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第七話:俺があの魔物の体力を九割方削っておいた

王都の門を出ると、俺は、ようやくひと息ついた。


「あー、やっと外だー! きんもちいいー!」


ずっと監視されていたので、まとわりついてた何かが、やっと剥がれ落ちた気分だ。


「……まぁ。もっとドラマチックな展開があっても、よかった気もするけど」


俺は愚痴りながら、王都の門を振り返った。

だが、見送りは一人もいない。門番はもう別の仕事に戻っていて、さっきまでいたはずの騎士たちの姿もなかった。


ウォーデンだけが、まだついてきている。


(この目立ちたがり屋め!)


俺の横には猫族の少女『ティアラ』が、軽快な足取りでついてきている。

しばらく歩いていると、ウォーデンが急に立ち止まって口を開いた。


「私はここまでです──生きていれば、いずれまた会うでしょう」


(はぁ? 何カッコつけてんのコイツ……)


「では、私は、これで……」


「いや待って待って──」


「はい……なんでしょう」


俺だって少しは感謝してるんだ。”一応”世話にもなったんだし……。


そう思うからこそ、ウォーデンに負けないくらい、この場面に相応しい”ドラマチックな別れの挨拶”を、俺は必死に考えた──。


「なにしてんの? 早く行こうよー」


ティアラが俺の手を引っ張った。


「え? だってウォーデンに」


我に返ると、もうそこにはウォーデンの姿はなく、ティアラが小首を傾げて、遠くの方を指さしていた。


(あ、あんのヤロー!!)


指さす先に、ウォーデンの背中が見える。もう、かなり遠くを歩いていた。

なんて薄情なやつだ!


最後まで冷たいやつだった……。



「よーし、ティアラ! ここからが、俺たちの伝説の始まりだぜ!」


「はいはい……お金も、仕事も、拠点もないけどね」


「ひどぉ……というか、お前急に元気出たな? さては」


「なぁに?」


「猫かぶってたんだな!? 猫だけに!」


「……」


完全にスルーされた。


(……って言うか、何だこいつ)


あまりに性格が変わっていたので、そっくりさんか、双子なのか? と疑ったが、相変わらず弾力良く弾む白い乳が、歩く度に縦揺れを起こしていた。


(うむ……間違いない)


「で……、この先の予定は?」


「それを私に訊く? あんたの旅なんだから、あんたが決めなさいよー」


「そっか、俺がこのパーティのリーダーだからな!」


「パ、パーティ? まあいいわ。そうね……森を抜けたら街があるって話だったわね。半日くらい歩けば着くはず」


「半日か……。あの森を抜けないとダメなの?」


俺は少し先にある、鬱蒼うっそうとした森を指さした。


「そうね。あの森を抜けた先にある街が、王都から一番近い街になるわね。ま、何も起きなければだけど」


そう言って”フフフ”と、意味深に笑うティアラ。


「なにフラグ立ててんだよ!」


「フラ……何?」


「まあいいや。まずはそこを目指そう! んで、街に着いてから、今後のこととかも考えようぜ」


「そういうの、なんて言うか知ってる?」


「豪快?」


「行き当たりばったり、って言うのよ」


「行き倒れバッタリ!? なんだそれ?」


そんな話をしながら、俺たちは森の中に足を踏み入れた。


しっかし、アレだ……。


王都ですら俺は、あの人気っぷりだったんだ。次に目指す街は、きっと王都より小さな田舎街だろうから──……王都(シティ)少年(ボーイ)の俺はモテすぎて困るんじゃないのか? ほっんとマジで!!


「……あんたさぁ。さっきから、今から行く街の『露出度の高いお姉さん』とのアレコレを妄想してない? なんかキモチ悪い顔なんだけど……」


ティアラが気味悪げに、眉をひそめる。


「顔は関係ねーわ! ま、お前は大丈夫だから、安心しろっての!」


そう……。なぜだか、この大のスケベを自負する俺が、ティアラに対しては、まるで自主規制を敷かれたような思考になる。


「どういう意味よ!?」


──その言葉が終わるか終わらないかのところで、急に空気が変わった。


湿った土の匂い。

木々が軋む低い音。

地面の奥から、何かが“動いている”ような振動。


「……なあ、今の」


(錯覚じゃないよな……)


「しっ! 声、出さないで」


ティアラが小声で言った瞬間──。


森が、裂けた。

いや、正確には森が“食われた”という表現が一番近いかもしれない。


太い幹が音もなく折れ、根こそぎ引きずり込まれる。

その奥から、現れたのは──。


「……ま、マジかよ!?」


黒褐色の巨大な胴体。

岩のように硬そうな皮膚。

口らしい裂け目の周囲には、木片と土がこびりついている。


「も……り……く……らい」


ティアラは顔面蒼白で、声を震わせた。


「な、なんだよ……」


「グラウ=ヴァルム。この辺りの伝承でしか聞かない存在よ」


伝承の魔物?

つまり──それは。


「ちょ、待て待て待て。それってチート持ちの冒険者でも“倒せるか分からない魔物”ってやつじゃないのか?」


返事はなかった。

ティアラの肩が、怯えるように震えている。


(どうする?)


