第十話:巨乳受付嬢 ミラさん、般若になる
地図を頼りにたどり着いたのは、街外れにある、やけに広くて薄暗い屋敷だった。
「依頼主いねーな……。まぁいいか、ここだろ?」
俺たちは勝手に敷地内に入り、生い茂った奇妙な模様が施された草を引き抜き始めた。
「これ、抜きにくいな。なんか地面に模様が彫ってあるぞ」
「いいから、サッサとやりなさいよ。お腹空いたんだから」
その時だった。
「ゴぉらああああーーー! クソガキ共ぉぉ! なぁーにをやってんだぁぁぁ!!」
地鳴りのような怒号と共に、一人の強面のオッサンが、物凄い勢いで突進してきた。その形相は、まさに鬼か悪魔かって顔だ。
「ぎゃああああ! 逃げろティアラ! なんか知らんけど殺されるぅぅ!!」
「ほ、ほら言ったじゃない! あんた場所を間違えたのよーっ!!」
俺たちは必死で路地裏を駆け抜け、なんとかオッサンを振り切った。
それから一時間後──。
「……まだ、あそこにいるかな。あのオッサン」
「怖くて近づけないわよ……」
俺たちは時間を潰すために、広場の噴水で泥だらけの手を洗ったり、公園でかくれんぼしたり、高鬼、低鬼、色鬼、泥警など様々な遊びにトライし、童心に戻ってはしゃぎまくった。
更に一時間経過して、ふと我に返り「こんなとこで、現実逃避してる場合じゃない!」と覚悟を決めて大通りに出たら、もうあのオッサンの姿はどこにもなかった。
◇
程なくして、ギルドへと帰還。
扉を開けた瞬間、俺は凄まじい殺気を感じて足を止めた。
受付カウンターで、さっきまでニコニコしていたムチムチお姉さんが、俺たちの顔を見るなり、般若のような形相でペンを握りしめた。
「……おかえりなさい。ユーマ様、ティアラ様」
静かな威圧感。
「あ、はは……ただいま戻りました」
俺が愛想笑いを浮かべると、お姉さんは机をドン! と叩いた。
(パチクリ)
「あなたたち、一体何をしたんですか!!」
そう言って、お姉さんは再度、机をドン! と叩く。
その衝撃で大きな”たわわ”が、上下にぶるぶる揺れて──時間差で”ピタリ”と止まる。
「ひぃぃぃ!」
めっちゃ怒ってはる……。
「さっき、魔……じゃなかった、クロム様が血相を変えて、怒鳴り込んできましたよ!」
「クロム? 誰っすかぁ……それ」
「今日! あなた達から、多大な被害を被った方の名前です! 『あのガキどもを連れてこい、地獄を見せてやる!』って息巻いていますよ」
「はぁぁ!? 返り討ちにしてくれるわ!」
「あはは……『帰り際に行ってやるわ!』ですって。うちのユーくん、もう謝罪する気満々で、張り切っちゃってマス。はは」
(何、体裁してんだよ、このドラ猫!)
お姉さんの話によれば、かつては相当な実力者だったらしく『知ってる人なら、誰でも知ってる!』らしい。(そりゃそーだろ!)
「あの方は、再起をかけて庭に十年がかりで『超巨大魔法陣』を草の配置で描いていたそうよ」
お姉さんは、虚ろな瞳で俺たちを見た。相当絞られたんだろうな。(かわいそうに)
(つか魔法陣なんて何に使うんだよ! 狂ってんなあのイカれ魔法オタクめ)
「それを、あなたたちが『ただの雑草』だと思って、根こそぎ抜いちゃったそうですね?」
「……」
「……」
俺とティアラは、無言で視線を逸らした。間違いなく俺たちじゃん……。
「あの……つかぬことをお伺いしますが、お姉さん?」
「……はい。なんでしょう?」
「何で話を聞いただけで、それが俺たちだって分かったの?」
「クロム様から聞いた外見の特徴で、絶対にあなた達だって、ピンときました」
「あ、そうなんだぁ……。で? 因みに俺のことは、どんな外見だって言ってた?」
俺はドキドキしながら、返答を待った。
どれだけ俺がイケメンだったとしても、逆上している奴の口から出る言葉なんて、どうせろくなもんじゃない。いちいちムキになって反応したりしない自信は、ある!
