第1章 第38話 傀儡
「どうでしたか? 私の実力は」
「ルールわかんないからよくは……」
「そうでしたか。ではご説明します」
美季との勝負を終えた霊御さんは、笑って言う。
「私の圧勝です」
……それはわかっている。ポーカーのことは一つもわからないが、チップが全部霊御さんに移ってしまっているのだから。
「そ……んなぁ……。なん、でぇ……?」
そして勝負に負けた美季は、テーブルに肘をついて頭を抱えていた。俺に負けた時は放心、って感じだったが、今回はまた違う。本当に、心の底から負けが認められていないようだ。
おそらくゲームの差だろう。ポーカーはギャンブルの王道って言ってたし、かなりの自信があったんだと思う。
それでも、負けた。大敗って感じでもなかったが、惜敗でもない。気づいたら負けていた、という感じだ。
「さて、観客も大勢いますしさっさと済ませましょうか」
「ひっ」
霊御さんに背後に立たれ、短く悲鳴を上げる。なんかさっきも見たなぁ……。
「負ければ服を一枚脱ぐ。それで了承しましたね?」
「ま……ってぇ……」
「こんなに大勢の方に見ていただいているんです。当然期待度的にはブラウス、あるいはショーツとなりますが」
「ぅ……うぅ……!」
「自分で脱げないのなら私が脱がせますが?」
「やっ……やぁっ!」
椅子から転げるように逃げようとする美季と、身体をがっしりと掴んで逃がさない霊御さん。
「あら。意外と着痩せするタイプなのですね」
「ゃ……めぇ……」
「ふふ。もっと大きな声で言わなければ聞こえませんわ」
床に這いつくばる美季のブラウスのボタンをゆっくりと外していき、やがて。
「ふぅ。女性の服を脱がすというのは初めての体験でしたが、なるほど。中々楽しかったですよ」
「うぅ……うぅぅぅぅ……!」
上下揃った下着に、キャップ、ニーソックス、ブーツを身に着けた妙な姿の少女が完成した。
「どうです? 蓮司。これはこれでエロティックでしょう?」
「まったくもってその通りだなっ!」
ふざけんな! こんな非道、絶対許さんっ!
「外村くん、たぶんだけど言ってることと思ってることが逆」
……いやしょうがないだろ。どっちも思ってることだ。俺が言えることじゃないが、明らかにやりすぎている。それはそれとしてなんかすごい幸せな気分。
「ところで蓮司。美季が負けた理由、わかりますか?」
ステージに座り、腕で胸を隠している美季の後ろに立ったまま霊御さんが訊ねてくる。理由なんて言われてもなぁ……。
「本調子じゃなかったんだろ。じゃなきゃ負けない……いや知らないけどさ」
「ふふ。本調子ではなかったというのは事実でしょうね。ですが美季ほどの逸材ならば、どれだけ傷ついていたとしてもすぐ切り替えられるはずですし、実際勝負が始まれば普段の迫力と遜色ありませんでした」
「じゃあ何で負けたんだ?」
「それはですね。ビビっていたんですよ、私に」
霊御さんのその一言に、美季の肩がピクリと動く。そんなことはないと言いたいようだが、今の彼女にそれを言う元気はない。その様子を横目で眺めた霊御さんは、さらに笑みを深めて言う。
「ギャンブルの鉄則は小さく負けて大きく勝つ。ですがそれは理想論です。時には負ける可能性が高くても勇気を出し、熱く張る場面が必ず訪れる。美季は今回それを見逃した。わかっていながら見送ったのです。確実に、私に勝つために」
「……悪い判断じゃないんじゃないか? いや本当に知らないんだけどさ」
「確かに悪い判断ではなかったでしょうね。ですが良い判断でもなかった。そこをネチネチと突かせていただきました。まぁそれが彼女の限界ということですね。焦ると負ける確率の低い手しか打てなくなってしまう。とても凡庸な思考です」
霊御さんにディスられ続け、ピクピクと身体を震わせ続ける美季。そんな彼女の背中を霊御さんが優しく、一呑みにするように包み込んだ。
「でも安心してください。私ならあなたの才能を完璧に使いこなしてみせます。さぁ、私のお友だちになりましょう?」
「だ……れが……」
「もちろん無理にとは言いません。私はただ待つだけ。今後機会があればこのように晒し者にし、あなたが許しを請いお友だちになるのを待つだけです。なのでゆっくり、じっくり考えてください? 事あるごとに負け続けるか、私のお友だちになって勝ち組になるか。とても優秀な美季になら最善の答えを出せるはずです」
「ぅ、ぁ……ぁあ……」
俺には霊御さんが何をしたいのかがわからない。でも美季の心がじわじわと折れていっているのはわかった。だから。
「その辺にしとけよ、霊御さん」
ここで霊御さんを止めるのは間違ってないはずだ。
「蓮司、私の邪魔をするんですか?」
「邪魔っていうかなんていうか……。俺も何が正解なのかわかんないんだよ」
美季は友だちだ。だから助けたい。でも他クラスだし、それがZ組に対してよくないことならやめるべきなのだろう。
「だから斬華、教えてくれ。お前がよく言うみんなのためって、美季のことも含めていいのか?」
隣に立つ斬華に訊ねる。今の俺が合っているのか間違っているのか。それを判断してほしい。
「……なんで私に訊くのよ。あんなに負けた私の判断なんか……」
斬華が俺から視線を逸らす。8000万の借金を気にしているのだろう。
自分が正しいことをしていると。ずっと溢れていた自信が消えているんだ。でもさ、
「別にそんなんどうでもいいよ。俺は馬鹿だ。頭が悪い。だからお前に判断してほしいんだ。だって斬華は間違ったことは言わないだろ?」
俺は普通のことを言っただけだ。自分にできないことは、できる他人に任せる。霊御さんもやろうとしている、極めて当たり前なことだろう。
それでも斬華には特別なことだったようで。
「……見たところ霊御さんはA組の中でも高い立ち位置にいると思う。ここで潰せられれば、8000万以上の価値がある。そのためなら樹さんも私が導くみんなの中よ」
ひさしぶりに見せる笑顔と共に、俺にそう命令してきた。
「だ、そうだ。悪いけど霊御さん、俺と勝負してくれ」
斬華に言われるがままにそう頼むと、霊御さんは斬華よりも輝く笑顔で立ち上がった。
「えぇ、もちろんです。今の私ならあなたに何一つとして負けるとは思えません」
「奇遇だな、俺も同じだよ。今の俺も、お前に何一つとして負けるとは思えない」