ティアラに目配せを送ったが、それどころじゃないといった表情で、俺の存在すら忘れているような怯えぶりだ。


あいつ……、俺のことを“認識”してるな。

グラウ=ヴァルムが、俺をロックオンしたのが分かった。


次の瞬間!


”ぐぉぉぉぉおおおぉぉぉおぉぉぉ!!”


空気が押し潰されるような咆哮。森全体が軋む。

俺の本能が叫ぶ。


──逃げろ!

──考える暇はない!

──最悪、死ぬ可能性も考えとけ!


と。


「ぎゃあああああああ! 無理無理無理無理! こんなの聞いてない!」


周囲の木々をなぎ倒しながら、俺の方へ一直線に近づいてくる。デカいなんてもんじゃない!


「こんなもんチートすぎんだろー! 現実的にねーわ! うわぁぁぁ………死んだ!!」


本気で覚悟した。

もう死んだーーーっ! と目を閉じた瞬間だった。


”ぽこん!”


「へ?」


何かが額に当たった。


「あれ? 痛く……ない」


ゆっくりと、目を開ける──。


見るとグラウ=ヴァルムが、俺を見つめてキョトンとしている。


少し離れた場所にティアラがいた。こいつもキョトンとした顔で、グラウ=ヴァルムと俺を交互に見つめていた。


「え、ユーマ? あんた今なにかした?」


「いや、別に俺は──」


だが、答える間もなく、再度グラウ=ヴァルムが、勢いよく突進してきた。


「うわあああ! また来たぁぁ!!」


逃げた! 逃げた! 必死に逃げた、けど──とうとう捕まってしまった。


(もうダメだぁぁぁぁ!)


俺は、必死に抵抗する!


野生のライオンが、ヌーを噛みみちぎり、内臓が見えている映像。昔見た教育番組の食物連鎖が頭を過る──。


「うわぁぁぁぁあぁぁぁ!!! どうせ! 死ぬなら!!」


全身の血が沸き立った。

俺とグラウ=ヴァルムは、地面を転がりながら、激しく取っ組み合う。


「こい……つ! こ、この! この!」


殴っても、蹴っても、グラウ=ヴァルムはびくともしない。流石に伝承の魔物だ! めっちゃ丈夫!


俺も反撃を受ける。その強烈な爪攻撃で、俺の腕に何か所も引っかき傷が出来る程だ!


(ティアラは……ちゃんと逃げれたんかな? こんなことなら胸の一つでも触らせてもらいたかったなァ……)


死を確信した時──案外こんな阿呆みたいなことが、頭を過るんだなぁ……と、不思議な感じがした。


「なによそれー! 早くやっつけちゃいなさいよ。子供のケンカじゃないのよ!」


(ティ、ティアラ!?)


なにを言ってるんだ!?

伝承級の魔物だぞ!?

つか、なんで逃げてないんだよ! バカ!


「はぁ……はぁ……離れろ! うわぁぁぁぁ、噛むな噛むなー! あぁ痛たたたたたた」


「もう、見てらんない!」


そう言ってティアラが、俺の方へ駆け寄ろうとした。


「ティアラやめろ! 歯向かうな! ここは俺に任せて、お前だけでも逃げろぉぉぉ!!」


が、しかし。


阿呆なティアラは現実が見えてないらしい。俺の言葉を完全無視し、この凄惨な激闘の真っ只中に飛び込んできた。


「ダメよ! もう帰りなさい!」


”こつん”


ティアラがグラウ=ヴァルムの頭に拳骨を打ち下ろすと「きゅう……」と情けない声を出して、グラウ=ヴァルムは森の奥深くへ逃げていった。


「あれ……」


正直、信じられなかった。(色んな意味で)

何はともあれ、俺は勝利したようだ。


「はぁ、はぁ……よっしゃあ! 勝ったぁぁ! 見たか! これが勇者様の実力だぜーぃ!」


俺はその場に大の字になった。

”ぜぇ……ぜぇ……よっしゃー……”息はまだ整わない。


しかし。


俺の活躍が相当口惜しかったのか? ティアラはこんな訳のわかないことを言って、俺の命をかけた激闘にバシャバシャ水を差した。


「あんた、なんか発動してなかった? 気のせい?」


(うっせぃ! この平和ボケぃ!)


ここは、バシッと言い返してやらねばな!


「俺があの魔物の体力を九割方削っておいたから、お前の攻撃が生きたんだぞ! 最後のはオマケみたいなもんだからな! 勘違いすんなよ!」


当然だよ!


「まあ、あんた自身が弱いのは変わんないけどね」


「ケッ、言ってろよ。負け惜しみ」


数分後、やっと息が整った俺は、意気揚々と立ち上がった。


「なんだよ。異世界の魔物って、意外と──」


なのに、これだ!

せっかく気分よくしてたのに。


「勘違いしないで!」


ティアラの声は、珍しく強かった。


(どんだけ、俺の活躍が悔しかったんだよ!)


「今のは、あんたが強かったわけじゃない」


「は?」


「……いいえ。何でもない」


俺は初戦闘&初激勝の余韻に浸りながら、意気揚々と森を抜けた。

街道の先に、石造りの立派な門が見えてくる。


王都の隣町だ。

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