「ええ……とですねェ、マヌケ面の、見た目アホそうな、馬鹿だと。あ、あと童貞っぽいとかも……言ってたかなぁ?」
「なにをーーーっ!!」
「うん、当たってるね! それじゃ、私のことは何て言ってたー?」
「女とは思えない、胸の平べったい、ドラ猫ですって」
「なによぉぉーー! 老いぼれてんじゃないの!?」
「お姉さん冗談きついって! あの怒鳴り散らしてた短気なクソ親父が実力者? ないない。あんなの血圧が高いだけの、ただの近所のオッサンだろ」
俺がそう言ったら、お姉さんは鬼の形相で、俺たちを交互に睨みつけた。
「「す、すみません……」」
俺たちは身の危険を感じて、一斉に謝った。
(なんでクソ親父をディスったら、お姉さんが怒るんだよ?)
「それと!」
「はい……まだ……、何かありましたっけ?」
恐る恐る訊いてみた。
「私の名前は『お姉さん』ではありません! 『ミラ』です! 一度、自己紹介していますよね」
「「ご、ごめんなさい……ミラさん」」
またしても俺たちの声は、自然と揃っていた。
「……はぁ。本当は、もっとちゃんとした形で、引き合わせようと思っていたのに……台無しです」
ミラさんが、深いため息と一緒にボソリと呟いた。
「はぁ!? なんだそれェ? なんで俺が橋渡しなんてされるんだよ! クロムなんて知らねーし、昨日が初対面だったんだけど? お花畑を出す魔法でも唱えてろよ!」
「まぁ、そう言わず。……あの方とは、その……きっと、あなた方とは気が合うと、私はそう思ったんです」
「うぇー!? あんな短気なクソオヤジと? 気が合うわけないじゃん! 世界が滅亡して俺とあの親父”二人だけ”になったとしても、全く気が合う気がしねーわ! Gの方がまだ心許せそうだわ」
俺がケラケラ笑っていると、再度ミラさんに、般若の形相で睨みつけられた。
「いいから、仲直りしてきてください!! 間違えて草をむしったのは本当の話でしょう? ちゃんと謝りに行くのが筋です!」
「ヤダよォ! だったら手紙か……、あ、そうだ! 念話でも送って済ませばいいじゃん!」
俺がそう言った途端、ミラさんは急に真面目な顔つきに変わった。
「ね……念話? ユーマ様は、念話を使えるのですか」
「はい? あははは、そんなのジョークに決まってんじゃん。俺が使えるわけないでしょ」
もしかしてミラさん……天然?(巨乳?)
「……それもそうですね。いえ、結構です。忘れてください」
「ヤッター! いいの?」
「いいわけないでしょ! ちゃんと謝りに行きますからね。全く……また何かやらかしそうで心配ですから、私もついて行きます。いいですね?」
「えーっ!! 保護者同伴みたいで絶対にヤダ! なんか子供みたいじゃん!? ミラさんと二人きりのデートならともかく……」
俺は必死に駄々をこねたが、ミラさんの目は一切笑っていなかった。
「同行には『監視』という意味も含みますからね。さあ、行きますよ」
「今から!?」
「当然です」
「えぇぇ……ヤダなぁ」
「行きます!!」
こうして俺たちは、ギルド登録初日にして「オッサンのクレーマー対応」という、この上なく現実的な試練を背負わされることになった。
とは言え……。
本心を言えば、十年かけてって言ってたしなぁ……、という罪悪感が無いわけではない。だから無償で働いてやってもいいかな? とも考えている。
(って言っても! 奴の出方次第だけどなッ!)
その後ミラさんは、別の案件を片づけたら”代わりの受付嬢を配置する”ので、少しの間待っててください、と言って、どこかに消えた。
「ねぇ……ところで。あんたが言ってた”アレ”『現実主義』だっけ? もしかしてそのスキルのせいで、魔法陣がただの雑草に見えたんじゃないの?」
「は? 俺のせいかよ。あんなの、誰が見たってただの雑草だろ」
どうして俺の周りって、こうも、怪奇好きな奴らが多いんだよ……。




