第八話:俺のこと好きすぎだろ!? 困った仔猫ちゃん
街に到着したのは、昼前だった。
「うっわー、でっかい街だなぁ。田舎町だと思ってたけど、王都とそんな変わんないじゃん!」
露店の呼び声や、馬車の音が聞こえてくる。
「この街は『ソレナリス』と言って、街の規模もそれなりに大きいし、結構有名な街よ? 知らないの」
「……」
「因みに『ソレナリス』とは古語で”第二の光”という意味よ」
「そんな情報、どーでもいいわ……」
俺は久々の人混みに、胸を弾ませた。
(ん? なんだ今の)
門をくぐる際、門番が俺の姿を見て、一瞬だけ目を見開いて固まった気がした。
(俺の隠しきれない勇者オーラが、漏れてたか?)
「……浮かれすぎないでね。とりあえずお腹空いたでしょ」
ティアラに促され、通り沿いの「ネダンボル」という酒場兼食堂に入る。まだお昼前だが、客はそこそこ多い。
「うわぁー、結構、客多いなー。安いといいんだけど」
俺たちが席に着いた、その時だった。
「……聞いたか?」
隣の席から、ひそひそ声が聞こえてくる。
「森喰らいが、逃げたらしいぞ。しかも半死半生でだ」
「は? あの森喰らいが? 嘘だろ、騎士団の精鋭でもなきゃ無理だぜ」
「原因不明だとよ。目撃した猟師の話じゃ『得体の知れない化け物』が森に現れたって話だ。不気味な咆哮を聞いた奴もいるらしい」
……へー。 物騒だな。
でも、勇者の俺が来たからには、もうこの街も安心だぜ!? なーんてなッ。
俺は串焼きを頬張りながら、昼前からお酒をかっ喰らってる酔っぱらいどもの、どーでもいい噂話を聞き流した。
(この肉、メッチャうめぇー!)
ふと見ると、ティアラが動きを止めていた。ほんの一瞬だけ、耳がぴくりと動く。
「どうした?」
「んーん……なんでもない」
そう言ってティアラは食事に戻ったが、その瞳には明らかに困惑の色が浮かんでいた。
(どうせ、お金の心配だろ!?)
食堂を出たあとも、街のあちこちで似たような話が聞こえた。
「森喰らいが出た森、誰も死んでないらしいぞ」
「普通、村一つ消えるよな? どんな『化け物』が助けてくれたんだか……」
この手の噂話は、大抵、実際は話半分以下だ。俺はティアラに同意を求めた。
「運がいいな、その森。なぁティアラ?」
ティアラは、何も言わずに俺をじっと見つめていた。
「ん……なに?」
(こいつ……まさか!)
ドキドキが止まんねーっ。
「……いいえ。何でもないわ」
(!)
俺は瞬時にピンと来てしまった。
「何でもないことはないだろ? さっきから、俺のことジッと見ちゃってさァ……。へへへ。言ってみ?」
俺は告るのに絶好のタイミング、とやらを演出してやった。
(……ったく、手のかかる)
「ヤダ! ……言わないよ?」
(ハハーン……なるほどな。焦らしてるわけか……)
「素直になりなよ。だって俺たち仲間だろう?」
俺はそう言って、トロケそうなウインクをしてやった。(お前だけ、特別だかんなっ!)
「だってあんた……それ言ったら、絶対に調子乗りだすもん……そうしたら、どこかで失敗するし……。だから言わない」
ティアラは真剣な顔で、そう俺に告白した。
……俺のこと好きすぎだろ!? 困った仔猫ちゃんだぜ……。ま、俺はタイプじゃないけどな!
◇
取り合えず、今日の宿だけは決めておいた。
部屋は当然一つだ。異世界アニメでもパーティがみんな別室なんて、あんまり聞いたことがない。俺はそれが羨ましかったんだが──相手がこのドラ仔猫じゃーなぁ……。
俺は宿屋の歓迎麺麭を齧りながら、ササっとティアラのOPを盗み見た。
ちっちぇ……。
「何よ? 人の顔ジロジロと見て」
(見てたのは、顔だけじゃないけどなッ)
「あんた、また何か食べてるの? 太るわよ?」
「お前はもっと太れ! お前からは全っ然! 色気を感じないんだよ」
「私もあんたに”オトコ”を感じないけどね!」
悪態をつきながらティアラは、鞄からおもむろに財布を取り出し、中身を確認しだした。それから、割りと真剣な顔で、こんなことを俺に言った。
「お金、あと三日分しかないのは分かってる? それも切り詰めてよ」
「え? まだ銅貨いっぱいあるじゃん」
「それを“ある”って言う人は、だいたい破産する」
ちょっと豪華な宿屋にしすぎたかな……。
なんせティアラとの初夜だからな。あ……いや違う。相棒としての最初の夜──いやそういう意味じゃなくって!
