第2章 第32話 考えて
「……大きな声出せるんじゃん。びっくりしたわ」
「うるさいっ! あなたに言われなくても全部わかってるんですよ! 私が誰かについていくことしかできない弱い人間ってことくらいっ!」
足を動かさなければならない。タブレットを回収しなければならない。わかっているのに、口が私の身体を支配する。
「私だってあんな人についていきたくないですよっ! でも……しょうがないじゃないですかっ! 私はあなたみたいな強い人じゃないっ! 考えても考えても、もう、どうしようもないんですよっ!」
私は今まで勉強しかしてこなかったし、それでいいと思っていた。だから頭が全てという桂来学園に入学した。でも蓋を開いてみたら、なんだこれは。
「毎日毎日……辛いんですよっ! ただ生きてるだけで、自分の弱さを痛感するっ! 勉強ができるだけで頭がいいと思っていた自分に嫌気がさすっ! 本当に頭がいい人間っていうのは私のような勉強しかできないようなゴミじゃない! あなたや霊御さんのような人間が……あなたたちのような人間に……なりたかったっ! でも、無理なんですっ! 私には誰かを率いるような力も、相手の裏をかく頭もないっ! だからもう……こうすることでしか生きていけないんですよっ!」
どうしてだ。どうして私は、泣いている。
わからない。考えても、わからない。
「私だって……あなたたちみたいに……!」
「あたしたちみたい、って言うのはわかんないな。あたしとあんたじゃ考え方が違う。あんたはあたしを特別な存在か何かだと思ってるみたいだけど、別にたいした違いはない。と、あたしは考えてる」
「そういうのが一番むかつくんですっ! 謙遜こそが持っていない人間を最も傷つける。あなたのような人にはわからないんですよっ!」
「謙遜じゃないよ、経験。あたしは子どもの頃から大人に混ざって麻雀やら将棋やらやってたから相手の思考が読めるようになっただけ。あんたはその時間に勉強をやっていた。あたしとあんたの違いはそんなもんだよ。隣の芝生は青いってやつ」
本当に……わかっていない……。
「じゃあ私は……!」
「ていうか。あんた考えてたって言ってたけど本当にそう? あたしには思考停止してるようにしか見えなかったけど。じゃなきゃ霊御をすごいとか思うわけない」
「あの人は……すごいでしょう……! 選挙の当選者も……!」
「はいこれ。沙耶が無音カメラってやつで盗撮した霊御の投票画面。これ見ても同じことが言える?」
樹さんが見せてきたスマートフォンの画面。そこには1位霊御さん、2位樹さん、3位出田さん、4位如月さん、5位龍華さん、特別生徒会役員外村さんと書かれた投票画面が広がっていた。当選者はともかく、順位は全て外れている。
「答えがわかったなら逆算して読めるでしょ。霊御の思考と行動が」
「わか……るわけないでしょう……。たった、それだけの情報で……」
「はい思考停止。まず考えることから始めようよ。じゃなきゃあんたは本当の木偶の棒になるよ」
……と、言われても……。
「ごめんなさい……。本当に、わからないんです……」
「まず2位3位に敵のあたしと沙耶を書いているのにも関わらず、龍華さんは5位。これは龍華さんの裏切りに気づいてなかったってことになるよね」
「そう……ですね……」
だから、何だと言うのだ。だいたいこの時間は一体……。
「で、如月さんが4位。おかしいよね。正直言って、あたしはあの子が当選するとは思えない。ただの人気投票ならともかく、こと優秀さが必要な生徒会選挙ではね。で、極めつけは特別枠の蓮司。男子が誰も入らなかった時の特別枠に蓮司を入れている。ありえないでしょ。あたしと沙耶を3位に入れておいてチームの蓮司をそんな下だと予想するのは」
「だからそれは……霊御さんがすごくて……」
「ここから導かれる推論はこれ!」
そして樹さんは、言い切る。
「霊御はそもそも、あたしたち7人が同票になるような買収なんてしていない。あたしと沙耶、如月さんと、退学にする予定の斉賀に投票させた。残り1枠は自分と龍華さんで分配するようにした。これで友だちを使って大量に票を集めた霊御が1位。蓮司の作戦を考慮したあたしと沙耶が2位3位。4位にどうせ卑怯なことをやると予想できる斉賀。5位に何もしなかった如月さんを置ける。そんで斉賀を脱落させて、少し協力した龍華さんを繰り上げ5位。特別枠に蓮司を入れて、自分のお気に入り5人で固める。これが霊御の生徒会選挙での全部だよ」
……確かに、言われてみればそうだ。あの霊御さんが、わざわざ公平性を気にするわけがない。霊御さんが同票にするよう調整したと言った時、私は疑問に思わなかった。でも樹さんはここまでの推理をしていた。
「やっぱりすごいですよ……樹さんは」
「どうだろ。あんたの方がすごいと思うけど」
「だから謙遜は……」
「だってあんた、一度聞いただけでこの話理解できたでしょ? 蓮司ならたとえ100回説明したって絶対わかんないよ」
「どこと一緒にしてるんですか……」
いくら自分を下げたといっても、比較対象にあの馬鹿を置かれると腹が立つ。
「結局、大きな違いっていうのはそういうところを言うんだと思うよ。土台があるかないか。あんたには今までの努力。勉強。思考をするだけの頭が既に身についてる。後はさっき言った通り経験をつけるだけ。そこでだ」
樹さんが、ニヤリと。霊御さんとは明らかに違う笑みを浮かべた。
「あたしがあんたに経験をつけさせてあげる。ただ言うことを聞くだけの指示待ち人間じゃない。あんた自身が考え、発信できる人間に育ててあげる」
だがその本質はおそらく、同じ。傲慢で、ひどく独善的。
「だから選びなさい。あたしに賭けるか、霊御に賭けるか。あんたの人生をベットして」
そう迫られて私は。こう言うしかなかった。
「結局、ギャンブルですか」
「生憎あたしにはこれしかないんでね。勉強しかないあんたと同じだよ」
ギャンブルなんてやったことがないし、やるつもりもない。
ほしいのは学ぶ対象だけだ。教科書さえあれば、私は誰よりも力を吸収できる自信がある。
これしか、自信がない。
「……いいですよ。あなたに乗ってあげます」
「偉そうに、なんて言わないよ。外馬は大事だからね」
そして私と樹さんは手を結び、契約を交わした。
今日は区切りのため、1日3話更新にします!
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