第3章 第8話 考えること
「いや謝らなくてもいいっすよ。俺なんとも思ってないし……こっちこそごめんなさい。怒鳴ったりして」
大賀さんからの謝罪を受け、結局俺は素直にそう言うことにした。俺が取り繕ったところで上手くいくわけない。普通にそう思ったからだ。
「いや俺こそ何とも思っていない。いや、逆だな。あの時お前に言われた言葉、その通りだと思った。だからこうして謝罪しているわけだからな」
あの時俺は確か……イライラしてたんだ。色々都合を押し付けられて、なんかもう全部めんどくさくなった。だから俺は俺の都合を押し付けることにした。やってることはみんなと同じだ。
「とりあえずあの件は解決したと考えて……改めて頼みたい」
ふとミラーを見てみると、大賀さんは鋭い瞳を前に向けていた。
「俺に……俺たちに協力してくれ。桂来学園を壊す。何か起きたら責任は俺が負う。お前はお前のやりたいようにしてくれて構わない。ただ2年と3年が対立する時が来たら、俺たちに協力してほしいんだ」
学校を壊す、か……。俺が言えたことじゃないが、ずいぶんと馬鹿げている。
「俺にできることなんて何もないと思いますけど」
「そんなことはない。悔しいが、武力は必要不可欠だ。それにお前にはコミュニケーション能力があるだろ」
「つまり美季や沙耶を引き入れるために俺がいたら便利ってことですか?」
「言い方は悪いがその通りだ。あの2人は優秀だが、性格には難ありだ。樹は予測できないし、出田は面倒事を嫌うだろう。その時お前がこちらの味方をしてくれれば、数段やりやすくなる」
んー……。そう言われてもなぁ……。
「でもそれって永夢さんと敵対するってことでしょ? 恩もあるしあんまり表立ってやりたくないなぁ……」
特に何もおかしなことは言っていない。当たり前のことを、言ったつもりだった。
「……はは」
それなのに車は急加速し、一瞬後急停止した。
「ななななんすかっ!? 死ぬっ!? 俺死んだっ!?」
「ごめんごめ~ん。エンストしちゃった~」
エンスト……が何のことかわからないが、永夢さんは静かに笑い、鍵を捻って車を再発進させた。
「やっぱ俺降りていいっすか……? 普通にこわ……」
「蓮司くん、正解だよ」
命の危険を感じたので打診すると、永夢さんは前を向いたまま、笑っていた。
「永夢は3年派で合ってる」
今まで見た中で一番うれしそうに、嗤っていた。
「3年派って言ったら語弊があるかな。保守派ってこと。この学校に変わってもらっちゃ困るんだよ。永夢はこの生活が何より幸せだからね」
永夢さんは煙草を取り出すと、車についていた部品を引き抜き、火をつける。すごいな車にライターついてるんだ……。じゃなくて。
「そんなこと当たり前じゃないですか? ギャンブルとか授業も出ずにゲームとか……この学校じゃなきゃできないでしょ。だから永夢さんも美季も沙耶も味方にはついてくれないでしょ」
「どうしてそう思った?」
「どうしてって……普通に考えたら……」
「それだよ、蓮司くん」
何も状況を理解できていない俺に、いつもとは違う声色と煙を吐き出しながら、永夢さんは語る。
「蓮司くんは今、考えてたんだよ」
……なんかすごい特別みたいに言ってるけど……。
「俺だって考えますよ。馬鹿だからたいしたことは思いつかないけど多少は……」
「でも今の蓮司くんには間違いなく思考があった。拙くても、単純でも。考えて、そう思ったんだよ」
「いや別に……そんな……」
「理解はしていないだろうけどね。よし、考えるぞって思って考える人はいないから。無意識に、当たり前に考えていたんだよ。そしてそれは、今までの蓮司くんにはない行動だった」
「……そうなんすか?」
「もちろん思考していた場面はあったよ。美季ちゃんとのギャンブル前とか、赤道さんに襲われてた時とか。考えなきゃいけない場面では考え耽る様子はあった。でも今、この状況は本当にそれが必要だったのかな? 少なくとも、前者と比べて必要不可欠ではなかったはずだよ」
……どうしよう。全く話が見えてこない。これも考えている内に入るんだろうけど……そんなのいつもやってる気もする。
「ごめんなさい。俺には……」
「蓮司くん。君は他人のためになら本気を出せる人間だ」
俺の言葉を遮り、永夢さんはそう断定する。
「いや俺なんかそんないい人じゃないと思うんですけど……」
「別に特別なことじゃないよ。割合的にはそっちの方が多いんじゃないかな、特に日本では。そういう教育をしているわけだからね」
「教育……? 俺がまともな教育なんて受けてると思います……?」
「思うね。君には理性があるから。好き勝手に暴力を振るったり、他人を傷つけようとはしないでしょ? ちゃんと蓮司くんは普通の人だよ。そしてそれは、とても大事なこと」
遠回りしていたとはいえ、それなりに長い時間ドライブしていた。目の前に、Z組の森が見えてきた。そろそろ降りる準備を……と思っていると、静かに。でも温かい声音で、永夢さんは最後にこう言った。
「この感覚を忘れないでね。結果的にわからないならそれでもいい。でも考えることは、絶対にやめないで。先輩との約束だよ」
……わからない。永夢さんが言っていることが、一つもわからない。
それでもなにかとても大事なことを伝えられたということだけは、胸に圧しかかる重みでわかった。




