第七話:俺があの魔物の体力を九割方削っておいた
王都の門を出ると、俺は、ようやくひと息ついた。
「あー、やっと外だー! きんもちいいー!」
ずっと監視されていたので、まとわりついてた何かが、やっと剥がれ落ちた気分だ。
「……まぁ。もっとドラマチックな展開があっても、よかった気もするけど」
俺は愚痴りながら、王都の門を振り返った。
だが、見送りは一人もいない。門番はもう別の仕事に戻っていて、さっきまでいたはずの騎士たちの姿もなかった。
ウォーデンだけが、まだついてきている。
(この目立ちたがり屋め!)
俺の横には猫族の少女『ティアラ』が、軽快な足取りでついてきている。
しばらく歩いていると、ウォーデンが急に立ち止まって口を開いた。
「私はここまでです──生きていれば、いずれまた会うでしょう」
(はぁ? 何カッコつけてんのコイツ……)
「では、私は、これで……」
「いや待って待って──」
「はい……なんでしょう」
俺だって少しは感謝してるんだ。”一応”世話にもなったんだし……。
そう思うからこそ、ウォーデンに負けないくらい、この場面に相応しい”ドラマチックな別れの挨拶”を、俺は必死に考えた──。
「なにしてんの? 早く行こうよー」
ティアラが俺の手を引っ張った。
「え? だってウォーデンに」
我に返ると、もうそこにはウォーデンの姿はなく、ティアラが小首を傾げて、遠くの方を指さしていた。
(あ、あんのヤロー!!)
指さす先に、ウォーデンの背中が見える。もう、かなり遠くを歩いていた。
なんて薄情なやつだ!
最後まで冷たいやつだった……。
◇
「よーし、ティアラ! ここからが、俺たちの伝説の始まりだぜ!」
「はいはい……お金も、仕事も、拠点もないけどね」
「ひどぉ……というか、お前急に元気出たな? さては」
「なぁに?」
「猫かぶってたんだな!? 猫だけに!」
「……」
完全にスルーされた。
(……って言うか、何だこいつ)
あまりに性格が変わっていたので、そっくりさんか、双子なのか? と疑ったが、相変わらず弾力良く弾む白い乳が、歩く度に縦揺れを起こしていた。
(うむ……間違いない)
「で……、この先の予定は?」
「それを私に訊く? あんたの旅なんだから、あんたが決めなさいよー」
「そっか、俺がこのパーティのリーダーだからな!」
「パ、パーティ? まあいいわ。そうね……森を抜けたら街があるって話だったわね。半日くらい歩けば着くはず」
「半日か……。あの森を抜けないとダメなの?」
俺は少し先にある、鬱蒼とした森を指さした。
「そうね。あの森を抜けた先にある街が、王都から一番近い街になるわね。ま、何も起きなければだけど」
そう言って”フフフ”と、意味深に笑うティアラ。
「なにフラグ立ててんだよ!」
「フラ……何?」
「まあいいや。まずはそこを目指そう! んで、街に着いてから、今後のこととかも考えようぜ」
「そういうの、なんて言うか知ってる?」
「豪快?」
「行き当たりばったり、って言うのよ」
「行き倒れバッタリ!? なんだそれ?」
そんな話をしながら、俺たちは森の中に足を踏み入れた。
しっかし、アレだ……。
王都ですら俺は、あの人気っぷりだったんだ。次に目指す街は、きっと王都より小さな田舎街だろうから──……王都少年の俺はモテすぎて困るんじゃないのか? ほっんとマジで!!
「……あんたさぁ。さっきから、今から行く街の『露出度の高いお姉さん』とのアレコレを妄想してない? なんかキモチ悪い顔なんだけど……」
ティアラが気味悪げに、眉をひそめる。
「顔は関係ねーわ! ま、お前は大丈夫だから、安心しろっての!」
そう……。なぜだか、この大のスケベを自負する俺が、ティアラに対しては、まるで自主規制を敷かれたような思考になる。
「どういう意味よ!?」
──その言葉が終わるか終わらないかのところで、急に空気が変わった。
湿った土の匂い。
木々が軋む低い音。
地面の奥から、何かが“動いている”ような振動。
「……なあ、今の」
(錯覚じゃないよな……)
「しっ! 声、出さないで」
ティアラが小声で言った瞬間──。
森が、裂けた。
いや、正確には森が“食われた”という表現が一番近いかもしれない。
太い幹が音もなく折れ、根こそぎ引きずり込まれる。
その奥から、現れたのは──。
「……ま、マジかよ!?」
黒褐色の巨大な胴体。
岩のように硬そうな皮膚。
口らしい裂け目の周囲には、木片と土がこびりついている。
「も……り……く……らい」
ティアラは顔面蒼白で、声を震わせた。
「な、なんだよ……」
「グラウ=ヴァルム。この辺りの伝承でしか聞かない存在よ」
伝承の魔物?
つまり──それは。
「ちょ、待て待て待て。それってチート持ちの冒険者でも“倒せるか分からない魔物”ってやつじゃないのか?」
返事はなかった。
ティアラの肩が、怯えるように震えている。
(どうする?)
