第九話:またオレ、何かやっちゃいました?(※やってない)
いざギルドに入ると、俺の予想を裏切る光景が広がっていた。壁に貼られた依頼書を指差しながら、ティアラが畳み掛ける。
「見て。探し物、荷物運び、薬草の採集……。ほら、これは街の見回り。こっちは……草むしりね」
「草むしり?」
「そうよ。魔王と戦う人なんて一割もいない。九割はこういう地味な仕事で食いつないでるの。……これなら、あんたでも死なないでしょ?」
(草むしり……。採集……)
「うーん……。そうかぁ。ま、その程度なら皿洗いより楽そうかな?」
「ね! そうでしょ!」
ティアラは、またあの上目遣いだ。今度は尻尾を俺の太ももに擦りつけている。お尻もぷにょぷにょ当たっている。
「よっし! 決めた! 冒険者、やってやろうじゃねーか!」
そう意気込んで一歩踏み出した俺の背後で、せっかく覚悟を決めた俺をあざ笑うかのいうに、またあの妙な噂話が聞こえてきた。
「森喰らいを追い払った化け物……この街に潜んでるって噂だぜ」
「どんな恐ろしい奴なんだろうな……」
俺はティアラに、もっと男らしいとこを見せようと、噂話なんか気にもとめないタフな男を気取りつつ、軽快に口笛を吹きながら鼻歌も歌った。(む、むつかしい……)
「へ、へぇー……。ほんと物騒な街だな。な……なぁ、ティアラ?」
ティアラは、何も答えなかった。だが俺は分かっている。きっとこう思ってるはずだ。「そんなに危険な街だったんだ……」そして「でも、アタシにはユーマがいるもん♪」とも。
へへ。困ったジャジャ猫だよ。
*
──ということで、俺はギルドの受付の前までやってきた。
目の前に、ムッチムチの制服に身を包んだ、ど定番の巨乳受付嬢が立っていた。
(年上だ! よぉーし!)
「……あ、あの、と、登録をお願いしたいんですが……」
俺は可愛らしくアヒル口を作り、お目目をパチクリさせて、超キュートな少年っぽさを演出しながら──至近距離でその豊満な胸元にもパチクリさせた。
(パチクリ。パチクリ)
俺の鼻の下は伸び放題。鼻の長いアヒルだ……。
(今日はこれでいくぞ!)
なのに、お姉さんは。
「はい、承知いたしました。私は当ギルドの、受付担当のミラと申します」
メッチャ事務的に対応されてしまった。
(パチクリ! パチクリ!)
ん? あれ? ミラ……。どっかで聞いたような名前だな。まあいいや。(巨乳だし)
「では、こちらの水晶に手をかざしてください。あなたの能力を測定します」
(き、きた! 異世界テンプレ、ステータス測定!)
俺はワクワクしながら水晶に手を置いた。これで「測定不能」とか「カンスト」とか出て、お姉さんが腰を抜かして俺に惚れる……そんな光景が目に浮かぶ。
水晶が、神々しく光りだす──。
「……え?」
お姉さんの眉がピクリと動く。
「あの……すみません。もう一度、いいですか?」
(おっ、驚いてるな? 隠しきれない王者の風格が出ちゃったかー!? ぱちくり)
二度、三度。お姉さんは首を傾げながら、水晶を叩いたり、裏側を覗いたりした。
「おかしいわね……故障かしら……」
「またオレ、何かやっちゃいました?」
俺はこの場に一番ふさわしい言葉を、さらりと言ってのけた。
「……あのォー、全ての項目が、一の位までぴったり『標準値』なんですが……」
(無視か~ぃ)
お姉さんは、不思議そうな顔をした。
「標準値?」と隣でティアラが、怪訝な顔で聞き返す。
「はい。筋力、魔力、運、他、全てにおいて、この街の成人男性の平均データと寸分違わず一致しています。……こんなこと、確率的にあり得ないんですけど」
それを聞いたティアラは、チラリと俺を一瞥した。
「当然でしょ。こいつ、いつも変な妄想ばっかり見てるくせに、その割に何の取柄もないし、悪い意味で現実的なのよね」
「堅実で何が悪い!」
言い返す俺。
すぐさまティアラも反撃する。
「堅実じゃなくて『現実的』つまり平均的で、つまらないオトコって意味ね」
俺たちのやり取りを聞いていたお姉さんが「……現実的……ですか」と呟いた。そして、なぜか俺の顔をまじまじと見つめてきた。
(もしかして! お目々パチクリ作戦が成功してる!?)
