第十二話:野良レイヤーの拠点が森って……変態か!?
一文無しに近い俺たちは、ギルドで見つけた「薬草採取」の依頼を受け、再び森へと足を踏み入れていた。
「いい、ユーマ。昨日の今日なんだから、今日は大人しく草を摘む。変なものに首を突っ込まない。分かった?」
「分かってるって。俺だって、あんな沸点の低いオッサンとは二度と関わりたくねーよ。……あーあ、どこかにムチムチのお姉さんが、道に迷って困ってたりしないかなぁ」
そんな、いつも通りの不純な妄想を垂れ流しながら歩いていた、その時だ。
「……失礼。少々、道を尋ねてもよろしいか」
背後からかけられた声は、少し重圧を伴った声だった。慌てて振り返ると、そこには目を疑うような光景があった。
「うおっ!?」
立っていたのは、全身を漆黒のフルプレートで固めた大男だった。
その鎧は、ギルドで見かける冒険者のものとは明らかに一線を画している。装飾の一つ一つが禍々しく、背負った剣からは物理的な威圧感さえ漂っている。
(なんだ? 騎士団の演習か? それともコスプレイヤー? それにしては本格的だけど……)
森でコスプレをしている…………変態か!? もしそうなら恐ろしいメンタルをしている。俺は寒気を覚えた。
(ソロ活動レイヤーの活動拠点が”森”って……)
「え、あ……はい。道ですか?」
俺が戸惑いながら答えると、黒騎士は兜の奥で瞳を鋭く光らせた。
「私は、ある高貴なお方の屋敷を探している。この森の奥に隠居されているはずなのだが、どうにも見つからなくてな……」
男が語った屋敷の特徴……石造りの古びた外観、やたらと広い庭、そしてそこに住む『ある高貴なお方』の風貌などから考えると──。
「あー……はいはい。それ、たぶん心当たりあるわ。昨日の今日だし」
俺の言葉に、男の肩がピクリと反応した。
「知っているのか!? 我が……いや、あのお方の所在を!」
「知ってるも何も、昨日まで掃除させられてたからな。森を抜けて、出た先で右に曲がってしばらく行けば──ああもぉ、詳しくはあとで説明するけどさー、やたら不愛想なオッサンが住んでる屋敷ならあるぜ」
「不愛想な……オッサン?」
男の声が、微かに震えた。
「そうそう。クロムとかいう名前のさ、やたらプライドが高くて、ちょっと庭の草をむしっただけで『我がロマンがー!』とか喚き散らす、しょぼくれたクソ親父だよ」
俺は、親切心のつもりだった。
こんなに立派な鎧を着た人が(仮にコスだとしても)、あんな欺師まがいの偏屈オヤジに騙されて、何か良からぬ勧誘でも受けてるんじゃないのか? と、そう思ったからこそ、忠告してやったのだ。
「悪いこと言わないからさ、あんたみたいな立派な人が、あんな大したことないオッサンに関わらない方がいいぜ。実際会ってみなよ、ただの口うるさい静電気オヤジだから」
一瞬。
森から一切の音が消えた。
「……貴様。さっき、あのお方を……『しょぼくれたクソ親父』と、言ったな?」
男から放たれる空気が、一変した。
「覚悟はいいな?」
「え? え?」
漆黒の剣が抜かれた。その刀身から立ち上がる黒い霧が、まるで生き物のように周囲の木々を侵食し始める。
「え、ちょ……何? 急にどうしたんだよ」
「万死……。万死に値するッ!! 我が主の威光を汚す不届き者め! その舌、根こそぎ引き抜いてくれるわぁぁぁ!!」
時代劇風の言葉を発し、男は剣を振り上げた。
その瞬間、俺の生存本能が全力で警報を鳴らした。
(うわ、マジだ! こいつ本気で殺しに来てる! こんなの相手にしてらんない)
「ちょっとォー!? ユーマ、これどういうこと?」
「俺に訊くな! 知らねーよ。こいつ絶対ヤバい奴だろ!?」
ヒュッと風を切り、目の先一センチほどをかすめていく。
「わ! わっ!!」
たまたま足を取られてヨロついたから、奇跡的に寸でのところで躱せたが、次はない!
「なんとかしなさいよ!」
魔力の無い俺でも分かる。この男の魔力が剣に流れ込み、エネルギーがありえないくらい膨張しているのが──。
「わわ、無理無理無理ーっ! こんな奴、現実的に考えて俺が勝てるわけねーだろ!!」
刀身が、膨大なエネルギーを帯び、禍々しい黒い光を発している。それが俺に狙うをつけて”ピタリ”と止まる。
(アカン奴やん!)
ダメだ。死んだ!
そう思った瞬間。
”ぺちん!”
