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11. モーニングカフェ「アザミ亭」





 シュリーに飲み物を増やしたいと提案された時は手間が増えると思っていた。

 けれど、売り上げという数字の上で、確かな結果を残していた。



 クルミパンやラスクが朝の販売から消えても、ドリンクの登場で売り上げは前より増えている。


 私と違いシュリーは根っからの商人。

 物の価値を、売り方を、よく知っていた。


 なんやかんや、ミネルヴァも昼の販売を経て、前より楽しそうだ。

 鬼気迫るような必須さがなくなったのは、女子寮に移り、シュリーと接する時間が増えたおかげだと私は考えている。



「シュリーは少し働きすぎだと思う」


「そう……ですか?」


「ああ、私と違って、君は魔法使いじゃない。いっぺんにやりすぎだ。無理はするな」


「……そうですね。今日ははやめに帰って寝ます」


「先輩の言う通りですわ。ここのところ働きすぎでしてよ。アナタが倒れたら、この店はおしまいですのに! さぁ、さぁ、そうと決まればかえりますわよ!」


「あ、待って、この書類だけ──」



 シュリーが手にする紙を、背後から奪う手が伸びる。

 どこからかあらわれた店長補佐のジャックが、笑顔と言う名の圧を出していた。



「はいはい、これくらいならボクでもできますからねー。嬢ちゃんあとは任せた」


「嬢ちゃんはよして! って今日はそれどころではなくってよ。帰りますわよシュリー店長! それでは皆様ごきげんよう」


「あー、ありがとジャックさ──……」



 ミネルヴァにズルズルと引きずられるようにしてサロンから出て行ったシュリー。私は思わず苦笑いを浮かべた。


 覚えなくていいところまで、ミネルヴァはジャックに似てきている気がする。ある意味この店に馴染んできた証拠として、目をつぶることにした。



「それにしても、シュリー店長が疲れてるってよく気づきましたね」


「ああ。彼女は私に怒ってるくらいがちょうどいいからな。今日は静かすぎだ」


「なるほど。確かに。『これだから魔法使いはー!』って怒って必要なものをそろえてくれるくらいが、ちょうどいいかー」


「…………そんなこと言っていたのか? いつだ?」


「何日か前に料理に使う泡立て器を手配してましたよ。嬢ちゃん用の」


「すまん。そうか、失念していた」



 アレは風魔法は得意だから、ボールがあれば何とかすると思っていた。

 けれど、道具を使ってみることを覚え、泡立て器を魔法で動かすか、風魔法で直接混ぜるか実験でもしたかったんだろうと容易に想像出来た。

 シュリーに調理器具の場所をたずねて、そんなものはこの店にない! と、怒らせたんだろう。本当はミネルヴァに私が用意するべきだった。



「料理のことに関しては、ボクもシュリー店長も、料理するはずのミネルヴァも知らないですから、まず、クリームを混ぜる道具ってなんだろうなー? ってみんなでなりました」


「そうだったのか。──ん? まて、泡立て器を知らないのか?」


「はい。専門外ですね。お茶のれ方はたしなみ。本格的な料理なんて、知るわけないじゃないですかー。商会お抱えの料理人に聞いてきましたよ」




 薄々は察していた。料理のレシピを教えるにあたり、使う材料や作る手順は何となくわかっても、実際どうするかまではできないと思っていた。


 ミネルヴァにちゃんと教えているのは、この店の料理人だからもあるが、アレは自衛というものが常日頃からできている。シュリーとジャックはそれが難しい。

 パンのレシピに関しては、2人には仕入れの材料しか教えていない。


 前の街ではベーカリーが食パンを売り出し、他の誰かも作り方を知りたいと願い出て来て、周りにまで迷惑をかけてしまった。

 ここでは、魔法使いしか作れないということにしておきたい。


 ちなみに前の街のベーカリーは、「私から特別なタネを仕入れている」と広めて欲しいとお願いし、一時販売を中止させていた。

 私がまた街に顔を出すようになってから、再び食パンを売り始めたため、その信憑性も増した。今ではパンのレシピ取得騒動は鎮火しつつある。


 食パンさえあれば、他のことをあまり気にしない職人でよかったと思っている。領主まで巻き込み、客を味方につけ、あの店で食パン作りができる環境というものを自力で維持し続けられるだけの情熱があった。


 たまに顔を出すけれど、作り方を追求し、改良品の食パンを未だに食わされ続けている。



「混ぜる道具とは何かを、なぜ私に聞かない」


「かっこつけたいんです」


「はぁ?」


「だから、かっこつけたいんです。調べてわからなかったら、ちゃんとアザミ店長に聞きましたよー。何でもない顔をして、用意しといて、あとでアザミ店長に『うむ、さすがだな。』って思わせたいんです」