と思ったけど、お姉さんは何かを納得したように小さく頷いて、すぐに営業用の完璧な笑顔に戻った。
だけども……。
俺も実は一つだけ、心の中では少しだけ引っかかっていた。
(平均? 女神様がくれたスキル……なんだったっけ。あ、『現実主義』だ)
「──お疲れさまでした。それでは、このギルドカードをお渡します。無くさないようにお願いしますね。再発行には──」
その後も、お姉さんのベロン・ベロンよく回る舌で、あれやこれやと注意事項を並べ立てていたけど、正直そんな話は興味ないし退屈だったので、お姉さんの視線が俺から逸れる度に”たわわ”を盗み見たりしながら時間を潰した。
──滞りなく説明が済み、晴れて登録が済んだ。
いよいよ俺も、本格的な冒険者として、偉大な一歩を踏み出すこととなる。
(結局……、ティアラに上手く乗せられた感は否めないが……)
「やったね! このZ級冒険者ッ。この、このーっ」
「へへへ……、へ? Z級ぅぅぅ!!!?」
慌ててギルドカードを確認する。
「そんなこと書いてないだろーー!」
「あはははは」
*
ギルドの外に出たところで、俺はティアラにあることを白状した。
「……なぁティアラ。さっきの数値なんだけど……俺のスキルが、何か関係してんのかな?」
「スキル?」
「うん。実は俺さぁ、女神から『現実主義』ってスキルを無理やり押し付けられたんだよね」
「……そういえばあんた、別の世界からの転移者だって言ってたわね」
「そう。で、なんかさー、女神が色々言ってたけど、正直何言ってんだか分かんなかったんだけど……辛うじて理解できたのは、なんでもかんでも『現実的な範囲』に引き戻しちゃう能力らしいんだわ……」
ティアラは一瞬だけ、妙な顔をしたが、すぐに呆れ顔に戻った。
「……へぇ。あんたのその『華のない平凡さ』は、スキルのせいだったのね。納得だわ」
「平凡じゃねェーしッ!!」
「ところで……。まだその、アヒル口とパチクリお目々作戦は続けるつもりなの?」
「知……知ってたのかよ」
(恥ずぃ……)
俺はすぐさまアヒル口とお目々パチクリを止めて、普段のクールなナチュラルイケメン顔に戻した。
「……ねぇユーマ。あの森の魔物に勝てたのも、もしかすると……そのお陰かな?」
すっかりそのことを忘れていたけど、この街に来る前に、森で遭遇した伝承級の魔物・グラウ=ヴァルムのことを、俺も思い出した。
「いや流石に、それはないだろォォ」
俺は速攻で反論した。
「あら? あんたにしては謙虚じゃない?」
「謙虚? は? 何言ってのお前。違うだろ! 魔物を倒したのはスキルとかじゃなくて、完全に”俺の実力”だっただろー! 憶えてないんか!? ほんっと何言ってんの、お前」
「……」
俺に論破されて、押し黙るティアラ。
そんなバカっ話をしながらも、ちゃっかり者の俺たちは、既に初依頼を受けていた。
「初仕事の一発目として『庭の草むしり』って、どうなんだ? これって普通なんかな?」
俺が尋ねると、ティアラは。
「あんたが『戦闘は怖いから、したくないっ!』って”しっこ”チビらせてワンワン泣くから、必然的に”そういう仕事ばかり”になるのは、仕方ないじゃない」
「はぁぁぁぁ!? 漏らしてねーわ! ビビってもねーし!」
(泣いてもねーわ!)
「まぁね。今はまだZ級なんだから、しょぼい仕事でも、それはしょーがないよ」
「……」
「あ、また、ギルドカード確認したでしょ」
「してねーわ!」
さて……と。
俺たちはギルド登録したその足で、早速、依頼のあった屋敷へと向かった。




