第1章 第33話 ルール無用
「んだコラァ! 俺が童貞だったら何か問題でもあんのかコラァ!」
「ただの雑談だって。ほら、先行は譲ってあげるよ」
怒りは思考を単純化させる。蓮司はたいして考えもせず、右利きだから普通に左側の方のカードを取り、その場に捨てた。1対1である以上、ジョーカーさえ引かなければ必ずペアは揃う。
「いやね、この前も女の子口説こうとしてたじゃん? だから必死なのかなって。あの子のこと口説こうとしてるんでしょ?」
あたしは考察する時間を伸ばすため、蓮司の手札の上で悩むフリをする。
「別にそんなんじゃねぇよ。友だちを助ける。当たり前だろ」
「そうかなぁ。でもお似合いだと思うよ? 同じ馬鹿同士なんだから」
「馬鹿?」
蓮司の眉が、ピクリと動いた。自分がってより、あの子を貶されるのが嫌って感じかな。カードを引き、微笑む。
「だってそうでしょ? 大金を賭けて負け、負けを取り戻そうとさらに大金を賭けて負け、気づいた時にはどうしようもない借金地獄。馬鹿の典型的な末路だよ」
「借金してでも譲れないものがあったんだろ」
「ふふ。よく生きてられると思うよ。そっか、Z組は負けるのが当然だもんね。A組ならそうはいかない。上にいるのは常に勝つことが前提だもん。負けたら1人だけ下のクラス、とかされそうだよ」
「そりゃあかわいそうに。Z組で仲良くしてやるよ」
「強がるなぁ。君もあの子と同じどうしようもない馬鹿だよ。底辺が最高峰に勝てると思ってるんだからさ」
「悪いけど俺は斬華のことを馬鹿だと思ったことはない」
「ははっ。確かに君からしてみればね」
「馬鹿の基準なんてないだろ。全部自分の価値観次第だ」
「それもそうだね。じゃあ謝らなきゃ……」
ゲームは進み、最終盤。あたしの手札はハートの7、1枚で、蓮司の手札はスペードの7と、ジョーカーの2枚。あたしがここで7を引けば勝ちだ。
「ごめん、さっきのは訂正するよ。蓮司は馬鹿じゃない。相手があたしじゃなければ、勝ててたかもね」
最後までずっと表情を変えなかった。ポーカーフェイスはできていた。ただ一つ、視線だけ。2枚だけ、他のカードよりほんのわずかによく見ていた。
あたしじゃなければ確実に気づかれなかっただろう。上手く最初から続く困惑の中に感情を押し込められていた。
だが残念ながら相手はあたしだ。怒りを誘発させ、イカサマを発動させる隙を与えなかった。さらに注視度の差から、高いのがジョーカー、低いのがスペードの7だということにも気づいている。
仮に蓮司の方が上手でジョーカーを引いてしまったとしよう。それでもあたしに負けはない。
癖。蓮司は今まで、カードを引く時は必ず利き手に合わせた左手側を選んでいた。それさえわかっていれば、負けることなどありえない。
「蓮司は馬鹿じゃないよ。あたし相手によく戦ったと思う」
「そうか。俺はお前が馬鹿だと思ってるぞ。俺の策に引っかかっているのも知らずに勝ち誇ってるんだから」
ブラフだ。イカサマをさせる隙は与えていない。
「往生際が悪いのはマイナス点かな。所詮はZ組ってところだね。黙って地獄に落ちなよ」
「これ以上落ちる場所なんてねぇよ。お前と違ってな。俺も斬華も、借金くらいなんでもないんだよ」
どこまでも口の減らない。まぁいいや……。
「話は後で聞くよ。蓮司が借金を返せず永夢さんの奴隷になった後でさぁっ!」
そしてあたしはスペードの7を引いた。
「え――?」
はずだった。なのに……!
「どうして……ジョーカーが……!?」
そんな……ありえない……!
あたしの推理は完璧だった。現にここまでずっと7とジョーカーを残してきた。
注視度をあえて変えていた……? ありえない。
嘘をついていたならあたしが気づけないはずがない。正答率が6、7割と言ってもそれは普段の話。ことギャンブルにおいては、嘘をついているかどうかは9割以上当てられる。
その1割を突いた……? いやそれもありえない。自然、過ぎた。一つの淀みもない。最初から最後まで、ずっとジョーカー、7の順番で見てきた。
どれだけ注意しようが、自然な反応を操れるわけがない。ありえるとしたら、イカサマを仕組んでいた7への意識がジョーカーを上回っていた……。それしかありえない……!
くそ、ミスった! こんな、こんなことが……!
Z組に! 馬鹿のZ組相手にこんなミスを――!
「どうした? 揃ったんなら早く捨てろよ」
「…………。……は?」
いま、なんていった?
ジョーカーを……捨てる……? ジョーカーが揃う……? 何を言って……!
「……待てよ。残り合計3枚ってことは1枚余るよな……。ペアができない……なんで……?」
「は……ぁ……?」
まさかルールを知らないわけでもあるまいし。何を今更そんなことを気にして……。
「ルールを……知らない……?」
い、いや馬鹿なっ! ありえない! ババ抜きの提案をしてきたのは蓮司だ! そんなはずないっ!
「ぁ……? ジョーカーだけ他と違うよな……。カードが1枚余って……1枚だけ他とは違うカードがある……。なるほど……」
ありえない! が、辻褄が合うっ!
最初から困っていたのも、同数字を3枚捨てたのも、注視度が違うのも!
間違えて捨ててしまった7に最も意識が向き、他とは種類が違うジョーカーに2番目に意識が向いていくのは自然、すぎる!
でも、そんなのって……! ルールも知らないのに勝負を……! 5000万も賭ける勝負に挑むだなんて……!
「ババ抜きって、最後までジョーカーを持っていた奴が負けるゲームか!」
「どんだけ、馬鹿なの……!?」




