第1章 第34話 ばかしあい
「ババ抜き……ルール知らなかったんだね……」
「あ? バレた? さすがA組だな」
さすがって……煽ってんのかこいつは……!
想定外。いや、想定することすら馬鹿げている。相手がルールを理解していることはギャンブル……いや勝負において大前提。
その前提を土台からひっくり返された。ビギナーズラックっていうのはつまりそれだ。何も知らないからこそ、意図された仕組みの外を突かれる。それを、やられてしまった。
「悪いが俺はトランプの類は一切できない。ルールを覚えられないからな!」
「だからあえてのトランプ勝負……ってことだね」
「ああ。頭いい奴は勝手に深読みしてくれるからな。こっちは何も考えてないのに、考えてる前提で踊ってくれる。言っただろ、俺からしたらお前が馬鹿だって! 無意味な推理ご苦労様でしたぁっ!」
考えれば考えるほど相手の術中……。やられたよ、完全に。
「絶対殺す……!」
あんなのただの運ゲーだ。今回はたまたま上手くいっただけ。蓮司の策は必ず勝てるというものではないし、何より。無策だとわかっていれば、何とでもなる。
「惜しかったね、蓮司。選んだのがババ抜きでさえなければあたしに勝ててたよ。でももう、遊びは終わりだから。本気で地獄に叩き落としてやる」
結局蓮司がハートの7を引けなければ勝てないんだ。そして蓮司の癖は理解している。
右利きだから、左側のカードを取る。それさえわかっていれば負けないんだよ!
「悪い、美季。さっき嘘ついたわ」
「あ……? あたしが嘘に気づけないわけないでしょ」
「普段ならそうだろうな。でもお前今、怒ってるよな? 格下に綺麗にハメられて、冷静じゃないんだよ。だから気づけなかった。もう俺の勝ちが決まってることに」
「下手なブラフはやめなよ。あたしの勝ちは揺るがない。どんな嘘をつこうが、元の格が違い過ぎる。いいから黙って引きなよ。そんであたしの勝ちだ」
あたしがギャンブルで冷静じゃない……? ありえない。こんなに思考はくっきりしている。Z組の馬鹿相手に、負けるはずがない……!
「確かに俺は馬鹿だよ。お前と比べたら遥かに格下だ。でもさ、何も考えてないわけないだろ? だって負けたら5000万だぞ? 考えるさ。単純かもしれないけど、勝つ手段くらい」
……なんだ、この自信は。やっぱりスペードの7に何か仕組んだ……? あるいはそれ以外……。あたしの後ろにカメラが仕掛けられていて、蓮司からしか見えないモニターに映像が流れてるとか……。他には……。
「だから。考えすぎなんだって。ババ抜きを知らないとは言っても、友だちがやってたのは見たことがある。引いて捨てるゲームだってことくらいはわかってたんだ」
余計な話を……。今はそれよりも……。
「だから、最初から決めていた」
蓮司の右腕がスッ、と動き。
「ずっと、馬鹿みたいに右側だけを取るって」
あたしの右手側。つまり蓮司から見た左側のハートの7に、手を伸ばしていた。最後の、最後で。こんな、馬鹿でも思いつける、手で……!
「まっ……!」
「おせぇ」
カードを換えようとしたが、蓮司の方が速かった。即座にカードを掴み、離さない。
「お前は俺を馬鹿にしすぎなんだよ。だからこんな単純な作戦に気づかなかった。こっちが7だろ? さっきまでとは反対側だからな」
「ちょっ……まって……!」
あ、りえない……! こんな。こんな、ことって……!
「手、放してくんない? 引けないんだけど」
「や、やだ……まってよ……!」
いやだ、まけたくない……! こんな、Z組なんかに負けるなんて、ありえない……!
「と、取引……! 取引だよ、蓮司っ!」
「あ? 往生際が悪いのはマイナスなんじゃないのかよ」
「いいから聞いてっ。悪い話じゃないんだよ!」
思考が、まとまらない。でも言うしかない! なにか、なにかをっ!
「あ、たしと蓮司は友だちだよね!?」
「ん? ああもちろん。でもポイントはもらうぞ」
「わ、わかってる……。5500……や、6000万ポイントあげる! だから、この場はあたしの勝ちにしてほしいのっ!」
そ……うだ。それでいい。とにかくこの場で負けなければ、何でもいい。
「……なんで? 別にいいだろ、ちょっと負けるくらい」
「だめなのっ! あたしほら、A組だし! こんなキャラだし! 生徒会選挙にも、出るから! ここで負けるわけにはいかないの! わかるでしょっ!?」
何よりも観客が邪魔だ。Z組に負けたA組なんて、当選するわけがない。それに、クールキャラを気取ってるのに下着を晒すことなんてできない。そんなことしたらあたしの高校生活はめちゃくちゃだ。
ちょっと考えればわかるはずだ。ここで負けるのは、失うものが何もない蓮司の方だって。
蓮司だってあたしを貶めたいわけじゃない。1000万上乗せとなったら乗ってくれるはずだ。だってそっちの方が蓮司にとってメリットが大きいから。
普通。そうなるはずだ。
だが、蓮司は。
「ごめん、なに言ってんのかよくわかんない」
「あ――!」
蓮司の手がハートの7を引き、天に伸びる。
そうだ。そうだよ。そうだった。
あたしは勘違いしてたんだ。過大評価、し過ぎていた。
蓮司は、蓮司は――。
「これで俺の勝ち、だよな? え? ババ抜きってこれでいいんだよね?」
「ば、かぁぁぁぁ……!」