「「……へ?」」
俺とティアラは、同時に、マヌケな声を発していた。
「ぬぬぬぅぅ! 貴様! 何をしたあああ!?」
(知らんがな……)
ついさっきまで、世界を滅ぼさんばかりの威圧感を放っていた、あの漆黒の魔剣が、なぜか「ピコピコハンマー」ばりに、全く威圧感を感じさせない、”なまくら”のような存在感へと変貌していた。
さらに、あの禍々しいフルプレートは、今、俺には「湿気たダンボールを黒く塗ってガムテープで止めたような、不格好な工作」のようにしか感じられない……。
「えっ……とォ」
「死ねぇぇいッ!!」
(ひぃぃ!)
男が絶叫と共に、剣を振り下ろす。
「あ、あっぶねーだろ、この変質者っ!!」
俺はパニックになりながら、持っていた薬草採取用のカマを無我夢中で振り回した。
”キャシン! キャシン!”と何度か交差した後、カマと剣は組んずほぐれつ、仲良くその辺の藪に落ちていった。
「やるな貴様! しかし!」
「あー、痛ででででででで」
俺と変質者は、取っ組み合って白兵戦に突入。
「いでっ! な、なんだ……この原始的な戦いは!? 我が暗黒の術もまるで通じな……あだだだだ! やめろ、噛むな! ででで!」
「うるせー! 離せ! この変質者がっ! コスプレして森で追いはぎとか、どんな世界観だよ、このッ変態! 最低なんだよ! 世界中のコスプレイヤーさんに謝れ! 黒いスーツ着て謝れ!」
俺は必死に変質者の鎧を剥ぎ取り、脛を蹴り飛ばし、耳にかじりついた。
「馬鹿者! ええぇーい、止めんか! 耳を噛むな……!」
最後はティアラが、横から冷めた顔で歩み寄り。
”こつん”
変質者の、剥き出しになった頭に拳骨を落とした。
「閣下……申し訳……ありませ……」
変質者は、よく分からない寝言を漏らしながら、白目を剥いて地面に倒れ込んだ。泡まで吹いてやがる……。
「はぁ……、なんなんだよ、こいつは」
「……ユーマ。あんた、今度こそ本当にヤバい相手を怒らせたんじゃない?」
「こ、こいつきっと、新手の強盗だ! いや、新手の変態だ!」
「え? コスプ……何?」
ティアラの引きつった視線の先には、ボロボロになって転がっている「変態重騎士」がいたが、俺はそれどころではなかった。
「ほら、逃げるぞ! 警察……あ、いや、ギルドに報告だ!」
俺たちは全速力で森の中を走り抜けた。
──それから数時間が経過した。
「ちっとユーマ? のんびりしすぎじゃない? 『ギルドに報告だ!』なーんて意気込んでたくせに、すぐこれだもん」
「いいって、いいって、報告は俺の善意だから」
俺たちは、のんびりと昼飯を済ませた後、防犯への貢献を自負しながらギルドへと戻ってきた。
「あー、食った食った。さて、ティアラ。街の治安を守った勇敢な冒険者として、報告してやろうぜ」
俺は鼻歌まじりにギルドの扉を開け、いつもの受付カウンターへと向かった。
「ミラさーん! 聞いてくれよ。さっき森でヤバい不審者を撃退して──」
言いかけて、言葉が喉の奥に引っ込んだ。カウンターの中にいるムチムチ受付嬢ミラさんが、これ以上ないほど「般若」のような顔で俺を睨んでいたからだ。
「……おかえりなさい、ユーマ様。ちょうどよかったです。今、その話を伺おうと思っていたところなんですよ」
ミラさんの声が、地を這うように低い。
「え? ああ、やっぱり耳に入ってた? いやぁ、漆黒の鎧を着た変質者が剣を振り回してきてさ、俺がビシッと──」
「ついさっき!! ちょうど!! その『不審者さん』の保護者の方が!! 顔を真っ赤にして怒鳴り込んできたところですよっ!!」
ミラさんが机をバンッ! と叩いた。あまりの剣幕に、俺とティアラは思わず一歩後ずさる。
「……保護者? あの静電気ストーカーのオッサンか?」
「クロム様ですよ!! 今度はあの方の腹心の部下を”ボコボコにして”身包み剥ぐなんて、一体何を考えてるんですか!? 『我が忠義の騎士が、見るも無惨な姿で泣きながら帰ってきた! 犯人はあの小僧だ!』って、ギルドが揺れるほどの怒鳴り声だったんですからね!」
「なにあいつ? オッサンの子分なんか? いやでも、あいつが先に剣を振り回してきたんだって! 俺たちは正当防衛だよ!」
「クロム様は『卑怯な術で騙し討ちにあった』と仰っていました! とにかく! もうクロム様絡みで厄介ごとを起こさないでください!」
「だってェー」
「だってじゃありません! しばらくあの方の目に入る場所を歩かないでください。依頼内容は、しばらく私が独断で決めますから、明日は街の端っこで、黙ってゴミ拾いの依頼をこなすこと! いいですね!? 二度とクロム様とは揉めないでください」
「げぇっ、ゴミ拾い……」
俺は納得いかないまま、押し付けられた依頼書をひったくるように受け取った。
(なんだよ、せっかく親切に教えてやったのに……)




