第十一話:俺、スケベだけど、何もしないから!
道中、ミラさんは終始無言だった。
俺が「ミラさんと歩けるなんて、最高のご褒美だよーっ」とおだてても、彼女は「……これから何が起きるか、分かっているんですか?」と、お通夜みたいな顔で返すだけだった。
そうして辿り着いたのは、例の不気味な屋敷だった。
「来たか……クソガキども……」
玄関から現れたクロムの体からは、どす黒いオーラのようなものが立ち上がっている。
(なんだぁ? また訳の分かんない、演出なんかしちゃってよー)
ミラさんが俺の背中をグイッと押した。
「さあ、ユーマ様。まずは謝罪を」
「……やだよ。なんで俺が謝らなきゃいけないんだよ」
「この期に及んで、まだそんなことを……」
「あんなの、どう見たってただの雑草だよ。むしろ無償で庭が綺麗になって良かったじゃん! 無料サービスじゃん?」
俺が腕を組んでそっぽを向くと、クロムの言葉が、より一層強い口調へと変わった。
「……貴様。我が『暗黒魔法陣』を侮辱するか……。えぇーい、死を以て償えッ!」
クロムが右手をかざすと、黒い雷のようなものが俺に向かって放たれた。
「クロム様!!?」
「ユーマ危ないっ!!」
「うっわ!! あっ、危ねーっ!!」
(死んだぁぁぁ!!)
俺は反射的に首を傾けて避けた。雷は俺の横の木に当たり、パチパチと静電気のような音を立てた。
(なんだ今の? ビリビリボールペンか?)
こいつの実力は、今ので十分に分かった。冗談抜きに「死ぬか!」と思った。ただし──俺に命中しそうになる、その直前までは。
「静電気で脅すとか、子供かよ! ほらミラさん、帰ろうぜ。こんな静電気オヤジの相手してらんねーよ」
「……なっ!? わ、我が一撃を避けただけでなく……静電気だと……?」
クロムは愕然とした表情で、自分の右手を凝視した。
「いちいち、大袈裟なんだよっ!」
そこに、ミラさんがすかさず割って入った。
「クロム様、申し訳ありません。この通り、この子は反省……はしていませんが、体でお詫びをさせるつもりです。謝罪の代わりに、この屋敷を隅々まで清掃させます。それで、今回は手を打っていただけませんか?」
「ふん……我が魔力を静電気扱いするような無礼者など、本来なら八つ裂きにしてくれるところだが……。ミラがそこまで言うなら、掃除で許してやらんこともない」
「ありがとうございます。ほらユーマ様! ほうきを持って!」
ミラさんに背中を叩かれ、俺は渋々作業を開始した。
*
それから数時間──。
「ふん……まぁいい。隅々まで磨き上げたな? 今回は不問にしてやらんこともない」
クロムのオッサンは、エラッソウな態度でそう言った。
俺は雑巾を放り投げ、ティアラとミラさんに目配せした。
「よし! これでクレーマー対応終了だ。一刻も早く、こんな不気味な屋敷とは、おさらばしようぜ」
「そうね。なんだかここ、空気が重くて肩が凝るわ……」
ティアラも同意する。
ミラさんは、安堵したのか、それとも別のことを考えているのか、複雑な表情で屋敷を振り返っていた。
俺たちは足早に門を抜け、ようやく自由の身になった。
やっと、宿に戻れる。
あとは、寝るだけだ──。
◇
途中、またあの酒場兼食堂の「ネダンボル」で軽く食事をした。
そして帰宅──。
「今日は疲れたなァ……」
「誰かさんが、問題ばかり起こすからでしょ?」
「うっせぇよ。……あとは、寝るだけだな」
「そうね……」
寝室に入った瞬間、俺は正直ちょっと感動した。
(おお……メッチャいい感じ)
慌ただしすぎて、まだ寝室だけは覗いていなかったのだ。
床はきしまず、ベッドも二つ。寝室にもちゃんと窓がある。空気もこもっていない。これは当たりだな! 高めの宿にして良かったよ……。
「なに、キョロキョロしてんの?」
ティアラは、服を緩めながらそう言った。半分は猫の血が入ってるからか? 楽な格好になりたいんだろう。スルスルと脱いでいく。
そのとき、俺の視界にふわっと揺れる尻尾が横切った。
「……今、見たでしょ」
「なに?」
「お……しり」
「み、見てない見てない! ドラ猫なんかに欲情するかよ!」
即答したけど、返事が早すぎたかも……。これじゃあまるで、意識してることをひた隠す中二病だ。何を焦ってんだよ……俺。
(落ち着け俺。ただの同室だ。ただの猫族の女の子だ)
「……まあいいけど」
ティアラはため息をついて、部屋の奥を指差した。
「私、先にお風呂行くから」
「お……おう」
そう言ってバスルームに向かうティアラのお尻を、俺は無意識に見ていた。
ティアラが脱衣場に入っていくのを確認して、俺はベッドの上に横になった。
(同室かぁ……)
向こうで”バタン!”と扉の閉まる音がして、数秒後──シャワーの音が聞こえだした。
改めて思った。
「……異世界、最高だな」
女子との同室、可愛い猫族の少女、コスプレじゃない”本物の”モフモフ尻尾。
いや、いや、いや、落ち着けっての!
