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第十四話:不純な異世界ライフ(予定)の始まり

ギルドの奥にある、やけに豪華な応接室。

重厚なソファに座らされた俺たちの前に、ミラさんは分厚い皮表紙の書類をドサリと置いた。


「ユーマ様。あなたは、あの方のことを『ストーカーのオッサン』あるいは『静電気オヤジ』と呼んでいましたね」


「え? うん。実際そうだし、見たまんまじゃないの?」


ミラさんは深く溜息をつき、その書類の表紙をめくった。そこに描かれていたのは、一枚の肖像画だった。


今より少しだけ若く、しかし、今とは比べ物にならないほど冷酷で、禍々しい威厳を纏った「あのオッサン」の姿だ。


「あの方はクロム様。……数年前まで、この大陸の半分を支配下に置く魔族の王。つまり……第百二十四代魔王『クロム・ベル・ガルド様』その人です」


「………………はぃ?」


俺の口から、間抜けな声が漏れた。


「……魔王? すぐ顔を真っ赤にして怒鳴り散らす、あの静電気オヤジが?」


思わずケラケラと、大声で笑ってしまった。冗談にしても、それは盛りすぎだ。


「はい。あの方は、先代の勇者……通称『暴走チート勇者』との戦いの末、その魔力の大部分を失い、現在は人間界の片隅で隠居されています。ですが、その経歴も、あの方がかつて振るった絶大な力も、紛れもない事実です」


ミラさんの真剣すぎる眼差しに、俺の背中を嫌な汗が伝う──。


──とでも、言うと思ったかっ!?(へんッ!)


俺は鼻で笑ったね。


肖像画は確かに似ている。だけど、実物はもっとこう──足元がおぼつかなくて、キレ散らかしては自爆する残念なオッサンだ。


夢見がちなミラさんを、悪夢から目覚めさせてあげねば!


「ミラさん、騙されちゃダメだってー! あんなのが魔王だったら、俺は今頃”チートムーブ”かまして、ティアラとハーレム作ってるっての! どうせあれだよ、昔ちょっとワルかったのを自慢してるだけだよ。モテたくて話盛ってるだけだって」


俺は必死に説得を試みた。が……ミラさんは、まだ目を覚まさない。


それどころか。


「ユーマ様、真面目に聞いてくださいっ!! あの方は本当に、かつて世界を震撼させた魔王クロム様なんですってば!」


そう熱弁し、机を叩いて身を乗り出す。その拍子に”たわわな胸”が視界を遮るが、今はそれどころではない。


つーか何、この揺るぎない崇拝っぷりは?


(アイドルの追っかけならぬ……シルバーの追っかけ? シルバー狂!?)


俺はそう勝手に納得した。(不本意ながら)


この美人の受付嬢が、あの変質者のオッサンに心酔している……。実にもったいない話だけど、世の中には変な趣味の人もいるしな──。


「ま、まぁ……ミラさんがそう言う趣味なら、俺は別に何も言わないけどさ……。で、話はそれだけ?」


「いいえ。これまでの度重なる騒動! もうギルドとしても看過できません。ですので、クロム様との不毛な因縁を作った責任を取っていただきます」


「ちょっと、揉めただけじゃ~ん♪」


俺は純朴な少年のような無垢な顔を作り、甘えた声を出した。


「甘えてもダメです! そう何度も揉め事を起こされては、私の立場もありません。よって、お互いの理解を深めるために、しばらく一緒に住んでもらいます」


「え? 普通にヤダ」


何を言われるのかと思いきや、こんな荒唐無稽な話もない!


「ユーマ様! あなたは、女神様から正式に召喚された、勇者なんですよね?」


「うん。どんな理屈を付け足しても、あんなオッサンと同棲すんのだけは、本気でヤダ!」


当然だよ。誰が好き好んで、あんな変態爺と……。

ミラさんは、ふぅーっと溜息をついた。


「それではユーマ様。あなたは、これまでの街の騒動の損害賠償、一括で払えますか? それとも、今日からギルド出入り禁止にします?」


「……」


それを言われたら、何も言えない。ある意味パワハラだよ……。


「もし引き受けてくださるなら、賠償金は免除。さらにはクロム様の屋敷の『豪華な客間』を自由に使っていいという許可も取ります。もちろん三食昼寝付きで、労働の義務もありません!」


「うーん……借金がチャラかぁ。それにギルド公認ニートも捨てがたいなぁ……」


「ちょ、ちょっと! ユ、ユーマ!?」


ティアラが焦った声で、俺の袖をニギニギする。きっと勇者監視の仕事がクビになるか心配なんだろう……。


「そんで……豪華な屋敷暮らしかァ。でもなぁ……」


「そうです! そうなんですよー!」


俄然色めき立つ、ミラさん。


「それにね──」


そう言い、急に制服の第一ボタンを緩め、距離を詰めてくるミラさん。谷のあいだが丸見えだ。


ミラさんは秘密の話をするように、少し声のトーンを落とし、俺の耳元でこんなことを囁いた。


「お屋敷なら、メイドさんなんかも、いるかもしれないでしょう?」


「え! いるの!?」


「それを、確かめに行きませんか?」


「……んん」


「ねぇ! 二人でなにヒソヒソ話してるの!?」


蚊帳の外のティアラが、不機嫌そうに割って入る。


「ご決断を……」


(うん……悪くないかも?)


思わず「うん」と返事する直前に、ふと思い出した。

嫌な奴のことを……。


「でもさ……」


「まだ何かご不満ですか?」


「いや、違う違う。そーじゃなくて。俺が戦った、あの包帯の騎士はなんなの? あいつも屋敷に住んでるんじゃないの? そもそもあいつは何者?」


「ああ……あれは、四天王の一人、バッシュ様です。本来なら一人で軍隊を壊滅させるほどの手練れですよ」


「……マジかょ!」


俺は力なく、ソファに深く沈み込んだ。

だが、そんな俺の絶望をよそに、ミラさんはスッと背筋を伸ばし、こう告げた。


「大丈夫です、ユーマ様。私がしっかりとサポートします。文句は言わせません」


「……って言われてもなぁ。あいつもオッサンみたいに、すぐ逆上するタイプだし。面倒なんだよね……」


「私にお任せください。絶対にユーマ様に、指一本触れさせません」


「もし、指一本触れちゃったら……?」


「その時は……」


そう言い、ミラさんは身を寄せて「フフフ」と意味深な笑顔で俺を見つめた。


「……へへ」


「フフフ」


もしかするとこれって──どっちに転んでも、イイ思いしかしないやつじゃん!

俺の妄想の中の天秤は、右に巨乳メイド、左に巨乳受付嬢。どっちに傾いても──へへへ。


「……まぁ、ミラさんがそこまで言うなら? 借金を返すのも勇者の務めだし? やってやらないこともないけどさ」


「本当ですか! よかった……!」


ミラさんは心の底から安堵したように、胸元に手を当てて溜息をついた。その様子を見ていたティアラが、呆れたように俺の脇腹を小突く。


「急にどうしたのよォォ。ミラさんに何言われたの!? それに彼女ミラさん……、絶対に何か企んでるわよ。これ、女の勘だから!」


「企む? そんなの、あるわけないだろ! ミラさんの純真無垢な瞳に、お謝りなさい!」


俺は、頬を大福餅みたいにぷくぅと膨らませて「もう知らない!」とむくれるティアラをよそに、まだ見ぬ豪華な屋敷での「不純な異世界ライフ」に思いを馳せた。


(楽しくなりそうな、予感?)

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