1話 漆黒の魔眼を持つ少女
私立天星学園。
天星市の高台に建つ、ごく普通の私立高校。
その一年二組には、少しばかり変わった少女がいた。
「……ククク。今日もまた、世界は仮初めの平穏を享受しているようね」
窓際の席で、不敵な笑みを浮かべる少女。
肩まで伸びた黒髪に、茶色の左目。そして右目には漆黒の眼帯。
彼女の名は、立花舞彩。
十六歳、身長百四十八センチ。
重度の厨二病患者である。
「おはよ、舞彩!」
「ひゃっ!?」
突然の声に、舞彩の肩が跳ねた。
振り返ると、親友の小鳥遊陽菜が笑っていた。
「今、めっちゃびっくりしたよね?」
「……フッ。背後から近づくとは、なかなかの度胸ね」
(びっくりしたぁぁぁ!!)
(変な声出ちゃった!! 恥ずかしいぃぃ!!)
舞彩は極度の恥ずかしがり屋で、あがり症だった。
普通に話そうとすると緊張してしまう。
だからこそ、厨二病という仮面を被っている。
堂々とした自分を演じれば、少しくらい変なことを言っても問題ない。
我ながら完璧な作戦だった。
「ところで、数学の宿題やった?」
「…………」
舞彩の笑みが止まった。
「……数学?」
「昨日のプリント」
「……我が魔眼が、数字という概念を拒絶しているだけよ」
「やってないんじゃん!」
(忘れてたぁぁぁ!!)
昨夜は宿題をするつもりだった。
しかし、気づけばノートに黒い翼を生やした自分のイラストを描いていた。
しかも、なかなかの力作である。
「あと十分で先生来るよ?」
「…………」
「舞彩?」
「……プリント、見せて」
「最初からそう言えばいいのに!」
陽菜からプリントを借り、舞彩は必死にシャープペンシルを走らせた。
「立花、魔眼で答え見えないの?」
近くの男子生徒が笑う。
「……魔力の節約よ」
「便利な設定だなぁ」
「……噛み殺すわよ」
「出た! 立花の必殺台詞!」
教室に笑いが広がった。
舞彩は余裕たっぷりに鼻を鳴らす。
(うわぁぁ!! また変なこと言っちゃった!!)
内心では、顔から火が出そうだった。
◇ ◇ ◇
「立花。問三、黒板で解いてみろ」
「…………」
(えっ!? 私!?)
数学の授業。
舞彩は、ゆっくりと立ち上がった。
「……先生。この問題は、我が封印を解くに値しないわ」
「分からないなら分からないと言え」
「……分かるわよ」
「じゃあ解け」
(終わったぁぁぁ!!)
黒板の前に立つ。
チョークを握る。
問題を見る。
(……分からない)
見事なまでに分からなかった。
そのとき。
「……先に括弧の中」
陽菜が小声で教えてくれた。
(陽菜ぁぁぁ!! あなたは天使なの!?)
「……フッ。解が見えたわ」
「なら早く書け」
数分後。
何とか正解にたどり着いた舞彩は、堂々と席へ戻った。
「よかったね」
陽菜が笑う。
「……礼は言わないわよ」
「はいはい」
「……でも、助かった」
「どういたしまして!」
舞彩は、慌てて顔をそらした。
(うぅ……恥ずかしい……!)
◇ ◇ ◇
昼休み。
舞彩が弁当箱を開けると、卵焼きと唐揚げ、ウサギ型のリンゴが並んでいた。
隅には母親からのメモ。
『舞彩ちゃんへ! 今日も元気にいってらっしゃい! お母さん特製、愛情たっぷり弁当だよ♡』
(……お母さん……)
「わっ、可愛いお弁当!」
「……っ!?」
陽菜が横から覗き込んできた。
「そのウサギ、一個ちょうだい!」
「……仕方ないわね」
リンゴを受け取った陽菜が、ふと思い出したように言う。
「そういえば、昨日駅前で変な事件があったらしいよ」
「……事件?」
「夜中に大きな音がして、道路に穴が開いたんだって。ガス管の事故って噂だけど」
「……闇の眷属が動き始めたのかもしれないわね」
「また始まった!」
陽菜は笑った。
「じゃあ、何かあったら舞彩が守ってね」
「……当然よ。私の庇護下にある限り、指一本触れさせはしないわ」
「じゃあ次の体育のバレーボールも守ってね!」
「…………」
「この前、ボールから逃げてたじゃん」
「……あれは戦略的撤退よ!」
「顔面に当たりそうでしゃがんでたよね?」
「……噛み殺すわよ!」
陽菜が声を上げて笑った。
舞彩も、つられて少しだけ笑う。
こういう時間は、嫌いではなかった。
陽菜といると、ほんの少しだけ、素の自分でいられる気がした。




