす。
コチラの街や店の品を向こうの領地でも売るという、行商をはじめた。
向こうで1番売れているのは、シュリーのブレンドした紅茶だ。
領地の水質に合わせてブレンドされた紅茶は地元民の他、街に寄る旅人や商人にもウケがいい。そこでしか味わえない名物品として地位を確立しつつあった。
彼女はこれまで、ラサール商会の行商に参加出来なかったが、誰よりも紅茶を淹れる技術と目利きを極めた。
その知識と経験と技術を活かし、上司が使いたいと思わせるここぞという場に、連れ出されるようになった。大きな仕事に同行したいシュリーの思惑通りに。
彼女は旅には出ることは出来なかったが、会計仕事の能力などは、他者を跳ね除け、商会長が私に紹介するくらいだ。
生まれつきギフトを持っているから、優れた立場になるのではなく。
彼女の場合、すでに商人として優れていたし、神はそのあふれ出る熱意に感銘を受け、ギフトというカタチで寵愛を示した。
神は待ってのかも知れない。神からの天罰を自身が受けてでも、シュリーにお前はすごい商人だと気づかせる誰かを。
「うむ。────美味いな」
「こちらのトマトもそろそろ収穫時期を過ぎますわね……それにしても良かったんですの?」
「なにがだ」
「弟子は取らないのではなくて?」
「師匠ではない。先生と呼べ。シュリーが磨けるだけ磨けと言うし、お前1人くらいなら、何とかなるようになっただけだ。子どもの内くらいなら面倒を見てやる。さて、──……よし。そろそろ本格的に飛ぶ練習もさせるか」
「相変わらず神々しいー、わたくしの目が潰れる、ゔー……、でも見るのをやめられない。何てふざけた顔面偏差値ですのっ!」
神眼を使うために上げた目隠しに、ミネルヴァが屈辱に耐える。嫌なら見るなと言っても、毎回あらがえないようで、変な生徒だった。
最初にこのキラキラしい黄金色の瞳を見た時に「とうとう人間やめましたのね」と言われ、元から人じゃないと返しても、ミネルヴァはミネルヴァだった。態度は変わらず、私なら人外でも納得できるとは。カラダは人間だと思って毎日寝ていたのは、無駄な努力だった。
私はそれから、ほどほどに寝るようになった。
元々は3日に1回眠くなったら寝ていたし、たまに寝るのを忘れている日もあったが、まあ、それはいい。
どれだけ試したいことをやりまくったのか、この短期間で土魔法の生成と制御が凄いことになっていた。
検問所造りに限らず、畑の開拓作業まで手を出したらしい。体調と気分は絶好調なので、問題ないか。
畑の他、陶芸や金属加工にも興味を持ちはじめ、ミネルヴァの興味はつきない。
将来はお店で使う物を自作したいとは、「鉄板じゃなくて、実用性もあるかわいいお料理道具を作りたいんですの、かわいいものを!」である。
何が次に繋がるのかわからないので、魔法使いの経験と探究は、これだから時間がいくらあっても足りない。
よく学び、よく食べ、よく遊んで、疲れて寝るのはまだガキだが、着実に成長している。
そろそろ、ひとりでも飛べるように課題を出す頃合いだった。
シュリーは、今は元気だ。
タダより高いものはないとは、コチラの世界にもある言葉で、変な見返りを求められる前に、コチラがそれ以上にあげられるものをあげてしまえと。
シュリーがギフトを使うことを許せなくとも、神は使うことを許可しているし、寵愛している。
本人に知らせてはいけないという項目は消えた。
商いの神なら、商いをすればいい。
商人なら使えるものは何でも使えと。
馬車での移動がきついなら、魔法使いを使えば良い。
シュリー本来の能力ではなくとも、私は足に使われることを許している。
私も一緒だ。
神眼を使うにあたり、迷える狂犬をちょっと躾けるくらいは、創造神のお導きだと。
私が本来信仰する神様は、私の失敗を許すかわりに、自分の失敗も見逃してくれとおっしゃるような寛大な方。
上司の信仰度を少々あげとくくらいは、笑って許してくださると思う。
魔を司る魔神。
人の神とは相容れなくとも、全てを、──世界を造った創造神は別格だった。
アザミとシュリー。
2人で一人前の店長ではない。
2人合わせて二つの店の店長。
時間帯は違うが、場所はひとつだ。
同じ場所で、二つの店をつくりあげている。
たとえ他者から道楽と言われようと、好きなことが働くことにつながるなら、その好きなことを活かした店づくりをしないかと、私はシュリーに提案した。
極端じゃなくていい。
仕事が趣味とか、好きなことを仕事にするとか。
それがやる気に繋がるなら、別に混ざってたっていいじゃないか。
やりすぎると私の弟子達みたいに心配するが、今は対等な関係の互いがいる。
店長を補佐してくれるジャックもいる。
従業員達だって、磨き途中だがミネルヴァもいる。
ラサール商会も、何より店に通う客がいる。
それから何か吹っ切れたのか、ギフトを使うことに躊躇しなくなった。シュリーはやはり商人だったから。
むしろ商売魂に烈火を宿し、毎日楽しそうに、商人として、店長として、ときたま青空を私と共に駆けてみせた。
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異世界にブッ飛ばされた
魔法使いが
モーニングカフェ「アザミ亭」
をはじめるまで
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END




