第3章 第13話 交渉 5
「斬華……なにやって……」
「当然のことをやっているだけよ。こうでもしないと、私の誠意は伝わらない」
突然すぎる斬華の土下座に、俺もZ組のみんなも驚きを隠せない。だがそれでも、みんなの気持ちは変わらない。
「んなことしたって許すかよっ! 土下座なんかしたってなぁ、お前の気持ちは変わってねぇだろうがっ!」
「当然よ。私は間違っていない」
これにはさすがの金本にも動揺が生まれた。土下座したのに、間違ってない?
「あなたたちはもっと勉強するべきだし、生活態度も悪い。私の意見は間違ってる?」
「間違ってねぇけどさ……。てめぇに言われる筋合いはねぇんだよっ!」
「だからこの土下座よ。私は優秀な人間として、あなたたちを導く立場にあると思っていた。これを改める。必要最低限以外は、もうあなたたちには何も言わない。言う資格なんて、ない」
「でも心の中じゃ何も変わってねぇんだろっ!?」
「いいえ違うわ。私はもう、あなたたちなんてどうでもいい」
「……あ?」
土についた手が、フルフルと震える。怒りに満ちたように。強く土を握りしめ、斬華は言う。自分の心の全てを。
「私は龍華を助けたいっ!」
それが土下座の意味。それが、美季との強気な交渉の理由。斬華はもう、なりふり構っていられないんだ。
「あなたたちは知らないでしょ……? 龍華がA組についたその理由を」
「それは生徒会だから……」
「違うっ! 龍華はあの女! 生徒会長の霊御桜花に、洗脳されたっ!」
「せ、洗脳って……んな馬鹿な……」
信じられないのも無理はない。あまりにも現実離れした話。それに龍華はあの後から一度もZ組に顔を出していないのだから。あの龍華の姿を見ていないのだから。
「滑稽でしょ……? みんなどころか、たった一人の妹すら守れない。私には何もないのよ」
「そ、んなこと……」
金本と言えど、さすがにフォローしようとする。でも今の斬華に必要なものは、そんな心ではない。
明確な、結果。
「私は龍華を助けたい。どうすれば助けられるかなんてわからないけど、霊御桜花を倒さなきゃいけないのは間違いない。そのためならノブレス・オブリージュなんて……私の心情なんて、いくらでも捨てる。だからお願い、力を貸して」
たぶんだが、もうとっくに斬華の想いはみんなに伝わっている。でも一度口にした以上、そうそう引き下がれないのがヤンキーだ。
「つまり龍華を助けるために俺らを利用したいってか……? ふざけんなよ、やっぱ俺らのこと見下してんじゃねぇか」
「そんなことないわ。この学校は、頭が全てじゃないもの」
「は……? 頭が全てだから俺らはこんなとこに……」
「でも龍華は洗脳され、外村くんは暴力を振るわれた。アリなのよ……そういうの、全部。この学校は、間違ってる」
不意に、大賀さんの言葉を思い出す。
この学校を壊す。その想いを。
「そっちがその気ならこっちだって容赦しない……。あなたたち、頭はないけど力はあるでしょ? ぶん殴ってでも、ぶっ殺してでも。龍華を救い出すのよ」
ぶん殴るにぶっ殺す。ヤンキーたちがよく言う言葉だが、それ故にわかるだろう。斬華が、本当にやりかねないことに。
「使えるものは全部使う。A組が信用できない? 上等よ。何か裏があっても、私が対処する。杭座さんのペアは私が務める」
「ちょっと待った。こっちの条件は雅と蓮司がペアを組むこと。それ以外ならこの話は……」
「手始めよ。樹さんをぶん殴って脅迫する。先陣は私が切るわ」
そう言うと斬華は立ち上がり、一切の躊躇なく美季に近づいていった。
「ちょっ……と、待った! 本気……? 本気で、私を……」
「あなたは人の真偽が見抜けるんでしょ? というか私のこの目を見て、まだ本気だと信じられないならとんでもない間抜けだわ」
「わ……わかった。雅のペアは斬華さんでいい……。協力もする……」
「初めからそう言ってればいいのよ、三下」
「三下ぁ……?」
「ストップストップ! 美季さんストップっ!」
斬華と入れ替わる形で美季のもとに行き、なだめる。なんか今までで一番怖いんだけど……。
「霊御桜花に勝つためには、みんなの協力が不可欠。だからあなたたち全員、私が必ず生かす」
「……やることは変わらねぇが、気持ちが違うってわけか」
「そうよ。ノブレス・オブリージュなんてクソくらえ。私は龍華を助けるために、あなたたちを助ける。文句がある奴は出てきなさい。ぶっ飛ばしてでも納得させるわ。ナイフでも使えば私にもいくらか勝ち目はあるでしょうし」
恐怖政治……ではあるのだろうが、みんなの表情は、怯えとは正反対。
「やってやろうぜおめぇらっ!」
「お前の気持ち伝わったぞ斬華ぁっ!」
「何より龍華のためだっ! 俺らの仲間に手を出した奴には、必ず落とし前つけてやるっ!」
「斬華! お前のこと許したわけじゃねぇからなぁっ! これからの行動で示せやぁっ!」
「誰に言ってんの馬鹿ども。こっちはあんたらと同じ、馬鹿になってやろうって言ってんのよ。あんたらの意志は私の意志。私たちは仲間よっ!」
「うぉぉおおおおおっ!」
Z組が騒ぎ、叫び、盛り上がる。ここまで心が一体化したのは初めてだな。
「……あの子、頭おかしくなっちゃったんじゃないの」
「その通りです。さすがに私も頭が全てだとは思いませんが、暴力で全て解決できるわけないでしょうに」
美季と杭座さんが呆れたようにため息をつく。まぁ馬鹿にしたくなる気持ちはわからないでもない。
「でもこういう奴らが一番怖いだろ」
「何してくるかわからないからね。あたしが蓮司にやられたように、下克上は充分ある。いや、こうでもなってもらわなきゃ、勝ち目なんてあるわけもない」
自分の交渉が全て無意味になったのにもかかわらず、やけに美季の顔はスッキリしている。結果オーライ、ってやつだろうか。
「霊御も起こしちゃいけない奴を目覚めさせちゃったかもね」
「だな。よし雅! 俺らも行くぞっ!」
「えぇっ!? 私、こういうのは……」
「うっせぇお前もこれからZ組の仲間だっ! 霊御ぶっとばぁぁぁぁすっ!」」
「れ、霊御ぶっとばぁぁぁぁす……」
「いや別に真似しなくていいんだけどな」
「そ、そうなのですね。……がんばって勉強します」
「っしゃぁっ! がんばるぞーっ!」
「…………」
「いやそこはおーっ! って言ってくれないと」
「な、なんて難しいのでしょうか……!」
「よしいくぞっ! がんばるぞっ!」
「おーっ ……これでいいのでしょうか」
「声小さい! がんばるぞーっ!」
「ぇおぉぉぉぉっ!」
「……裏返ったな」
「すみません……」




