表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
87/88

第八十七話:「今の兄さんの居場所は、あの屋敷でしょう」

魔王の一族、ギルガ家の血を受け継ぐ四人が魔王城へ向かった、あの日。

ユーマとティアラが屋敷で大喧嘩した裏で、魔王城では一体何が起こっていたのか。


ティアラが「もう屋敷は引き払われ、全員で魔王城に引っ越すんだわ!」と勘違いを拗らせ絶望の頂点にいた、あの日の裏側では──。


* * *


●魔王城(二度目)


アン、チート勇者、ゼノン、そしてクロムが魔王城へ向かったあの日。クロムが同行することになった経緯は、前日の夜に遡る。


「兄さん、明日一緒に来てください」


夕食後、アンがクロムに告げた。


「……どこへ」


「魔王城です」


「私は行かんと言っただろう」


「逃走防止に、付き合ってください」


「……逃走防止」


クロムが、チート勇者とゼノンに視線を向けた。二人は揃って、目を逸らした。


「……なるほど」


クロムは深い溜息をついた。しかし納得はしていない。


「なぜ私がそのような役回りを」


「兄さんが一緒にいれば、二人とも逃げられないでしょう」


「……それはそうだが」


「それに」


アンが、少し表情を和らげた。


「兄さんの顔を見たがっている者が、城にはたくさんいるはずよ。久しぶりに顔を見せてあげて」


クロムは何も言わなかった。

しばらく間があった。


「……分かった。付き合おう」


「ありがとうございます」


アンが静かに微笑んだ。



翌日。

四人が魔王城に到着した瞬間、城内が沸き上がった。


「クロム様!!」


「お久しぶりでございます!!」


「お戻りになったのですか!?」


魔族たちが、我先にとクロムへ駆け寄ってくる。感涙している者もいた。古参の兵士が、目を真っ赤にしながら「クロム様……クロム様……」と繰り返していた。


「……おい、泣くな」


クロムが、困ったような顔で言った。


「し、しかし……クロム様のお顔を拝見できるとは……!」


「大袈裟な」


「大袈裟ではございません! クロム様がいなくなってから、この城がどれほど……!」


「こら、押すな。順番に──」


クロムが魔族たちに揉みくちゃにされている。

その様子を、少し離れた場所からゼノンが眺めていた。


「……兄上の人望は、相変わらずですな」


ゼノンの声に、感情は乗っていなかった。ただ静かに、事実を述べているだけだった。


「ゼノン」


アンが静かに弟の名を呼んだ。


「……はい」


「これが、本当の人望というものよ」


「……はい」


「積み上げるのに時間はかかるけど、失うのは一瞬。分かりますか?」


「……肝に銘じます」


ゼノンは神妙な顔で頷いた。

隣でチート勇者が、そっとゼノンに囁いた。


「おいゼノン……大丈夫か?」


「大丈夫ではないですが、大丈夫です」


「……そか」


二人してしょんぼりと立っていた。



ひとしきり再会の挨拶が落ち着いたところで、アンが声を上げた。


「では、始めましょうか」


「何をですか?」


魔族の一人が尋ねた。


「就任式です」


「……就任式、でございますか?」


「ゼノンの、正式な魔王就任式よ。ちゃんとした手順を踏んでいなかったでしょう?」


魔族たちが、しんと静まり返った。


そういえば、そうだった。ゼノンはクロムを魔族会議で追放しただけで、正式な儀式を経て魔王の座に就いたわけではなかった。


「……今から、ここで、ですか」


ゼノンが、若干引きつった顔で言った。


「今から、ここで、です」


「……はい」


就任式が、始まった。


アンが立ち会い人として壇上に立ち、クロムが同じく立ち会い人として並んだ。

クロムが壇上に現れた瞬間、再び割れんばかりの歓声が上がった。


「クロム様ーっ!!」


「クロム様が立ち会い人!!」


「なんと!」


どよめきと拍手が、城内に響き渡る。

クロムは無表情を保ったまま、小さく頷いた。


それからゼノンが壇上に上がった。

場が、すうっと静まり返った。


”シン……”


義務的な拍手が、ぽつぽつと起きた。


「あ……姉上」


ゼノンが、壇上で小声でアンに囁いた。


「なんですか」


「拍手が……少ないです」


「これが現実です」


「……はい」


「これから積み上げなさい」


「……はい」


「返事だけは立派ね」


「……はい」


ゼノンは神妙な顔で前を向いた。


就任の宣言が読み上げられ、正式にゼノンの魔王就任が決まった。

拍手は、先ほどよりは少し増えた。


少しだけ。



就任式が終わると、続いて役職の発表が行われた。


アンが一歩前に出た。


「魔王、ゼノン」


簡潔にそれだけを告げる。

ぽつぽつと拍手。


「参謀、アン」


どよめきと共に、大きな拍手が起きた。

アンは静かに一礼した。


「そして──」


アンが、一呼吸置いた。


「切り込み隊長」


ドラムロールでもあれば、さぞ映えただろう。


「チート勇者、改め。ジーン・モーリー!」


「え、俺!?」


チート勇者が素っ頓狂な声を上げた。


「なんで俺だけ役職名が微妙にダサいんだよ! 俺は暴走族かよ!!」


「あなたの存在自体が暴走してるのよ。特に、頭の中がね」


「ひどい! 実の母親なのに!!」


魔族たちが、どっと笑った。


「切り込み隊長というのは──」


アンが笑いの収まるのを待ってから続けた。


「どんな戦場でも必ず先頭を走る。それだけではなく、災害があれば真っ先に駆け付け、ボランティア活動にも率先して動く。魔王軍のイメージアップ戦略の、広告塔を兼ねてもらいます」


「イメージアップ!? 俺がァァ!?」


「あなたほど顔が売れている人間は、そうそういないでしょう」


「いや、売れ方が悪い方向だから!!」


「だから変えなさい、これから」


チート勇者は何も言えなかった。


「先生……お互い、大変ですね」


ゼノンが隣でぽそりと言った。


「お前は魔王だろうが」


「それはそれとして」


「ま……まあな」


二人してしょんぼりと肩を並べた。


「最後に」


アンが、クロムに顔を向けた。


「クロム様には──」


あえて「様」をつけて名前を読み上げる。


「私は今日、付き添いだと言っただろう」


クロムが先手を打った。それを無視して続けるアン。


「隠居……もとい、相談役をお願いしたいのですが」


「断る」


「兄さん」


「断ると言っている」


「相談役というのはね、兄さん」


アンが、穏やかに続けた。


「魔王城に縛られるわけではないの。ただ、何かあった時に相談に乗ってもらえればいい。それだけよ」


「それだけ、とは限らないだろう」


「それだけよ」


「……アン」


「それだけ」


クロムは深い溜息をついた。


「……分かった。ただし、あくまでも相談役だ。魔王城には戻らん」


「もちろんですとも」


アンがにこりと微笑んだ。


「兄さんに、魔王城に戻ってもらうつもりはないわ。今の兄さんの居場所は、あの屋敷でしょう」


クロムは何も言わなかった。

ただ、わずかに目を細めた。


その様子を、ゼノンがじっと見ていた。


「……兄上は」


ゼノンが小さな声で、チート勇者に囁く。


「ん、なんだゼノン?」


「屋敷が、気に入っているようですね」


「あぁ……みたいだな」


「よかった」


「……ああ」


二人は小声で、そっと笑い合った。


アンはその会話を聞いていたかどうか、表情一つ変えなかった。

ただ、口元が少しだけ緩んでいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