「で。どうすんの? お金の件は」
「よし! 決めたぞティアラ。働こう!」
「急に前向きね……」
「当たり前だろ! こういう時は、俺の十八番の皿洗いだ!」
王都の地獄で培った皿洗い!
自慢じゃないが、徹夜で覚えたそのスキルだけは、俺の右に出るものはいないと自負している!
「さってと、今から行くかー?」
俺は冗談で言ったつもりだったんだが、ティアラは本気にしてしまい、猛反発を食らった。
「えぇーーー! 急すぎるよぉ。私まだシャワーすら浴びてないのに」
(マジ……で?)
俺ってば寝かせて貰えない系?
いきなりそんなことを言われたもんだから、俺も焦ってしまい、つい軽口を叩いてしまう。
「お前は猫なんだから、その辺で水浴びでもしとけよー」
「ひっどぉぉ!! 女の子にそういうこと、普通言う!?」
あっちの世界じゃあ、俺の魅力に気づかない女ばかりで、こういう会話は無縁だった。一度だってしたことがなかった。
なんだか楽しい!
「主が無職じゃ、仔猫も可哀想ってなもんだ! よっし! 俺、働くぞぉー! 子供は何人欲しい?」
「は?」
めっっちゃ! キモがられた……。調子に乗りすぎたかも。
「いや……流石に冗談すわ。マジにとんないで」
「うん……。あ、行くなら一人で探しに行ってね」
「あ、……うん」
俺は居たたまれなくなり、仕方なしに宿を出た。
(すっげー気持ち悪そうな目で見られちゃったよ……あああ! もう最悪ぅぅ)
街へと繰り出した俺は、気を取り直して、いっそ本気で路銀稼ぎに励もうとかと思った。それでティアラが見直してくれれば、今の変な空気もチャラになると思ったんだ。
だけど…。
この超貴重な人材を、熱心に売り込んだ結果は──大惨敗! 厳しい現実を突きつけられることになる。
「募集してません」
「大人の男がやる仕事じゃないね」
「うちはもうガキを雇ってる。よそへ行け」
三軒、四軒と回って、みんなそんな感じだった。
つまり全敗だ!
「なんでだよ! 俺のプロ級の洗浄術、一回見てから決めてくれよ!」
「うるせぇ! 皿なんか洗ってねーで、男なら魔物の一匹でも狩ってこい!」
最後の頼みの綱の「宿屋の厨房」ですらも、店主に追い返され、俺は路地裏で膝をついた。
「……なんでだ。俺の唯一の輝ける場所が……」
宿に帰ってからも、俺はショックのあまり、ずっと部屋の隅っこで、猫のように丸くなり愚痴り続けた。
「履歴書持って行かなかったからかな……」
「履……何?」
「んーん。なんでもない……」
「もぉ……、あんた、本気で落ち込んでるの?」
「うん」
「あんたみたいなポンコツができる”まともな仕事”なんて、この街にはないわよ」
ティアラが呆れ果てて、深いため息をついた。「何をーっ!」なんて、今日はいつものように言い返す気力もない。
だが、ティアラは俺の顔をチラリと見ると、少しだけ声を和らげた。
「いーい? この世界で手っ取り早く、しかも『勇者様』らしく稼ぐなら、これしかないのよ」
ティアラはそう言って窓の外を指さした。
俺は立ち上がり、ティアラの隣に立って、指さす先を凝視した。
「無理無理! 冒険者なんて戦うのが仕事だろ!? そもそも俺は戦うのが嫌なの!」
ティアラが指差したのは、武骨な紋章が掲げられた「冒険者ギルド」の建物だった。
「……でもね」
そう言ってティアラは急に、俺の腕にそっと腕を巻き付けた。上目遣いで耳をぴくぴくと動かしている。
「さっきの森での戦い、凄かったわよ。あんな巨大な『魔物』を相手に、あんなに……激しく」
(……え? 俺、そんなに激しかったか? 男らしかったって?)
「ま…、マジかよ。へへ」
「うん……すご、かっ……た。それにね。ギルドの依頼って、魔王と戦うことだけじゃないのよ。ちょっとだけ見に行ってみない?」
甘い声。猫族特有のしなやかな仕草で、小ぶりだが非常に柔らかい胸を、何度も何度も俺に擦りつける。男らしく激しい俺は……今まさに、獰猛なオオカミにでもなった気分だ。(今ならOPくらいは?)
「ま、まぁ……ティアラがそこまで言うなら、見てやるだけなら……な?」
「じゃあ、今から行くぅ?」
片眼を軽く閉じて、パチリとウインクするティアラ。
「困った仔猫ちゃんめ……くふふふ」
そう言って俺も、めっちゃセクシーなウインクを返してやった。
だけど! ここだけは譲れない。
「み、”見るだけ”だからな!」
「ほんと、見るだけ?」
「うん」
「見るだけでいいの?」
「……」
(なんの話してんだよっ!)




