第十三話:お二人とも。今すぐ、奥の応接室へ
翌日。
「あーあ……なんで勇者の俺が、ゴミ拾いなんだよ」
俺は不貞腐れながら、街の裏通りでゴミを拾っていた。
「文句を言わない。昨日の今日なんだから、見つからないように、大人しくしてなさいよ」
ティアラにたしなめられ、渋々地面の紙屑を拾い上げた、その時。
「……見つけたぞ。クソガキ……ッ!!」
(またかよ……! しつこいなァ)
通りの向こう側で、仁王立ちしているクロムの姿があった。体からドス黒い何か(たぶん怒りの蒸気だ)を立ち昇らせている。
そして、その隣には、大袈裟に全身を包帯でぐるぐる巻きにし、松葉杖をガタガタ震わせているあの「漆黒の騎士」が並んでいた。
「げぇっ! また出た!!」
「あ……あいつです閣下! 昨日申し上げた、私を卑怯な不意打ちで辱めた、あの極悪非道な男はぁぁ!!」
包帯男が震える指で、俺を指さす。
「お前、恥ずかしくないのか!! 当たり屋かよっ!」
俺は包帯男にそう叫び、次にクロムにも罵声を浴びせた。
「今度は仲間を引き連れて仕返しかよ!! 卑怯だぞ、このストーカー親父!!」
「黙れぇぇ! 今は二対二だろうが! 卑怯なのは、不意打ちで我が部下を嬲った貴様の方だ! 今日こそ、その魂を冥府に送ってくれるわッ!」
「はぁ!? そいつの言い分を本気で信じたのかよ! おめでてーな! 先に剣を抜いて、いきなり斬りつけてきたのは、その激弱ポンコツ部下の方だよ!」
「……我が腹心の部下を、ポンコツだと……!!」
「だって、そうだろーっ! いい年して一回負けたくらいで、親分を呼んで仕返しってか? 恥ずかしくないのかよ! 虚吐いて怪我装って詐欺行為! お前らにプライドはないのかよ!」
「今度は詐欺師だと……? 許さんぞ……お前は絶対に許さんからな!!」
クロムが怒りの表情で、天高く右手をかざした。すると周囲の空気が歪み、どす黒い雷のような火花が散り始めた。
(ヤベェ! 街中であんなもん放たれたら、現実的に考えて、みんな死んでまうわ!)
俺は本気で【現実的】に考えて【本当に死ぬは!】と思った。
「死ねぇぇいッ!!」
クロムが絶叫と共に、黒い雷の奔流を放った。街の一画を消し飛ばしそうな、とんでもない一撃だ!
「うわぁぁっ……死ぬぅぅぅ! ……ん?」
俺の目の前を通り過ぎたのは、パチパチと音を立てる”静電気を帯びた風”だった。しかも狙いが完全に逸れている。
放たれた雷(のような風)は、近くにあったゴミ箱を”ポコン”と弾き飛ばしただけだった。
「はっ?」
「なっ……我が『冥界の雷』が……狙いが逸れただと!? なぜだ、この距離で!」
クロムが愕然とした表情で、自分の手を見つめる。
「オッサン危ねーだろ!! 何か知らねーけど、街を巻き込むんじゃねー! ティアラ!」
「ええ! 逃げるわよ!」
俺たちは示し合わせて走り出し、路地裏へと逃げ込んだ。
「逃がさんぞ、小僧ッ!!」
背後からクロムたちが追いかけてくる。クロムは走りながら、さらに指を鳴らして何かを叫んだが、俺たちの数歩先で、石畳が数センチ”ガタッ”と浮き上がっただけだ。
「うわっ、とと……!」
俺は少しよろめいたが、そのまま走り続ける。
その直後、背後でオッサンの絶叫が聞こえた。
「ぎゃあああっ!!」
必死に追いかけてきたクロムが、さっきの浮き上がった石畳に足を取られ、前のめりに激しく転倒したようだ。
(ざまぁ!)
「閣下ーーっ!!」
包帯男が叫ぶ。
「オッサン絶対に運動不足だろ!? そのうち大怪我すんぞ!!」
「ほんっと、しつこいのよ、あんたら!」
俺は背後で足首を押さえて悶絶しているクロムを尻目に、迷路のような路地裏を全力で駆け抜けた。
ランダムに何度も、何度も、路地裏の角を曲がりながら、とにかく走りに走った。
「……ユーマ。あんた、今のもしかして……また」
「は? 何がだよ。あのオッサン、怒りすぎて足元が見えてないだけだろ」
◇
なんやかんやで、オッサン&包帯男の変態コンビを振りきった俺たちは、やっとの思いでギルドへと到着した。
……ハァ……ハァ……ハァ。
俺たちは、ギルドの前で少し休憩して、息が整うのを待った。
まるで喘ぐようなティアラの息遣いは……聞きようによっては、それはそれで、なかなかなものだった。
……ハァ……ハ……ァ。
「ァ……ハァ……。ほんっっと! ……ハァ……、しつこかったわね、あの二人」
「おう! ハァ……ハァ……。ゴミ拾いしてる善良な冒険者に、街中でダル絡みするって、ハァ……ハ……。法令遵守的に完全にアウトだろ! なぁティアラ!? ァ……」
「ごめん……あんたの喘ぎ声が邪魔で、何言ってるのか分かんない……」
「善良なコンプラ違反が、ゴミ拾いでアウトだろ!? って話」
「…………そうね? それより! 聞いてよォォ、ユーマ! あいつら……私のお尻とか胸を、エッチな目でジロジロ見てたのよ!!」
「いや……それは気のせいだ……(流石に)」
「……」
「よし、入るか!」
「……ええ」
俺はギルドの扉を勢いよく開け、自信満々な態度で、受付へと一直線にズイズイ進んでいった!
その気迫に周囲の冒険者たちは「なんだ? なんだ?」「イケメンが怒ってはるぅぅ!」などと慌てふためき、俺たちのために道を開けた。
「ども! 善良勇者の帰還だよッ!」
そして手を振る。
「今日の俺は完全な被害者だ! 今回はミラさんにどうこう言われる筋合いもない。ガツンと文句を言ってやる!」
「おおぉぉぉぉ!!」と、周りで歓声が沸く。
(言ってやるぅ)
「ねぇミラさーん! ちょっと聞いてくれよぉー!! 今日のは本当にひどかったんだからー! 俺たちが真面目にゴミを拾ってたらさ、あのストーカー親父がいきなり、仲間の包帯男を連れて襲ってきて──」
意気揚々と報告する俺だったが、そこで言葉が止まった。
ミラさんは書類を握りしめたまま、無言で震えていた。その背後には「どす黒いナニカ」が渦巻いている。
「……あ、いや。その。……また、ちょっとだけ揉めちゃったというか……。いや、でも今回は向こうから仕掛けてきてさ……」
俺の勇ましい被害者ムーブは、わずか三秒で崩壊した。あまりの恐怖に、俺はティアラの背後にスっと隠れた。
「毎度毎度なんなんですか!? 一回目は庭荒らし。二回目はクロム様の部下を襲い。で? 今回はどのような言い訳を、聞かせて貰えるんですかね?」
完全にぶち切れている。
(やっべぇ……俺のこと本気で怒ってるみたい)
ミラさんは、震える手で「受付中」の看板を「休憩中」にひっくり返すと、氷のように冷たい声で言った。
「……お二人とも。今すぐ、奥の応接室へ」
「え、あ、はい……喜んで……」




