12.異世界にブッ飛ばされた魔法使いがモーニングカフェ「アザミ亭」をはじめるまで。──の、先で。
「『海』ってこんなに広かったんですね……」
「なんだ、隠さなくなったか」
「疲れてしまうんですよ。アザミ様ならもういいかと思いました。アザミ様こそ、飛べるなんて知られていいんですか?」
「私は隠す必要もないだろう」
少し出かけないかとシュリーを海に誘い出した。飛行魔法を使い、森と山を越え、「これだから魔法使いは!」とキレられた。
彼女の少しと私の少しの物差しは違う。今日も元気で何よりだ。
海のような規模の湖などもある中、『海』と言い切るあたり、彼女は『鑑定』が使えるんだろう。
地理を理解してる説もあるが、ちゃんと意図をくみとってくれた。
「いつから気がついてました?」
「確信したのは、君が泡立て器を知らないとジャックに教えられたときだ」
モノを直接見ないと情報がわからないのは、鑑定持ちだからかなと、何となく察した。
やけに洞窟のハチミツに固執するなとも思っていた。シュリーはそれが使われているクルミパン過激派だが、味というよりも、金庫に仕舞われているハチミツに執着していた。──アレの希少性と価値を知っていたんだろう。
私に一般のハチミツと、そうじゃないハチミツがあるとそれとなく教えてくれたのは、彼女だ。
ミネルヴァの採用の時もだ。
何をもって料理も出来ないアレを、雇い入れたのか。又、採用するのを迷っていたのか。
こちらの常識でいえば、出生のわからぬ魔法使いは、どこの血が混じっているかわからない。本来なら貴族は手出しできないはずの者。
それに手を出すのは、ラサール商会がどうこうできるような愚か者の小物か、出生の出所を知っている本来のミネルヴァの生家か。
はたまた、もっと上の権力者か。
他の貴族をどうこうできるなど、並大抵の相手ではない。
攫って売り飛ばそうとするのは、変だとは思っていた。
なぜ、本来の目的に使うような、囲い方をしないのかと。
ミネルヴァの魔法は私からしたらまだまだだが、それでも、寝ながら結界魔法が使えるほどのチカラだ。苛烈な火魔法も備わっている。
小物程度がどうこうできるかと思っていた。
おそらく、能力と状況を見るに、アレは私のところに誰かの意図があって来たんだろうと思う。
それを私は拒否した。
でも、シュリーは採用した。
ジャックの後押しがあったにせよ、だ。
私の『鑑定』では洞窟からとれても、ハチミツとしか表記はない。あとは身体に害がないか、品質など割と限定的な内容だ。
人に向ければ、性別と年齢くらいしかわからない。
おそらく、彼女の『鑑定』は私のより、もっと詳細な何かが見えているのかも知れないと思った。
「面接で、子どもが外で食事をする時に何が必要かって聞いたんです。そしたら、手づかみで食べても許される環境って。──いいお母さんになりそうだなって思ったんです。このまま働かせて本当にいいのか」
「それだけで迷ったのか? 迷ってなお、私が嫌がりそうだと思っても雇ったのか」
「………………………魔法使いのことは、わたしにはわかりません。それ以上に、なぜだかアザミ様は何も読めないから」
「あー……、んー……そうか。やっとシュリーの行動が理解できた。それについては使われている元の言語が違うからだ」
「????」
私を構築するものは、私の世界のものだ。
この世界の情報は、こちらの世界のものだった。
コチラに飛ばされて最初、鑑定は機能したが、私はその情報を読めなかった。
世界の辞書に使われている文字が、違うからかも知れないとの、仮説が、いま確信に変わった。
私は神様の加護をもらってから改良され、読めるようになったんだと考えられる。
「シュリーに見えているモノを書き表して欲しい。使われている文字が、お互い違うだけだ」
「…………はい。頑張ってみます」
2人でかがみ込み、砂浜にサラサラと指で書かれる文字の意味を説明していく。
「これは、アザミセイイチロウ。名だ。私の名前は──元勇者、昔の偉人から取ったものだ」
「…………」
「これは……────うむ、気にするな。年齢で、ただの数字になる。あー、なるほど。『だーくえるふ』か」
「でぃイ、るふ? なんですか?」
「種族にあたるが……はぁ〜……どうしたものか。この世界にない言葉なんだろうな。どうやら私は人ではないらしい」
私の元の身体は、耳が少し尖っていた。
こちらの世界に来てから、人間みたいな耳のカタチにしてもらった。
身体は人間で、中身の自認が『だーくえるふ』だと思っていたけれど。予想が外れた。
年齢も引き継いでいる。こちらの世界に転生した扱いではないらしい。
勇者や聖女召喚と原理は一緒かも知れない。
思考の渦に囚われていたら、シュリーの指が止まっていると気がついた。
地面から視線を外してパッと顔を上げた。
目を見開いてコチラを凝視する彼女に、苦笑いを浮かべる。
「そうか、コチラに召喚術式はないから、異界から人が来るだとか、魔界から悪魔召喚だとか、天界の神々も降臨しないか」
「…………ハイ。」
「まぁ、あとはいい。違う世界の言葉だから、君が読めないのも無理はないと説明したかっただけだ。鑑定はちゃんと機能している」
「……ハイ、ただ、あの、たいちょうとか……えっと。人? じゃないけど、体調とか大丈夫デス?」
「落ち着け。むしろ人より頑丈な作りをしている。私の体調が読めなくても、あまり心配する必要はないことがわかった」
「…………あ、はい」
シュリーは鑑定で他者の体調の情報を読んでいた。私のはなぜだか読めない。だから心配する。
少しでも知ろうと、魔法使いとして、ミネルヴァを雇い入れた。
やはりミネルヴァがわからない。
相談役なら、顧問でも良いと思うし、結果役に立ってはいるらしいが、アレに私が料理を教えねばならぬのが、未だに納得いかない。
「私が理由なら、ミネルヴァは店に必要か? ラサール商会の違うところでもいいと私は思っている」
「…………くっ」
「顔をそらすな。私、シュリー、ジャックの3人がかりで仕事を教える負担と手間をかけてまで、アレが必要だと私は思えない」
「いちど、マルコス会長に相談させて、ください……」
「シュリーの意見も聞いておきたい。私は必要ない。アレは君に必要な人材か?」
それも「もう少し見極めさせて欲しい」と言われ、この話は一旦保留になった。
座り込み、沈む夕陽をしばらく眺めていたシュリーが、何度も口を開きかけ、言葉を飲み込む。
暗くなってきたところで魔法の灯りを、いくつか浮かび上がらせた。
シュリーが、ドサリと、砂の上に仰向けになる。今度は夜空をぼんやりとながめているようだった。光源を弱め、見やすくしてやる。
「アザミ様はコレが何なのか、ご存知ですか?」
「………………」
「えぇっ!? もしかして、知らないで使ってるんですか!!」
「逆に聞くが、シュリーは何だと思ってこれまで使っていた」
目を逸らしたシュリーに、私はため息を吐いた。
彼女のモノクルを指でつまんで外し、左の瞳を覗きこむ。
「これはおそらくギフトだ」
「……ギフト?? わたしのことを魔法使いじゃないってアザミ様、前におっしゃってじゃないですか」
「んー…………。それを答える前に、コレを授かった経緯は?」
目を盛大に泳がせはじめたシュリーに、私は再び大きなため息を吐いた。