(初日だぞ。初日でやらかしたら終わりだぞ)
ずっと、心の奥で「現世に戻りたい」と思っていたけど……なんだか、今はそんなこと、どうでもいい気分だ。なんだったらこのまま、こっちの世界で──。
ティアラは嫌かな?
そんなことを真剣に考えていたら、扉が開く音が聞こえた。俺は妄想に浸りすぎてシャワーの音が止んでいたことにすら、気づいていなかったようだ。
「ただいま」
「お、おかえり」
俺はまだ、ベッドの上に仰向けに寝転がっていた。
「……なにしてるの」
ベッドが少しだけ沈み──また戻る。
見なくても分かった。ティアラが俺の横──右肩辺りの位置に腰を下ろしたんだ。
(ああ……凄く、いい匂い)
今、右側に寝返りを打ったら、ティアラの太ももが、至近距離で見れるはずだ。
「いや、ま。その……見ないって決めたから」
「別に見てもいいけど」
「え!?」
顔を右に向けて、ティアラを見た。
──普通に服を着ていた。
(なんだよ……)
「……今、ちょっとがっかりしなかった?」
「してない! 全然!」
嘘だ。流石に裸だとは思わないけど、タオル一枚だけ巻いた姿を想像していた──。
「あんた、ほんと分かりやすいよね」とティアラが笑う。
「うん……ちゃんと、自覚はある」
ベッドに寝転がる俺と、そのベッドの縁に腰かけて座るティアラ。
「ね」
「ん?」
「起きないの? なんか暇ァ……」
”よっ!”なんてアホみたいな声を出して、勢いよく起き上がる俺。
「俺、スケベだけど! 何もしないから!」
沈黙。
「……それ、言わない方がよかったと思う」
「今のなし、今のはなしで!」
「なに、そんな顔して」
隣に腰掛けたティアラが、少し距離を詰めてきた。
太ももが軽く触れる。
正直、目は行ってしまう。胸元にも、腰にも、お尻にも、耳も、尻尾にも。
だってこういう場面で目が行かないなんて、絶対に嘘だ!
異世界主人公テンプレでよくある、好意持たれていざ言い寄られた時でさえも、やたら純情ぶって『や……近い、近い』とか言いやがって! アホかっての。そんな奴いねぇーわ! さっきまでジロジロ見てただろ!
「……なんか、さっきから”顔”……忙しそうだね?」
「え……いや、そんなことないだろう……へへへ」
俺は大きく伸びをして、最後の見納めとばかりに、ティアラの柔らかそうな太ももをジロジロと……そりゃあジロジロと見てやった!
「私のこと、エッチな目で見てるでしょ?」
「ちが! み、見てない! 見てないわ!」
「ふぅーん……」
「とりあえず今日は、寝よう。色々あって疲れたし」
(めっちゃ見たし! 満足したし!!)
「そうね」
部屋の灯りを落とす。
暗くなった部屋で、俺は天井を見つめながら思った。(初日は平和に終わったな)と。
それで十分だ。
少なくとも今日はな!
明日どうなるかは、知らないけどな……へへへ。
ZZZZZzzzZZZZzzzZZ!
(!?)
──俺は、物凄い勢いでベッドから飛び起きた!
「やっべーーーーっ!! なーに考えてんだよ!? どんな夢だよバカ!」
「んー……うるさいわね。朝っぱらからなに?」
ひぇぇぇぇえええ!!
「お前! 前、前! ボタン! み、見えてる……」
「きゃあーーーっ! エッチー!」
なぜか俺は、引っぱたかれた。
「テメーが悪いんだろーが! 俺、関係ねーじゃん!? もっと警戒心持てよ、このドラ猫が!!」
大体、俺は巨乳が好きなんだ。形が良かったとしてもだ、大きくなければ意味がない!
と言うかこいつ……よくそんな貧乳で「エッチー!」とか言えるな。どこまで図々しんだよ──もぉ。
(メ、メッッチャ……ピンクだった!!)
*
不可抗力でティアラの”アララ”を見てしまったことで、朝っぱらからティアラの機嫌は最悪だった。
「今度からは寝室を、完全に別々にして貰うからね! いーい!? 分かった?」
「はいはい……、ったく!」
「何か言った!?」
「ふぅ……。何も言ってませんっス」
服のボタンが外れるくらい寝相が悪いのは、お前の問題だろ!? (しかもノーブラな)なんで俺が怒られてんだよ……。
という不満も口せず、俺は黙々と身支度を始めた。