「…………………………そうか。──ほどほどにな」


「はい。ありがとうございます」



 シュリーが疲れていた原因を、ジャックがフォローしに来ている。



 私の仕事量というものは、開店初期のころに比べれば非常に多い。

 何かを尋ねるという小さなことも、ちりも積もれば山となり、負担は増える。


 自分でキチンと調べ、どうしても、わからなければ聞くという姿勢は、私の負担は一見減るけれど、やはり他の誰かは時間を割かれている。


 店長補佐のジャックは気がきく。仕事に効率を求める私に対して、感情論をぶつけてこられては、こちらとしても何も言えなくなる。本当に困ったときは聞いてくると宣言しているから、なおさら。


 シュリーと私との問題の間にスルリと入り込み、ジャックがいいクッション材になっていた。

 それと合わせ、疲れているシュリーの仕事を奪ってそつなくこなすから、彼の器用さに、うなるばかりだ。



「お前には苦労をかけるな」


「だーかーらー。シュリー店長にも言われますけど、苦じゃないっ! いいですか、この際だからハッッッッキリ言わせてもらいます」


「?」


「ボクはね、寝ることが1番好きなんです。職場ゼロ距離。しかもこの歳でありえない大きさした屋敷暮らしですよ。家じゃなくて、や・し・きって、毎度目が覚めて部屋のだだっ広さに『あ、現実だ』ってなってます。庭園付きってなんですか!? 庭は1000000歩譲っても、────魔法使い付きはこの歳どころか逆立ちしても来世はナイ!」


「う、うむ……」


「掃除も洗濯もなければカラダまで魔法で毎日いっぺんに綺麗になってて、何ならまきも氷も、蛇口をちょっとひねるだけで水も使い放題。あははっ、氷ってなんだよ。下手な上流階級よりよっぽど良い暮らししてますよ。出てくる食事は毎日美味しいし、大枚払ったってこんな暮らしできないのに、全部タダなんてふざけてますから!? ボクの給料残高はおかしなことになってますよ?!!! 泣いちゃう!」



 出るわ出るわ。まくし立てるよう、いままでため込んでいたと思われるジャックの胸の内の叫びに、私は固まった。

 クリーン魔法を屋敷内にかけると、全て綺麗になる。朝、晩2回。寝る前と起きてから使っているが、ジャックはそれを言っているのだと思う。




「それに加えてですよ! 本人達には口が裂けても言えませんけど、職場にかわいい女の子達がいるんですよ。商会の馬車で遠くまで危険犯して旅する、見渡しても野郎どもしかいない環境とは雲泥の差ですよ。ええ、もうね、出勤するのが毎回楽しみで楽しみで。タメの双子属性に、生意気年下ギャルに、美人なシゴデキ上司は、たまにポンコツかましてギャップで死にそうで、もう、本当にご馳走様ですありがとうございます、神様、シュリー様々って思ってますから。アイツらいい匂いしかしない! そんなんが目の前で勝手にたわむれてキャッキャッしてるんですから、眼球においしすぎるんですよっ!? 何で女が集まってるのにギスギスしねぇんだよ、性格まで天使か。男性陣の顔面偏差値に震えてる同士のオバチャンと毎度ボクらの職場おかしくない? って確認し合って、現実受け止めるのに必死なんですからっ!! シュリー店長には感謝してます。こんなとこにブチ込んでくれて、ボク一生ここから離れませんから!? いまさら他に行けなんて宣告されたら、一瞬で泣ける! わかりましたか、アザミ店長、まっっっったく、苦じゃない! 普段たらふく栄養もらって休ませてもらってるから、ここぞというときに頑張れるんです」



「何を思っているかは受け止めたから、私が言い方をかえよう」


「ハイ。ぁ、チョット待ッテ。ココロノジュンビガ、すー……、ふぅー……。うん、今度こそどうぞ」


「楽しいことばかりではないだろうし、ジャックに苦労をかけているという事実は私の中にある。苦労をかけるが、……いつもありがとう」


「────っあぁあぁぁぁぁ????! キモがられるどころか、う、ぐっっ、ほんと、これだからカリスマ持ちの人格者はっっ! こちらこそ何かもう、いつも色々ありがとうございます!」


「内心でどう感じているかまで制御など難しいだろう。それを表に出さず、仕事と私情をわけていれば、私からみれば別に問題はないように思う」



 ミネルヴァや他を採用したとき、顔だけで選んだわけじゃないだろうと問えば、「もちろん!」と胸を張ってほこらしそうに答えた。


 シュリーは商人だが、ジャックは根っからの店長補佐だった。

 



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