3話 生徒会長
翌朝。
私立天星学園、一年二組。
「……ククク。今日もまた、退屈な一日が始まるわね」
立花舞彩は、窓際の席で不敵な笑みを浮かべていた。
(……昨日のことは忘れよう)
(……生徒会室には、もう二度と近づかない……!)
「おはよ、舞彩!」
「ひゃっ!?」
突然背後から声をかけられ、舞彩の肩が跳ね上がった。
「またびっくりしてる!」
「……フッ。陽菜、我が背後を取るとはいい度胸ね」
「普通に歩いてきただけだよ?」
小鳥遊陽菜は笑いながら隣の席に腰を下ろした。
「そういえば昨日、帰るの遅かったよね。何してたの?」
「……少しばかり、迷える魂を導いていたのよ」
「また変なことしてたんだ」
「……噛み殺すわよ」
「はいはい」
陽菜は慣れた様子で笑った。
「でもさ、舞彩って何だかんだ優しいよね」
「……何を言っているのかしら」
「この前も落とし物届けてたし」
「……フッ。弱き者を救済するのも、我が使命の一つよ」
「そういうところだよ」
「…………」
(……ほ、褒められた……?)
(……いや、違う! きっとからかわれてるだけ……!)
舞彩は、顔が熱くなるのをごまかすように窓の外へ視線を向けた。
そのとき。
「一年二組の立花舞彩さん、いるかな?」
教室の扉から、見覚えのある女子生徒が顔を覗かせた。
(……あれ?)
(……昨日の……!)
「水瀬先輩?」
「あっ、いたいた!」
生徒会の水瀬琴音だった。
琴音は舞彩の席まで来ると、一枚の封筒を差し出した。
「はい、これ!」
「……何かしら」
「生徒会役員任命通知!」
「…………」
舞彩は封筒を見つめた。
「……はい?」
「会長が推薦しました!」
「…………」
(……え?)
(……ええええええ!?)
「ちょ、ちょっと待ちなさい!」
「ん?」
「……何故、私が生徒会に!?」
「昨日、書類運ぶの手伝ってくれたでしょ? だから!」
「…………」
(……だから!?)
(……だからって何!?)
(……全然理由になってないんだけど!?)
「……断るわ」
「えっ?」
「……私は、群れることを好まない孤高の存在なのよ!」
「でも、もう先生には話が通ってるって」
「…………」
「詳しくは生徒会室で、だって!」
琴音はにっこり笑った。
「じゃあ放課後、待ってるね!」
そう言って教室を出ていく。
舞彩は、封筒を握りしめた。
(……あの人ぉぉぉ!!)
昨日の生徒会長の笑顔が脳裏に浮かぶ。
『また会えるといいね』
(……こういう意味だったの!?)
「舞彩?」
陽菜が横から覗き込んできた。
「……何かしら」
「生徒会入るの?」
「……入らないわ」
「でも任命通知って書いてあるよ?」
「……これは何かの陰謀よ」
「すごいじゃん! 生徒会役員!」
「……すごくないわ!」
思わず声が大きくなった。
周囲の生徒が振り返る。
「…………」
(……見ないでぇぇぇ!!)
舞彩は、慌てて咳払いした。
「……フッ。少々、取り乱したわね」
「めっちゃ取り乱してたね」
「……噛み殺すわよ」
「はいはい」
陽菜は楽しそうに笑った。
「でも、生徒会って格好いいじゃん。舞彩に似合うと思うよ?」
「……何故?」
「だって、何か秘密組織っぽいし!」
「…………」
舞彩は少しだけ考えた。
(……秘密組織……)
(……確かに、響きは悪くない……)
しかし、すぐに首を振った。
(……いやいやいや!)
(……絶対面倒くさいやつだから!!)
「……私は、誰の下にもつかないわ」
「じゃあ会長になれば?」
「……それはそれで嫌」
「わがままだなぁ」
陽菜は笑いながら、自分の席へ戻っていった。
舞彩は、机の上に置かれた封筒を見つめた。
そこには、達筆な文字でこう書かれていた。
『生徒会役員任命通知』
「…………」
舞彩は、静かにため息をついた。
(……帰りたい……)
◇ ◇ ◇
昼休み。
「舞彩、生徒会って何するの?」
「……知らないわ」
「えっ、知らないの!?」
「……勝手に任命されたのよ」
「じゃあ、放課後聞きに行くの?」
「……行かないわ」
「でも、先生にも話通ってるんでしょ?」
「…………」
舞彩は、弁当の唐揚げを口に運んだ。
美味しかった。
しかし、今日はいつもより味が分からない。
「……陽菜」
「ん?」
「……生徒会って、辞められるのかしら」
「入る前から辞めること考えてる!」
「……私は、自由を愛する存在なのよ」
「じゃあ、ちゃんと断りに行かなきゃね」
「…………」
(……それができたら苦労しないのぉぉぉ!!)
舞彩は、机に突っ伏したくなるのを必死にこらえた。
陽菜はそんな舞彩を見て、くすくすと笑った。
「大丈夫だよ。舞彩なら何とかなるって!」
「……何を根拠に」
「だって、舞彩って優しいもん」
「…………」
舞彩は、少しだけ顔をそらした。
「……フッ。当然よ」
(……そういうこと、急に言わないでよぉぉぉ……!)
◇ ◇ ◇
放課後。
舞彩は、生徒会室の前に立っていた。
「…………」
(……帰りたい)
(……今すぐ帰りたい)
(……でも、断らないと……)
深呼吸を一つ。
そして、扉を開けた。
「……邪魔するわよ!」
「あ、立花さん!」
琴音が笑顔で迎えてくれた。
「待ってたよ!」
「……私は、ここへ宣戦布告に来たのよ」
「えっ?」
その奥で、書類を読んでいた男子生徒が顔を上げた。
「やあ、立花さん。来てくれたんだね」
「…………」
舞彩は、ゆっくりと男子生徒を指差した。
「……あなたね」
「ん?」
「……私を勝手に生徒会へ引きずり込もうとしている黒幕は!」
「黒幕かぁ。なかなか格好いい呼び方だね」
「……褒めてないわよ!」
男子生徒は、穏やかに笑った。
「でも、君が来てくれて嬉しいよ」
「……私は断りに来たのよ!」
「うん。聞いてるよ」
「……だったら!」
「でも、もう決まったことだからね」
「…………」
(……は?)
「担任の先生にも、生徒会顧問の先生にも許可をもらってあるよ」
「……ちょっと待ちなさい」
「来月の学校行事の運営名簿にも、君の名前を入れておいた」
「…………」
「あと、役員の辞任には書類と顧問の承認が必要だから、少し手間がかかるかな」
「…………」
舞彩のこめかみが、ぴくぴくと動いた。
「……外堀を埋めるなぁぁぁ!!」
生徒会室に、舞彩の叫び声が響いた。
男子生徒は、楽しそうに笑った。
「元気がいいね」
「……あなた、何様のつもり!?」
「生徒会長だけど?」
「……そういう意味じゃないわよ!」
「ふふっ」
男子生徒は、机の上の書類を一枚差し出した。
「じゃあ、改めて」
「……何かしら」
「立花舞彩さん。今日から君は、生徒会の一員だよ」
「……断るわ」
「会長命令」
「…………」
(……なんだこいつぅぅぅ!!)
舞彩は、心の底からそう思った。
こうして。
漆黒の魔眼を持つ少女は、本人の意思とはまったく関係なく、生徒会役員となってしまったのだった。