ティアラに目配せを送ったが、それどころじゃないといった表情で、俺の存在すら忘れているような怯えぶりだ。
あいつ……、俺のことを“認識”してるな。
グラウ=ヴァルムが、俺をロックオンしたのが分かった。
次の瞬間!
”ぐぉぉぉぉおおおぉぉぉおぉぉぉ!!”
空気が押し潰されるような咆哮。森全体が軋む。
俺の本能が叫ぶ。
──逃げろ!
──考える暇はない!
──最悪、死ぬ可能性も考えとけ!
と。
「ぎゃあああああああ! 無理無理無理無理! こんなの聞いてない!」
周囲の木々をなぎ倒しながら、俺の方へ一直線に近づいてくる。デカいなんてもんじゃない!
「こんなもんチートすぎんだろー! 現実的にねーわ! うわぁぁぁ………死んだ!!」
本気で覚悟した。
もう死んだーーーっ! と目を閉じた瞬間だった。
”ぽこん!”
「へ?」
何かが額に当たった。
「あれ? 痛く……ない」
ゆっくりと、目を開ける──。
見るとグラウ=ヴァルムが、俺を見つめてキョトンとしている。
少し離れた場所にティアラがいた。こいつもキョトンとした顔で、グラウ=ヴァルムと俺を交互に見つめていた。
「え、ユーマ? あんた今なにかした?」
「いや、別に俺は──」
だが、答える間もなく、再度グラウ=ヴァルムが、勢いよく突進してきた。
「うわあああ! また来たぁぁ!!」
逃げた! 逃げた! 必死に逃げた、けど──とうとう捕まってしまった。
(もうダメだぁぁぁぁ!)
俺は、必死に抵抗する!
野生のライオンが、ヌーを噛みみちぎり、内臓が見えている映像。昔見た教育番組の食物連鎖が頭を過る──。
「うわぁぁぁぁあぁぁぁ!!! どうせ! 死ぬなら!!」
全身の血が沸き立った。
俺とグラウ=ヴァルムは、地面を転がりながら、激しく取っ組み合う。
「こい……つ! こ、この! この!」
殴っても、蹴っても、グラウ=ヴァルムはびくともしない。流石に伝承の魔物だ! めっちゃ丈夫!
俺も反撃を受ける。その強烈な爪攻撃で、俺の腕に何か所も引っかき傷が出来る程だ!
(ティアラは……ちゃんと逃げれたんかな? こんなことなら胸の一つでも触らせてもらいたかったなァ……)
死を確信した時──案外こんな阿呆みたいなことが、頭を過るんだなぁ……と、不思議な感じがした。
「なによそれー! 早くやっつけちゃいなさいよ。子供のケンカじゃないのよ!」
(ティ、ティアラ!?)
なにを言ってるんだ!?
伝承級の魔物だぞ!?
つか、なんで逃げてないんだよ! バカ!
「はぁ……はぁ……離れろ! うわぁぁぁぁ、噛むな噛むなー! あぁ痛たたたたたた」
「もう、見てらんない!」
そう言ってティアラが、俺の方へ駆け寄ろうとした。
「ティアラやめろ! 歯向かうな! ここは俺に任せて、お前だけでも逃げろぉぉぉ!!」
が、しかし。
阿呆なティアラは現実が見えてないらしい。俺の言葉を完全無視し、この凄惨な激闘の真っ只中に飛び込んできた。
「ダメよ! もう帰りなさい!」
”こつん”
ティアラがグラウ=ヴァルムの頭に拳骨を打ち下ろすと「きゅう……」と情けない声を出して、グラウ=ヴァルムは森の奥深くへ逃げていった。
「あれ……」
正直、信じられなかった。(色んな意味で)
何はともあれ、俺は勝利したようだ。
「はぁ、はぁ……よっしゃあ! 勝ったぁぁ! 見たか! これが勇者様の実力だぜーぃ!」
俺はその場に大の字になった。
”ぜぇ……ぜぇ……よっしゃー……”息はまだ整わない。
しかし。
俺の活躍が相当口惜しかったのか? ティアラはこんな訳のわかないことを言って、俺の命をかけた激闘にバシャバシャ水を差した。
「あんた、なんか発動してなかった? 気のせい?」
(うっせぃ! この平和ボケぃ!)
ここは、バシッと言い返してやらねばな!
「俺があの魔物の体力を九割方削っておいたから、お前の攻撃が生きたんだぞ! 最後のはオマケみたいなもんだからな! 勘違いすんなよ!」
当然だよ!
「まあ、あんた自身が弱いのは変わんないけどね」
「ケッ、言ってろよ。負け惜しみ」
数分後、やっと息が整った俺は、意気揚々と立ち上がった。
「なんだよ。異世界の魔物って、意外と──」
なのに、これだ!
せっかく気分よくしてたのに。
「勘違いしないで!」
ティアラの声は、珍しく強かった。
(どんだけ、俺の活躍が悔しかったんだよ!)
「今のは、あんたが強かったわけじゃない」
「は?」
「……いいえ。何でもない」
俺は初戦闘&初激勝の余韻に浸りながら、意気揚々と森を抜けた。
街道の先に、石造りの立派な門が見えてくる。
王都の隣町だ。




